My Leica Story
ー 加納 将人 ー


ライカ松坂屋名古屋店では、写真家加納将人さんの写真展“echo-Bangladeshの残響”を開催中(会期は2023年10月31日まで)。
本写真展では、広告や雑誌の世界で活躍するほか、スポーツや旅をテーマにした作品も多数撮影している加納将人さんがバングラデシュで切り撮った作品13点を展示しています。これらの作品を撮影するのに使用されたのはライカM11とライカSL2-Sとのこと。そこで作品制作とライカとの関係や、ライカのボディとレンズの印象についてお話をうかがいました。

text: ガンダーラ井上



――本日は、お忙しいところありがとうございます。今回の展示はバングラデシュで撮影されたとのことですが、撮影期間はどれくらいだったのでしょう?

「2023年の4月から、およそ1ヶ月かけて撮影しました。バングラデシュにはコロナの影響が出始める直前の2020年1月に10日間ほど滞在した経験があったのですが、その時に撮影した写真を見返してみたときに、自分がバングラデシュを旅して感じたことが表現できておらず、満足できるものではありませんでした。そのため、長い時間がとれるなら、エネルギーを感じたバングラデシュという国にもう一度撮影に行きたいと考えていたのです」

――そうして撮られた膨大なカットの中から、展示のために13点をセレクトされました。数を絞っていくのは大変な作業だと思うのですが、どのような視点で選定されたのでしょう?





価値観の異なる世界への好奇心


「あの国を1ヶ月かけて回ってみて印象に残ったのは、都会であっても田舎であっても男女が同じ場所で働いている場面に出くわさないことです。たとえば農村で稲を刈っているのは男性だけで、その後の作業をしているのは女性だけ。同じ農家でも男女が被らないのです。食堂でもウエイトレスはいなくて男性だけですし、旅をしながら至る所でそれを感じたので、その視点を含めて選んでいます」



@Kano Masato



――この写真の人間の密度に圧倒されます。とにかく物凄い人の量ですね。

「これは首都にある大きなモスクで、有名なムスリムの学者の方のお葬式をしているところです。基本的にダッカのモスクに女性は入れないそうですが、ここは数少ない女性が入れる場所だそうです。とはいえ手前にいるのは全員男性で、奥が全員女性です。棺があってお葬式の儀式が行われているのですが、その学者の棺と同じ高さにいられるのは男性だけ。男性の中には泣いている人もいましたが、女性は隔てられた場所から眺めているだけで、自分の目からは退屈そうにも見えました」

――ムスリムの世界観とジェンダーの捉え方がこの1枚で見えてくる写真なのですね。今回の撮影に持って行かれた機材についても教えてください。




今回の撮影に使ったライカ2機種



「ライカM11とライカSL2-Sです。レンズは、このボディにはこの焦点距離というルールはなく、その時々で違う焦点距離のレンズを付けた2台のセットで持ち歩きます。ライカMレンズをライカSLシステムのボディにも使っています」

――ライカSL2-SにズミクロンM f2/28mmASPH.の組み合わせは引き締まったスタイリングで格好いいですね。

「ライカSLシステム用のズームレンズも優秀ですが、1日中持ち歩くとなると重いのです。そのため、仕事用として使っています」



初めてのライカを手にして驚いたこと


――加納さんとライカとの出会いについて教えてください。最初のライカは何でしたか?

「ある写真家さんの談話で、ライカを使い出すと写真が下手になるという記事を目にして、これは一体どういうことだろう?と興味が湧きました。そこで思い切って買って使ってみたのがライカM10でした。2018年のことです」

――その記事どおり、写真が思い通りには撮れなかったですか? マニュアル操作で二重像を合致させるピント合わせに手間取ったりしたのでしょうか?





「いや、それどころかまったく使いこなせなかったのです。これを使えるようにならないと元が取れないぞと思いました。常に自分のそばに置いておかないと使いこなせるようにならないとすぐに分かったので、毎日ライカを持ち歩くようになり、旅での撮影スタイルも変わっていきました」

――ライカが自分の道具として使いこなせるようになるのにどれくらいかかりましたか?

「3年ぐらいですかね。ただし、焦点距離が変わると今でも怪しいかもしれないです。28mm、35mm、50mmの3本は大丈夫です。24mmならいけるかもしれませんが、それ以外の焦点距離だとサクサク使えるとは思えないですね。だからなるべく同じ焦点距離で、画角のレンジは広げないようにしています」

――そのように自分を律していらっしゃるのですね。

「決めたというよりは、それほど器用ではないので早くできるようになるには散らしてはいけないと思っています」



復刻版ノクティルックスの魔力


@Kano Masato



――この写真、前ボケがすごいです。この人は一体何をしているのでしょう?

「これは、森の中のような場所で伝統衣装のサリーを作っているところです。このサリーの糸が50mくらい続いています。朝の太陽が低めの位置の時で、下から撮ったら透過するので、下にもぐって、この角度で撮りました」

――絶妙な位置関係で人の顔が糸から透けて見えるアングルです。

「そういうところを探しながら、ノクティルックスM f1.2/50mm ASPH.で撮りました。寝転がっているような感じで、うつ伏せの姿勢です。絞りは、ほぼ開放だったと思います」

――復刻版として甦った、往年の大口径標準レンズですね。展示された作品にはこれ以外にもノクティルックスで撮られたカットはありますか?

「最初のモスクでのカットもそうですし、これもそうですね。夜間はほとんどノクティルックスを使っていました」



@Kano Masato



「これは夜の長距離バスのターミナルです。人がめちゃくちゃに集まってくる場所で、男女いろいろいますね」

――働いている場所では男女が分離していても、バスターミナルなどでは男女が混じっていることもあるのですね。ボケが雰囲気を出していて、とても臨場感のある写真です。



あえて写りすぎないレンズを選ぶ


「僕がライカを使って感じている一番の心地よさは、解像し過ぎないところにあります。アポ・ズミクロンM f2/35mm ASPH.とライカM11の組み合わせでは写り過ぎてしまうことがあって後処理することもあるぐらいです。このノクティルックスの持っている甘さのようなものが、使っていて一番心地よいですね」

――仕事の写真は、針で突いたような解像感で写っていることが大前提の世界に生きておられるわけですよね。

「そうです」

――でも自分自身が個人的な世界認識をしていくうえで、むしろしっかり写っていないように見える世界の方が、自分にとってリアリティがあるというようなことでしょうか?





「まさにその通りで、皆さんもそうだと思うのですがどこかに旅行に行っても、それを後日思い出した時に自分の頭の中に出てくる映像はそれほど鮮明に解像していないじゃないですか」

――逆に、現在のデジタルカメラのような解像感で脳内イメージを保持できている人は苦労が絶えない気もします(笑)。

「時間が経てば経つほどその解像力を失って行くと思うので、それに一番近いイメージを捉えられるカメラがライカだったと言うのがあると思います」



記憶に近い記録を可能にするカメラ


――展示タイトルにあるecho(残響)は、自分の記憶の中の映像が脳内で何度も反射して、こんなものを私は見たんだよなぁ。というイメージが醸成されていくような印象を残す言葉です。私たちは見た瞬間ですら自分の脳内の記憶を見ていて、それは時間の経過とともにエコー、あるいはリバーブのようなものが乗ってくるものである。それをどのように写真として定着させようかと思った時にライカがしっくりきたと言うことですね。

「復刻版のノクティルックスに関して解像感は素晴らしいということではないと思いますが、それ以外の部分として余韻というか、その場所の湿度や匂いみたいなものを写真から感じられたのはライカが初めてでした。それが自分の記憶に近いのです」



@Kano Masato



「これは高級な茶農園で撮影しました。茶を摘んでいるのは女性だけ。広大でずっと続く茶農園の中に女性が何百人もいるような感じです」

――過剰な演出がなく、自然な彩度ですね。いわゆる“盛った”写真の対局にある感じです。

「ライカを使う前には全く気が付かなかったのですが、ほとんどのデジタルカメラの出してくる色は何か不自然で嘘くさく誇張があります。でもライカの場合、見た通りの色で撮れるのも魅力だと思います」

――加納さんが、これから欲しいと思っているライカのカメラやレンズはありますか?





「ズミルックスM f1.4/21mm ASPH.が、いま欲しいレンズですね」

――あえて焦点距離のレンジを広げずストイックな撮影をしている加納さんですが、21mmという広角が欲しい理由は?

「あくまで基本は28mm、35mm、50mmですが、旅先では28mmでも収まりきらないモチーフがあります。被写体との距離感を詰めて、寄っていくことが多いので、そうすると画角の広いレンズが必要になります。最近、最短撮影距離が短いモデルが出てきているので、21mmでそういうものが出てきたら一番欲しいですね」

――基本とする3本のレンズに加え、スナップシューターの視覚として超広角で大口径のレンズを狙っているのですね。最短撮影距離を短くしたバージョンの登場にも期待したいところです。本日は撮影に関するリアルな解説からお使いのライカに関することまで幅広くお聞きできて楽しかったです。どうもありがとうございました。

「こちらこそ、どうもありがとうございました」





写真展 概要

タイトル: echo-Bangladeshの残響
期間  : 2023年7月7日(金)- 10月31日(火)
会場  : ライカ松坂屋名古屋店
      愛知県名古屋市中区栄3-16-1松坂屋名古屋店 北館3階 Tel. 052-264-2840
展示内容: 1ヶ月かけて旅したバングラデシュで切り撮った作品13点

>>写真展詳細は こちら




加納 将人 / Masato Kanou プロフィール

フォトグラファー。1978年生まれ、山口県出身。
写真館やコマ―シャルフォトスタジオで写真を学び、30歳で独立。現在はフリーランスで、広告や雑誌の分野で活躍するほか、スポーツや旅をテーマにした作品も多数撮影している。

公式サイト  http://kanoumasato.com
Instagram    https://www.instagram.com/toramaru_life