My Leica Story
ー 岡 祐介 ー
ライカプロフェッショナルストア東京では、広告写真家として第一線で活躍するとともに精力的に作家活動も続ける岡祐介さんの写真展『ジンシャリ(JinShari)』を開催中(会期は2024年7月27日まで)。
本展では、同氏が「盆栽」「大駱駝艦」をモチーフに撮りおろした作品を、大型のプリントやデジタルサイネージも用いて展示しています。
今回の作品は、すべてライカSL3で撮影されたとのことです。そこで岡さんとライカ、そして写真を撮ることとの関係についてお話をうかがいました。
text: ガンダーラ井上
――本日は、お忙しいところありがとうございます。岡さんは最先端の広告ビジュアルを制作するプロフェッショナル中のプロフェッショナルとして活躍しつつ作品制作にも取り組んでいらっしゃいますが、今回の展示では盆栽と舞踏という日本を代表する2つの文化を組み合わせているのが印象的です。どうしてこの組み合わせなのでしょう?
「基本的に2つとも撮りたいモチーフであったということが出発点です。盆栽と舞踏は僕の中では近しいテーマであり、同じ枠組みの中に入れて作品にできると思いました。盆栽は存在そのものが作品になっているし、舞踏は踊っている時点で作品になっている。それを写真としてどのような作品にすることができるのかというところにチャレンジしてみたいというのが始まりでした」
神(ジン)と舎利(シャリ)が示す世界観
©岡祐介
――展示タイトル『ジンシャリ(JinShari)』は、盆栽の世界で使われる言葉で、真っ白に枯れた状態の枝と幹のことだそうですね。登場する盆栽は樹齢数百年を生き抜いてきた植物であり、その一部が白骨化しているからこそ、鑑賞者の自然観や死生観を刺激してきます。展示された作品からは、撮影された対象物である盆栽のただならぬ存在感が伝わってきます。ライティングに何か工夫はされていますか?
「自分のキャリアによる経験値でイメージを予測することが身についているので、ライティングの道具を撮影現場に数多く持っていきましたが、最終的には自分の意思を投影してライティングをした写真ではなく、そこにある光で、凄いなと思っただけで撮った作品が多いです」
――広告ビジュアルの制作、特に物撮りでは多灯のライティングが定石だと思うのですが、その方法には頼らなかったのですね。
「僕も広告をやっているのでプラスアルファで味付けをしていく癖はあるのですが、被写体の持つ力があまりにも強いときには、あえてそこを差し引いていくことで強さが出ると思います。それができるのは、被写体の強さとカメラとレンズの組み合わせが共存している必要があると思っています」
自分が見た感覚そのものを捉える
「それが今回できたのは、ライカSL3を使ったからです。調味料で言えば塩を足して胡椒をかけてということはせず、そこにあるものを自分の目で見て凄いなと感じて素直に撮る。その感覚が表現できたと思います」
©岡祐介
――このカット、コンポジションが美しいですねぇ。
「これも試行錯誤したのを覚えています。でも結局は自然光のみで撮りました。盆栽そのものが持っているラインの美しさが完成していると、そこにある光の整合性を邪魔しない方が綺麗だなと思って」
――なるほど。余計な介入をせずに自分の眼差しだけを注ぐという。
「そうです。ライティング関連の機材を山ほど持ってきたけれど、何だったんだという感じで(笑)。露出や絞りに関しても1/3開けるのか絞るのかとか、ピントも拡大してみて絞り具合をどちらに調整するのかとかあると思いますが、そこを省いて手持ちで撮影したのが結果的によかったんだと思います。連続して撮っていて、いいな!と手応えを感じつつ、あとでプレビューを見返してその感覚のピークで撮ったカットを見つけ出す。それはライカSL3が6000万画素もあるのに軽くてハンディだからこそ生まれた撮影方法です」
今回の撮影で用いたライカSL3と交換レンズ
カメラを三脚に据えず手持ちで撮る
「止まっているものを撮ろうと思ったら三脚に据えて良いアングルを探るのですが、今回はほとんど手持ちで、撮影後にデータを見返すとシャッター速度は1/15秒くらいで、そこに差し込んでくる光だけで撮っています。今までこのスペック(6000万画素)のカメラでは、手持ちで撮影する気にはなれませんでした。物理的に重いし、集中して三脚に据えて撮ることになるけれど、今回は手持ちでアングルを見てその世界を作っていくことを優先させたかったのです」
――確かに、三脚にカメラを据えた時点でカメラと撮影者自身の身体性が切り離されてしまって、雲台に置かれているカメラの状況に縛られますよね。
「そうなんですよ、それもあって今回はライカSL3を使いました。静物(スティルライフ)に対してこういうアプローチの仕方ができるカメラっていうのも珍しいというか、こんな撮り方があるんだということをすごく感じました」
©岡祐介
――この作品の背景はどうなっているんですか?
「これは空が背景で、白いのは飛行機雲です」
――なるほど!いわば盆栽のロケ写ということですね。
「数多くの盆栽が並んでいるところでピックアップして屋内に持っていって撮影するという決まり事でやっていたのですが、このカットに関しては並んでいるところで、そのまま撮りたいと感じました」
――背の高い岡さんが、すかさずローアングルで撮ったと。
「そうなんです。今回はレタッチで何かを消すことは全くせずに、ライカSL3が持つパフォーマンスのみで作品にしています。最初からそうしようと思っていたので、フレーミングで横に並んでいる他の盆栽を入れないようにして撮っています。本来ならばこうは撮らない角度です。半時計方向に90度回り込むと正面で、そこからの見え方を考えて作られたものですけれど、このアングルだと枝の動きが人の手のようにも感じられて舞踏の作品とリンクしていく。僕がこの盆栽を見た時のグッとくる部分だったと思います」
©岡祐介
――では、もう一つのモチーフである舞踏のことをお聞きします。普段はスポーツ選手などのダイナミックな写真を撮っている岡さんですが、日本独自の身体芸術として世界的にも認められている舞踏集団「大駱駝艦」の方々とのコラボレーションはどのような体験でしたか?
「海外の創作ダンスとの決定的な違いは、海外では天に向かう考え方であるのに対して、日本のアンダーグラウンドカルチャーから出てきた舞踏では、地面にどんどん向かっていくという考え方です。大地に根を張り、地中深くに入り込んでいき、また地上に戻る。盆栽との相性がいいなと思いました」
盆栽も舞踏も、そこにあるがままの光で撮る
©岡祐介
「これは序盤のカットです。一緒に作りたいという気持ちが強かったので、こういうポーズをしてくださいではなく、盆栽の写真をお見せしてテーマは生き死にだとお伝えしており、『じゃあ、お願いします』と演舞が始まった時、スタジオ内の人々から歓声が起きたんですよ」
――まさに、ジンシャリの世界観そのものですね。光の差し込み方もスペシャルな感じです。
「ストロボを据え、いろいろとセッティングしていたのですが、天窓を開けるといい光が入って来たので、その光を使って撮ろうと。考え方は盆栽の時と同じで、そこにあるものをただ撮るということに特化していきました。そのときに『これだな』と思いました。レンズを変えてアングルで変化をつけるというより、できるだけ素直に向き合って撮っていくことがこの2つのモチーフに対しては正しい撮影の仕方であると確信したカットです」
往年のフィルムタッチをデジタルで表現
©岡祐介
――こちらの作品は強い人工光によるコントラストが際立って、舞台芸術を想起させてくれます。
「昔の舞踏家たちの写真表現をオマージュしながら現代版に昇華させたいという発想から、ストロボではなく、今ではスタジオの人物撮影ではほとんど使われていない1.2kのタングステンランプを持ってきました。実際に当ててみたら『うわ、やっぱり格好いい!』となり、今回のセレクトに入れさせてもらいました」
――昭和時代を想起させるようなドラマチックな光と、舞踏家の作り出す影のコンポジションが猛烈にクールですね。でもタングステン1灯でこの大きさの影を出そうとすると光量が限られている気がします。
「だからISO感度を上げまくったんです。それでもノイズ感が全然気にならない。画素数が上がったモデルで感度を上げるとどうしてもデジタルノイズが乗ってきますし、それがデジタルな感じにもなりますが、このカットでデジタル特有のノイズが全然入ってこないことに驚いたのを覚えています」
――モチーフやライティングだけでなく、画面のトーンがフィルムっぽい印象です。
「他のカットでも結構感度を上げているのに本当に綺麗だなと思って。高画素のデジタルカメラでは感度を上げるとデジタルノイズが出てしまうのが宿命だと思っていたのに、階調もフィルムっぽいところを残したまま、ノイズも抑えてかつ6000万画素でカメラが軽い。今回の撮影でライカSL3を選んだのは本当に最適でした」
©岡祐介
ライカと、それ以外のカメラとの違い
「ライカが持っているちょっとだけ湿度がある写真、これって何なんだろう?って仕事仲間とお酒を飲みながら何回も話をしている気がします。アートディレクターに『岡は写真を撮っているんだからちゃんと説明してよ』と言われるんですけれど、うまく言語化できない不思議な何かがありますね」
――写真家の方々にこのテーマで質問するのですけれど、皆さん回答にご苦労されています(笑)
「最近よく考えるのですが、AIでデジタル生成された画像が、写真表現のコンペティターとして出現しています。この状況下において写真の強みとは何かと考えれば、そこにある圧倒的なモチーフを、自分の目を通して、自分のイメージしている光を通して撮影することだと思います」
――確かに、今や写真を生成するのにレンズもカメラも必要なくて、テキストを打ち込むだけで意図に沿った画像を手に入れられる時代になりつつあります。
「だからこそ、AIが作る画像と違い、そこにあるものを素直に写すということをしたい。『写真を撮らなければならない』という意志を持ちながら今回の撮影でライカを使ってみると、写真を撮っているという実感がありました。ちょっと言語化できていないかもしれませんけれど、自分にとって『写真を撮らなければならない』という時の選択肢がライカなのだと思います」
――写真とは、私は何を見たのかという極めて根源的かつ身体的な表現である。というメッセージと受け止めました。その真摯な姿勢を全うするのに相応しいカメラがライカであるとするならば、ライカユーザーは背筋を正さないといけないですね。今日はエキサイティングなお話がたくさんお聞きできて楽しかったです。どうもありがとうございました。
「僕も楽しかったです。こちらこそ、どうもありがとうございました」
写真展 概要
タイトル:ジンシャリ(JinShari)
期間 :2024年4月25日(木)- 7月27日(土)
会場 : ライカプロフェッショナルストア東京
東京都中央区銀座6-4-1東海堂銀座ビル2階 Tel. 03-6215-7074
開館時間:11:00-19:00(日曜・月曜定休)
>>写真展詳細はこちら
岡 祐介 / Yusuke Oka プロフィール
1980年 東京⽣まれ 桐朋⾼校卒業 ⽇本⼤学芸術学部写真学科卒業London International Award Silver、カンヌ国際広告祭 Gold、D&AD Silver、ADC賞、APA 特選賞ほか賞歴多数。
2002年⻄安での撮影をきっかけに新疆ウィグル⾃治区、プノンペン、ダッカなどアジア圏を中⼼に作品制作を⾏う。近年では150年前の撮影⼿法を取りいれた湿板写真によるポートレート撮影や宮沢氷⿂⽒とのコラボレーション企画である花をテーマにした作品『HITOIKEBANA』の撮影など精⼒的に活動。