My Leica Story
ー 写真家 安珠 ー
国内外で活躍する写真家・ 安珠さんが、プロフェッショナル仕様のフルサイズミラーレスカメラ、ライカSL2で撮り下ろした写真展 「Just Daydreaming」が2021年2月7日までライカギャラリー東京にて開催中。会場にて、本作をはじめとするライカと安珠さんとの関わりについてインタビューさせていただきました。
text:ガンダーラ井上
コロナ禍の東京で日常を見つめ直す
――写真展の開催おめでとうございます。収束を見せる気配のないコロナ禍の最中ですが、感染防止に気をつけながら展示を拝見させていただきました。今までは当たり前だと感じていましたが、やはりギャラリーの空間に展示してある写真を見るのは特別な体験です。まず目に入ってくる展覧会のタイトルになった作品、とても素晴らしいですね。
「ありがとうございます。美しさのあまり、夢中で撮りました。コロナ禍で『日常』が『非日常化』してしまいましたが、この写真を撮っていたとき、ザワザワする閉塞感から解放されたんです。白昼夢 (Daydreaming) のような感動的な現実が舞い降りたとき、本来の自分を取り戻せました。普段は逆だと思うんですが。厳しい日常で、希望を感じ、我に返る現実を撮ろうと「Just Daydreaming」の撮影が始まりました」
―― 観賞魚がモチーフですが、ここまで印象的な写真にするには何か秘訣のようなものがありますか?
「Just Daydreaming」©Anju
「これは、白い尾ひれが⾧い特別な金魚で、絹が水を舞うように軽やかに揺らいでいて、とても美しく光の陰影を描いていました。光の屈折やさまざまな要素を観察し、モノクロームにすると奥深さも出て、自分が捉えている目の前の世界に近づきました。私はフレームの中をコントロールしたいので、計算して設定していきます。ただ、写真は計算しただけではつまらない。その上で、偶然の何かが加わると最強の写真になると思っています。この写真の場合は、金魚の尾ヒレと尾ヒレの隙間の影が人の横顔に見えたり、下の方には私の目が拡大されて写り込んでいる面白さもあります。ただ、尾ヒレの美しさで、気づかれないことが多いのですけれど(笑)」
――確かに、偶然にこのような写真が撮れないのは経験として理解できます。キレイだなと思って水槽の中の金魚にカメラを向けても、感じたままの写真って簡単には撮れないですよね。
「写真は数字の世界です。熱心に行っていた暗室作業も秒数の戦い。その数字をモデル時代から頭の中に全部叩き込んでいたので、やはりマニュアル撮影や暗室作業の体験は体に染み込んでいます。だからなのか、マニュアル操作以外はしていません。概算で的確に撮れるようになった時は嬉しかったですね。それは、実はライカM3のお陰なんです」
安珠さんとライカとの出会いは、モデルのキャリアをスタートして程なくジバンシーにスカウトされてパリに行った時のこと。渡仏する前から暗室を作るほど写真に熱中していて、日本からは違うメーカーのカメラを持っていったそう。パリの仲間といつも行くレストランの店主が昔、戦争中に写真班で撮影していたこともあってカメラが大好きで、『君たち写真をライカを使わないとダメだよ』とやるならライカの魅力をいつも語ってくれていたとのこと。
初めて手にしたライカはM3
「あるとき、その店主が自分のライカを持ってきて、『どうだい、キレイだろ』と見せてくれたんです。それがライカM3でした。革のカバーに入っていて、すごく大事にされていて美しい風貌でした。当時の最新カメラとは全然見た目も違ってエレガント。嬉しそうにカメラを撫でながら、店主が語る写真の話がすごく魅力的で、どんどん惹き込まれていきました。『戦時中に銃ではなくカメラを持っていたから生き延びられた。合間に好きな花も撮ったからね』と。彼が自分の生きる糧としていたカメラが、ライカだったんです。 物語を含めて私はライカに憧れました。彼が手にしているライカM3が輝いて見えたのです」
――ライカM3! 格好いいですね。ライカM3といえば、一眼レフより前の時代のレンジファインダー式のフィルムカメラの名品ですよね。いわばアンティーク的なこの機種を、いよいよ自分のものとして入手することになったのですね?
「パリにカメラのアンティーク通りがあるんですが、そこで何日もいろいろ見ていて、年式はかなり古いものだけれど2回巻き上げの時代のキレイなライカM3があったんです。レストランのおじさんが写真は50ミリだと言い切っていたので、50ミリのエルマーF2.8を付けて買いました」
安珠さんがパリで入手したライカM3
「初めて自分のライカM3を手にしたときに、ファインダーの中に角の丸い撮影フレームが出てきて、それは、海の底を覗くような感覚がありました。ピントを合わせるとピタッ!と画像が合う気分の良さは、違う世界に入っていくようで。この感覚が特別なんだと納得しました」――確かに現在のライカM10 にまで共通して、自分の目と手でピントを合わせると視界の中で二重像がピタッと合致する感じはライカのレンジファインダーの魅力です。「私にとって撮影とは、見たいものにピントを合わせるというよりも、知りたいものにピントを合わせてその本質に近づいている感覚があります。なので、ライカM3のレンジファインダーのピントを合わせる作業はとてもしっくりきました。カメラの原点だと思いました」
安珠さんのネイル、今日はライカのロゴと鬼滅の刃でした
ライカM3を持って撮影現場へ
――そうしてモデル時代にライカM3を手にされた安珠さんですが、その当時の撮影現場ではライカが使われることもあったのでしょうか?
「当時はまだライカSLもなかったので、仕事現場ではありませんでした。ウイリアム・クライン、オリビエロ・トスカーニ、ピーター・リンドバーグなど、いろんなカメラマンに撮られていましたが、皆さんはその時の最新の日本製のカメラで撮っていました。でも、仕事で使用してなくても、ライカはもれなく持っていましたね。皆ライカが大好きです。実際、私がライカM3を持って仕事場に行くと、『あ、ライカだ』と必ず手に取りいじり始めて、自分の知っているライカ談議をするんです(笑)。ライカって不思議なカメラなんですよ。ライカユーザーはどこかで通じ合っている気がするんです。それは他のカメラにはない魅力のひとつですね」
――それにしても出てくるフォトグラファーの名前が魔法使いレベルの方々ですね!
「バブル期だったので時代の勢いもありましたが、彼らは個性と美意識の塊です。たとえば、ピーター・リンドバーグとイタリアンヴォーグの撮影をしていたとき、落ちていたガラス越しに他のモデルを撮っていたら、ピーターが「安珠、それ遅いよ!もうデボラ・ターバヴィル(女性写真家)がやっているからね」って、遊びでも真似だと茶化すんです。それぞれが自分のライティングや撮り方に個性がありました。パリ時代を経験して、私は私の道をいけばいいと思えたのは良かったですね」
世界中の超一流クリエイターから学ぶ
「時間を操れる写真を知りたくてモデルを始めたので、いつもカメラを持って仕事場へ行きました。技術的なことを聞くと、皆、惜しみなく教えてくれます。ウィリアム・クラインが言ってくれたんですが、「安珠は写真が好きだから、絶対に上手になるよ。好きだって気持ちが一番大事なんだ」って。全てに通じる言葉ですよね。モデル時代はファッションフォトグラファー、デザイナーをはじめ、世界中のクリエイターに囲まれて、上質な創作現場を体験できる学校のようなものでした」
――さて、今回の展示作品のことをもう少し聞かせてください。ほとんどモノクロで撮られていますが、薔薇と猫の写真はカラーとモノクロの組写真です。作品のディスクリプションも、人間と猫の知覚世界の違いに触れている内容でシビレました。
「ピンク薔薇猫A」「ピンク薔薇猫B」© Anju
「猫がピンクの薔薇に反応していたので、何だろう?と思って色々と検索しました。すると、猫は、青と緑の色は認識するが、赤は認識しない。ただ、ピンクには反応することが実証されていて、その理由は研究過程だそうです。なるほど、だからピンクのバラの周りをウロウロしているんだと納得したんですが、身近な猫でも全く異質な世界で生きていると再認識し、それはコロナ禍だから探求できた出来事だと思いました」
――日常生活のパートナーにカメラを向けたスナップでありながら、ゾクゾクするほどのピントですね。安珠さんはライカSL2をアサインメントの撮影でもお使いですか?
「優秀なライカSL2は、グラビア、広告といろんな仕事で使います。SLシステムを使っていると、皆さん必ず『安珠さん、それ何のカメラですか?』って聞いてきます。ライカのイメージはライカMシステムなので、ライカSLシステムだと、真新しさに皆さん興味津々です。人間工学を取り入れただけあり、女子でも手にしっくりと収まるので重さは気になりません。洗練されたフォルムなので、ロケ先のゴージャスなホテルのテーブルの上に置いても見栄えがいいんですよ。眺めることができる自分の道具というのはすごく大事だなと思います。新しいライカSL2-Sも出ましたし、ライカSLファミリーが増えて嬉しいですね」
――高解像度といえば、沖縄で撮影された雲の写真がスゴイです。
「雲の劇場」© Anju
「振り向いたら巨大な舞台のような大きな雲があって、その舞台のような雲の中に人がいる!と思いました。太陽も神々しくて、神様たちの雲の劇場だなと思いました」
――逆光でフレームに堂々と太陽が入っていて、その光芒が中世の宗教画の太陽のような完璧さで美しいです。
「ISO感度は100で、ライカSL2の4700万画素の高画質なので、巨大なプリントをしても美しいですね。作品展示をご覧になった方から、「雲の舞台の中心以外に、キノコの帽子をかぶった横向きの人がいる」、「舞台の真ん中に馬がいる」、「舞台の左端に数珠を持ったお坊さんがいる」、「右に龍がいる」、と皆さんそれぞれにおっしゃるんです。極め付けが、「右のところに左向きで写真を撮っている人がいる!」と来場者に言われてびっくり(笑)。そのように様々に想像を膨らませて観てくれて嬉しいです」
――確かに、これは横幅5mくらいのサイズで見てみたいです。舞台の上の二人の奥にも何人も神様がいるようですし、右の雲の上にはカメラを構えた神様がいるようにも見えました。巨大なプリントで鑑賞したら、もっと見つかりそうです。ところで、この写真はライカよりも横⾧ですよね?
「写真撮影の合間によく動画も撮るので、実はアスペクト比を戻し忘れたんです。でも、それが良い効果になっていたので、トリミングしませんでした。『奇跡の一本松』の作品も同じです」
「奇跡の一本松2020」© Anju
――なるほど、これは動画用のアスペクト比だったのですね! 偶然とは思えないです。雲の写真も松の写真も、この比率で構図を組んでいることが必然のようにピッタリ来ていると思いました。
「そういうものが映るべきサイズだったので、写真の神様がいてくれたのかな。一本松の撮影時は曇りで逆光だったんですけど、よく見るとほのかに松の赤と葉の緑が感じられて、その色合いがほんのり見える程度で光を拾うというところを狙いました。モノクロだと50年前の写真なのか今の写真なのか時間が溶けて分かりにくくなってしまうので、今の1本松だということが何処かに感じられたらとカラーにしました。枯渇して人工的になった一本松ですが、巣があり鳥も三羽いて、希望を感じる写真なんです」
――写真の神様が導いてくれる偶然と、写真を作り上げるのに必要なことを計算して反応するセンスが交わることで、これらの作品が生み出されているんですね。しかも写真を見ている人には、その計算を感じさせないのが素敵だと思いました。
「スナズル(砂蔓)」© Anju
「通常は低木や草に寄生しているんですが、自分自身に絡み合ってぽこっと砂浜に生えている我流の生き方に感動しました。20センチくらいの蔓の膨らみがあって、覗くとその奥行きの蔓の絡み具合が魅力的で。奥までみっちりピントが欲しいので、絞りとシャッター速度とISO感度のせめぎ合いでした。白い実もなっていて、高画質のライカSL2ならではのモノクロ写真になりました」
――肉眼で見た印象通りに奥までピントを合わせるには、特にフルサイズ以上のカメラでは三脚にカメラを据えて撮るというメソッドが一般的ですがこの場合は?
「これは手持ちです。私は自然の中にいてもムービー以外は三脚を付けたくないんです。モデル時代は、1/125秒でもブレていて、写真家の沢渡朔さんに相談したら「土門拳はブレを無くすために赤レンガでカメラを構える練習をしていたそうだよ」と言われたので、赤レンガを買ってスポ根さながら、訓練しました(笑)。お陰で、1/4秒でもブレなくなりましたが、今は、ブレ防止がとても優秀なのでカメラに自分を任せられます。進化したライカSL2は道具というよりも頼れる相棒ですね」
――自分自身の物語を一緒に背負ってくれているライカM3から、信頼できる相棒としてのライカSL2まで、とても美しいストーリーを堪能させていただきました。これからも素敵な写真を見せてください。本日は、まるで宝石のような話を沢山していただき、どうもありがとうございました。
「こちらこそ、どうもありがとうございました」
Photo By Y, Leica Online Store
安珠写真展 「Just Daydreaming」
期間:2021年2 月7 日(日)まで
会場:ライカギャラリー東京 (ライカ銀座店2F)
東京都中央区銀座6-4-1 Tel. 03-6215-7070
安珠プロフィール
東京都出身。ジバンシーに専属モデルとしてスカウトされ渡仏。世界各国の雑誌やパリコレなどで活躍し、ピーター・リンドバーグ、オリビエーロ・トスカーニなど多くのフォトグラファーに愛され、写真家に転身し帰国。90 年代から、広告、雑誌連載、講演、ビジュアルプランから映像監督まで幅広く活躍。物語を紡ぐ独特の作品には、少年少女の世界「ビューティフルトゥモロウ」、平安京をテーマにした「Invisible Kyoto 目に見えぬ平安京」など、⾧期に渡り制作している。子どもたちに写真を読み解く授業や東日本大震災後に子どもたちの夢を取材するプロジェクト「Dream Linking★千年忘れない」を開催。日本写真家協会会員、日本写真協会会員、 全日本写真連盟役員。https://www.anjujp.com