My Leica Story
ー 高橋秀行 ー
ライカプロフェッショナルストア東京では、東京を拠点として広告ビジュアル撮影を中心に活動している写真家 高橋秀行さんの写真展『3,776.12』を開催中(会期は2024年4月20日まで)。
本展のタイトル『3,776.12』は、作品のモチーフである富士山の標高を示す数字で、今回の作品はすべてライカで撮影されたとのこと。そこで高橋さんとライカ、そして写真を撮ることとの関係についてお話をうかがいました。
text: ガンダーラ井上
――本日は、お忙しいところありがとうございます。高橋さんは広告ビジュアルを制作するプロフェッショナル中のプロフェッショナルとして活動されていますが、今回の展示では富士山に真正面から取り組まれていますね。
「僕はストリートスナップ的な撮影も好きですが、テーマを決めて撮るのが作品をつくる上でのスタイルです。桜や日本髪など、昔の日本を想起させる日本固有のモチーフ、文化をコンセプチャルな視点から捉える撮影を精力的に行っています。撮りたいテーマは数多くあるのですが、その中のひとつに富士山がありました」
©高橋秀行 ROYGBIV
――撮り始められたのはいつからでしょう?
「富士山を撮るには機材を担いで登山しなければならないので、そろそろやり始めなければと思い立ったのが2017年頃で、どうしたら自分なりの表現ができるかを考えて本格的に撮り始めたのは2018年からです。撮影から6年で、RAWデータでおよそ18TBは撮っています」
――18テラですか! その容量では普通のクラウドストレージだと収まりきらないですね。
休日の半分は富士山の見える場所で過ごす
「20TBのHDDで保存しているので、まだ大丈夫です(笑)。休日のうち半分は富士山の見える場所に行ったと思います。それくらい行かないといい瞬間に出会えないんです。最初は運なのかと思っていたのですが、撮り始めると天候はもちろん様々なことを調べる必要があることが分かってきました。しっかり調べれば、その行動に対して富士山は応えてくれる時もあります(笑)」
――プロとして撮影の仕事があるが故に作家として活動できる時間が限られる。ある意味では数多くいるアマチュア写真家と同じようなスケジュールで作品を撮っていらっしゃるわけですね。
「そうですね。そうなると富士山の近くに住んでいる方はいいですよね。引っ越そうかなとか、そんな考えもよぎったりしました(笑)。でも僕の置かれている状況をポジティブに捉えて、行ける日が限られているならそれ以外の日を考えたり調べたりする時間に使うことで、そういった物理的な制約に囚われない、僕個人の視点、考え方でこのテーマに向き合うようにしています」
――高橋さんは1年365日のほとんど毎日を写真や動画に関わりながら生活されていると思いますが、仕事としての撮影と作品づくりでの大きな違いはありますか?
広告ビジュアルと作品づくりの違い
「広告ではサービス、商品、コピーなど、明確なメッセージがあります。それが伝わらないビジュアルは失敗だと思っています。作品に関しては、誰にでもわかるように伝えることよりも自分が満足できているかどうかが最も重要だと考えています」
――広告には明確な計画があって、それに沿っているかを複数の眼が確認している。対して作品には締め切りもないし、作家本人が個人の裁量で満足するまで撮り続けないといけないということですね。
「だから同じ撮影ポイントに何度も行ったりするんですよ。2019年にはもうこれ以上のものは撮れないと思っていたけれど、それ以上の写真が2023年に撮れたりする。そこが富士山という被写体の難しく、面白いところです。だから富士山は有史以来ずっと様々な作家が向き合っているのかなと思います」
©高橋秀行 Phantom
「この作品は今回の写真展のキービジュアルになっています。季節は冬で降雪した翌日ですね。前の日の夜に雪が降って次の日に晴れるということが前提で撮影に向かっています」
――しっかりと天候条件を読んだ上で出発されているのですね。樹木にシャーベット状の雪がかかっていながら空は青いというタイミングを狙って。
「そうです。日が差し、気温が上昇すると樹木に積もった雪が全部落ちてしまうんです。そうなる前に撮る必要があります。どこでいつ撮るのかも全て計画した上で向かうのですが、現地では雲が出ていて富士山は全く見えませんでした」
――撮影ポイント到着時には視界が真っ白だったんですね。
「天気予報では晴れなのに、いつになったら晴れるんだろうと思っていたら、雲が流れ始め、最後まで富士山にまとわりついていた雲がうまくアクションしてくれた瞬間です。視界の右側はまだ真っ白です」
――このカットはこの一瞬でしか撮れないわけですね。
「この瞬間がよかったんです」
――雪のストラクチャーもすごいですね。
「しいて言えば、もう少し前のタイミングで雲が晴れて、山頂付近に赤い色や赤い光が森をなめるように差していたら、どう見えただろう? 次回、そういうシーンに出会えるようにと願い、また富士山に通ってしまうのかもしれません」
――ご自身の中で、これを超えるカットを目指していくわけですね。
富士山に向き合い続ける予感を与えてくれた1枚
©高橋秀行 Ruby Peak
「この作品はライカM-P(Typ 240)で撮影しています。この写真が撮れたとき、今後富士山にもっと真剣に向き合っていくだろうなと感じた記念碑的な1枚です」
――ライカ判と呼ばれる3:2のアスペクト比が気持ちいいですね。普通は左右をもっと詰めてしまいがちだと思いますが、この作品は稜線の伸びやかさも含めて富士山の美しさが伝わってきます。
「そうなんです。富士山のプロポーションを写し取るのに3:2がすごくいい。だからトリミングするにしても3:2のままで縦横比を変えることはしていません」
――ライカMデジタルカメラの中でもライカM(Typ240)系列のクリアな色味が魅力的です。レンズは何を使っていますか?
「ライカ ズミルックスM f1.4/35mm ASPH.です。この組み合わせはグラデーションが粘れるのできれいにトーンが出ます。それはレンズの持っている力も影響していると思います」
同じポジションでも全く違う表情の写真に
©高橋秀行 Moonlit
――このショットはものすごい迫力です。どこから撮るとこういう写真になるのでしょう?
「実は、ライカM-P(Typ 240)で撮った写真とほぼ同じポジションから撮っているんです」
――ええ〜! カメラはライカSL2ということでかなりの望遠で撮られているにしても、クローズアップにすると全く違う表情の富士山になるのですね。
「360mmから400mm程度の望遠ですね。満月が富士山の頂点に出る瞬間を“パール富士”と呼ぶのですが、そのままでは絵になりすぎるので、ちょっとだけ外したいと思いました。暦を読んで月の位置と天候の条件から撮れる写真を想定しながら撮影しています。月の黄色、空の濃紺、そして沈んだ太陽の残光で富士山が赤く見えるという3つの色と配置が揃う瞬間で、気に入っている作品です」
――こうなっている瞬間というのは数十秒という感じですか?
「そうですね。この瞬間から10秒もすれば山頂右上にある明るさは失われてしまいますね。当然、月も刻々と動いていきます」
――かなり計画を練って、粘って、そして最善の一瞬に全てを託す。
「ある程度までは計算していきますが、今日はダメだったという日の方が多いですね。この撮影ポイントには富士山が好きな人がたくさん集まってくるんですよ。名前も知らない同士ですけれど、いい情報をくれるんです。そこで『ライカどうですか?』と聞かれたりもします」
――何人もの人が富士山に向かってカメラを構えて並んでいたとしても、ライカを持っている人は珍しいのでは?
「多分いるとは思うのですが、この5~6年で誰とも会ったことがないですね。でもちょっとした霧雨が来ても、ライカQ3もライカSL2も大丈夫じゃないですか。実際に濡れてしまっても壊れたことがないので、そこは信頼しています」
早朝の室内から、完璧なショットを狙う
©高橋秀行 Vista “303”
――高橋さんの撮影スタイルから察するに、これは完璧に富士山が見える宿をあらかじめ予約したということですね。
「このホテルの近くを歩いていて、『あそこから撮れるな。』と思って予約しました」
――作品のタイトルから、撮影ポイントは303号室ですね。カーテンの前ボケの具合などを、レンズの絞りを変えてチェックしながら夜明けを待って。
「そうです。ストロボも使っています」
――ちょっとだけ補助光を足しているのですね。これはプロフェッショナルな撮影術ですね!
「輝度差があり、そのまま撮っても手前は真っ暗なので、そこは広告撮影の技術を使っています」
――目で見た印象そのままに写真が撮れる条件の光線ではないのに、なぜ撮れているのかと言えばライティングしている。しかもそれを気づかせないのが流石です。
「ランプの光が活かされるように、ストロボを調整しています」
――そのかくし味がないと、こうは撮れない。カーテンのなだらかなドレープと富士山に当たり始めた朝の光を私は感じていた。ということが100%伝わる作品ですね。ところで高橋さんとライカとの出会いとはいつ頃だったのでしょう?
初めてのライカは父親の持っていたライカM3
「子供の頃から父親がライカを使っているのも見ていましたし、写真の勉強を始めたらライカが出てくるじゃないですか。ライカを使ってアンリ・カルティエ=ブレッソンが決定的瞬間を撮っていたし、セバスチャン・サルガドもD・D・ダンカンもライカを使っている 」
――お父様のライカはM型ですか?
「ライカM3です。当時は『不便なカメラだな』でも『格好いいな』と思っていて、知れば知るほど、ライカを使いこなしたいと思っていました。社会人になってから父親のライカM3やライカM6を借りて撮ったりしていましたね。自分ではライカM7を買って、富士山の撮影にもたまに持っていこうかなと思っています」
――物心ついた頃からM型ライカが身近にあり、手にするライカの番号が順当に上がっていったという感じですね。
「そうですね。デジタルに関してはライカM(Typ240)が出てフルサイズのカメラとして性能も向上してきたので、ライカM-P(Typ 240)を購入しました。M-P(Typ 240)は、ライカロゴのエングレービングもまたいいわけですよ。富士山の撮影でもかなり使用しました」
今回の作品撮影に使用した高橋さんの愛機たち
――現時点の作品撮影で、持ち運ぶセットはどのようなものでしょう?
「今は概ねライカのMレンズ3本 とライカSL2です。山頂のアップなどは望遠ズームのライカ バリオ・エルマーSL f5-6.3/100-400mmも使います。朝方や夜は光源がないのでAFではピントが合わせづらく、カメラが高解像度なので少しでもピントがズレていると気になってしまうためMレンズアダプターでマニュアルフォーカスを使います。Mレンズで無限にスケールを持って行って、1mmだけヘリコイドリングを戻してから撮影しています」
――マニュアルフォーカスに特化したライカMシステム用のレンズは、難条件下ではAFよりも間違いなく撮れるのですね。
「ライカQ3もAFをMFに切り替えてリングを無限遠に持っていくことが物理的にできるので重宝しています。それに加えて6000万画素なので最近はライカQ3もよく使っています。4730万画素の時点で人間の目を超えているライカSL2を持っているのですが、もっともっと富士山を見てみたい。だから今後、ライカSLシリーズで6000万画素のモデルが出てくるのを期待しています」
――仕事でも作品づくりでも、高橋さんは数多くのカメラを手にされてきたと思いますが、ライカに対する何か特別な思いはありますか?
「個人的な感情として、好きか嫌いかであれば間違いなく好きなカメラですね。クルマであれば愛車、カメラなら愛機と呼ぶような、普通の“好き”を超えた存在です。その理由を考えていくと、“信頼”の一言に尽きると思います。僕にとってライカは、これを持っていればなんとかなる、頼もしくもあり、撮影を一緒に楽しむことができるカメラです」
――自分自身が満足する1枚の写真を撮るためのカメラとして、ライカであればその身を委ねられるということですね。本日は高橋さんの作品づくりへの取り組みからテクニカルな撮影に関する話までお聞きできて楽しかったです。どうもありがとうございました。
「こちらこそ、どうもありがとうございました」
写真展 概要
タイトル: 3,776.12
期間 : 2024年1月18日(木)- 4月20日(土)
会場 : ライカプロフェッショナルストア東京
東京都中央区銀座6-4-1東海堂銀座ビル2階 Tel. 03-6215-7074
開館時間: 火-土曜日 11:00-19:00(日曜・月曜定休)
>>写真展詳細はこちら
写真集紹介
タイトル:3,776.12
アートディレクション:後 智仁(White Design)
判型 :A3変型 300部限定
作品数 :30点
価格 :13,200円(税込)
販売 :ライカプロフェッショナルストア東京
高橋 秀行 / Hideyuki Takahashi プロフィール
写真家 福井県出身 日本大学芸術学部写真学科卒業
東京を拠点に広告ビジュアル撮影を中心に活動。独自の視点でテーマ、企画をユニークかつグラフィカルに昇華し、観る人の印象に残るライティング、カラー、フレーミングに定評がある。近年では、富士山をはじめ、日本固有のモチーフをコンセプチャルな視点から捉える撮影を精力的に行っている。日本広告写真家協会 正会員。
ニューヨークフェスティバル グランプリ、日本経済新聞広告賞 グランプリ、D&AD受賞 など賞歴多数。
2020年 写真展 「カラス」 LEICA PROFESSIONAL STORE TOKYO 博報堂プロダクツ フォトクリエイティブ所属。