My Leica Story
ー  野村誠一 ー
後編


ライカギャラリー東京、ライカプロフェッショナルストア東京、ライカギャラリー京都では、野村誠一さんの写真展を2023年5月20日まで開催中。(※好評につき会期を延長、5月25日まで)

「A Half Century—The World is Filled with Splendid Things. 」と題して3会場で同時開催される本展では、文字通り半世紀以上に及ぶ写真家としてのキャリアを経て同氏が捉えた、世界は素晴らしい物事で溢れていると感じさせてくれる圧巻の作品群を展示中。Part1に続き、ライカのカメラとレンズについてさらに詳しく掘り下げていきます。

text:ガンダーラ井上



――野村さんがご自身の発意で作品集を制作するにあたり、手にしたカメラがライカM10モノクロームであったとのことですが、その理由は?

「自分は、モノクロが好きなんです。でも、タレントさんの写真集ではモノクロを受け入れてもらうのは難しいという現実がありました。編集者にモノクロのカットを入れたいと提案すると、だいたい『え?モノクロですか?ちょっと勘弁してください』みたいな感じで、全然やらないわけではないけれど全体の1%という感じでした」

――確かに、雑誌でも巻頭グラビアにモノクロを持ってくるというのは、かなり攻めた企画という感じでレアケースでしたよね。野村さんの撮られた写真のパブリックイメージも、ポジフィルム的な発色の良いショットという印象なのかなと思います。

「自分のキャリアは女性誌から始まっていますが、その出発点はモノクロです。それを繰り返すうちに今に至っています。若い頃はモノクロを撮っていると下っ端の仕事という感じで見られてしまうのでカラーページの仕事を増やしたいという思いもありました。実際に写真集や雑誌の連載、広告の仕事などでカラーばかりで撮るようになりましたが、写真を撮れば撮るほどモノクロの良さが段々とわかってくるようになり、モノクロページが有り難くなってくるものです」

――光と影だけで表現する、写真の本質がモノクロ写真にはあると思います。

「そう、カラーとモノクロとの価値が変わるんですよ。その逆転を実感させてくれたのもライカM10モノクロームだという気がしています。そもそも写真学校で基礎から教えてもらうのにモノクロから始まるわけで、釣りの世界は“フナから始まってフナで終わる”と言われていますが、写真も“モノクロに始まってモノクロに終わる”という感じです」

――野村さんはモノクロフィルムの化学的なプロセス、すなわち現像・停止・定着や、暗室でのモノクロプリントのご経験があると思うのですが、デジタルでモノクロ写真を撮る感覚をどのように捉えていますか?

「もちろん昔は、この現像液をこの温度と時間で、と苦労して現像して1枚のモノクロプリントまで仕上げていたわけですが、そこで作り上げた以上のものがライカM10モノクロームには潜んでいます。それが、私がライカにのめり込んでいった理由です」

© Seiichi Nomura「A Man in Mojave/California」


――この写真、モノクロだからこそ見えてくるトーンが見事に表現されています。ライティングも極めて自然な感じですが、スタジオでこの光を作るのは大変だったのではないでしょうか?

「いや、これはスタジオでもなんでもなくて、スーパーマーケットなんですよ。ドライレークがあるモハーベ砂漠の街のスーパーで、たまたまそこにいた人に声をかけて撮りました」

――アメリカ南西部の街のスーパーマーケットでロケしている?なんでまたそんな不思議な場所に行かれたのでしょう?

「ポートレート写真の大御所であるヘルムート・ニュートンとかハーブ・リッツが大好きで、彼らがどこでロケしているかといえばアメリカ西海岸の砂漠なんです。それと同じことがしたくて、実際に何度も撮影しました。ストロボと発電機を持って行ってメイク専用も含め3台のロケバスで行くことが許された時代でした。だから馴染みのある場所でもあるのです」

――ということは、今回も大掛かりな機材を持ち込んだのですか?

「いえいえ、一緒にクルマで移動していた家内が後ろで黒い布を持っているだけです。」

――何というシンプルさでしょう! タネを明かせば1台のライカと黒布1枚だけなのですね。ミニマムな道具立てですが、撮影している状況は何だかちょっと変な感じのような気もします。


「怪しいですよ。だってスーパーの前にいる人の後ろに、黒い布を持っている人が立っているんだから」

――それにしては満面の笑みで、相手の心が開いている感じです。

「このときは会ってまだ数分で、実際に4カットか5カットしか撮っていないですね」

――まさに達人の技ですね。それにしても相手の方の表情が自然なのはなぜでしょう?

「それはもう、瞬間でね。モデルをたくさん撮っているから、僕は人の心を掴むのが早いからですよ」

© Seiichi Nomura「A Shining Morning/Paris」


――こちらの作品も、まさにモノクロという感じです。 「これはパリ。スケートリンクみたいだけれど、実は普通のアスファルトの道路に雨が降っていて反射でこうなっているんです。コンコルド広場からシャンゼリゼに向かって歩いている途中で。こういうのを見ると、やっぱりモノクロっていいなと思いますね」

――確かに。モノクロだからこそ明暗のコントラストがより印象的に見えてくる写真ですね。

「そうなんですよ。だから自分がどんどんモノクロに惹かれていくのがわかるんです。ライカM10モノクロームだと、こんな写真が撮れてしまうんです」

――ライカM10モノクローム以外に現在お使いのカメラは何でしょう?

「大病をして、退院したその日に買ったライカQ2と、その後にライカM10-R、ライカM11と順に手に入れていきました。それは、ライカM10モノクロームの柔らかで芳醇な階調に惹かれたので、ならばカラーも試してみるか。という気持ちからです」

© Seiichi Nomura「Anthurium」


――こちらはライカギャラリー京都に展示中で写真集の表紙にもなった作品ですが、なんとも艶めかしくて官能的なカラー写真です。

「ヌメっとした羊羹みたいで、何だかエロティックですよね。粒子ひとつ荒れていないんですよ。この写真のどこかに粒子を感じますか?」

――すべてが滑らかにつながっていて、とろけるようにボケていく背景とつながっています。モチーフのサイズは小さいのもだと思うのですが、これもライカで撮られていますか?

「ライカM10-Rです。レンズは、アポ・ズミクロンM f2/35mm ASPH. です。手のひらより小さいぐらいの被写体で、ギリギリに寄って絞り開放で撮っています。だから、左側はもうボケているでしょ。この水滴は自分でかけたようにも見えるかもしれませんが、近くのマンションにあったもので、朝に水やりした人にセンスがありますね」

――え? これはスタジオで腰を据えて演出して撮ったのではなく、通りすがりで見つけてそのままの状態をパッと撮ったのですね?

「あ、きれいだな。と思ってスナップしました。これでシズル感が出るかなと思ったら、もうすごいじゃないですか。スタジオじゃないんですよ。そこがライカなんです」

――いま、いちばんのお気に入りのレンズはアポ・ズミクロンM f2/35mm ASPH. ということですね。

「ずっと仕事で撮影に明け暮れていたから、近くをスナップするということを今までしてこなかったのですが、ライカを持ち歩いて使ううちにすごいレンズだなと気づきました。アポ・ズミクロンM f2/35mm ASPH. は開放からこの描写ですからすごいですよ」

――35mmは準広角に分類される画角だと思うのですが、いわゆる標準レンズに関してはいかがでしょうか?


「実は最近50mmってすごくいいレンズであると感じています。仕事で24-70mmのズームレンズを頻繁に使っていますが、結果的に一番多く撮っているカットは50mmですよ。モデルと対峙して撮ると、だいたいその画角です。歪まないし会話が普通にできる距離。焦点距離が50mmより長すぎても短かすぎてもいけない。だからカメラに50mmレンズ1本つけておけば写真集1冊できてしまうと思います」

――写真は“モノクロに始まってモノクロに終わる”という話に加えて、“50mmに始まって50mmに終わる”ということでしょうか。今後のライカに期待することなどありましたらお聞かせください。

「やっぱり、ライカM11のモノクロームですね。僕はモノクロが好きだから。どこのメーカーにもモノクロ撮影専用センサーのカメラってないですよね。このクオリティはカラー撮影を前提とした他のカメラでは出せないと思います。いま使っているのはライカM10モノクロームですが、ライカM11でモノクロ撮影専用のセンサーで、アポ・ズミクロンと組んで撮影すればもっとすごいのではないかと思います」

――写真家・野村誠一さんが次に手にすべき相棒として、ライカM11モノクロームの出現に想いを巡らせていらっしゃるのですね。それが実現したら、どんな作品が生み出されていくのか楽しみです。本日は貴重な撮影エピソードや写真への姿勢など、ご本人の言葉で語っていただけて光栄でした。どうもありがとうございます。

「こちらこそ、ありがとうございました」

前編はこちら



写真展 概要


タイトル:「A Half Century ── The World is Filled with Splendid Things.」

展示内容:野村誠一氏によるスナップおよびポートレート作品
ライカギャラリー東京:14点 / ライカギャラリー京都:15点 / ライカプロフェッショナルストア:15点

◆期間:2023年3月3日(金)- 2023年5月20日(土)※好評につき会期を延長、5月25日(木)まで
ライカギャラリー東京 (ライカ銀座店2F)ライカプロフェッショナルストア東京
東京都中央区銀座6-4-1 2F Tel.03-6215-7074
ライカギャラリー東京:月曜定休
ライカプロフェッショナルストア東京:日曜・月曜定休

>>写真展詳細はこちら

◆期間:2023年3月4日(土)- 2023年5月20日(土)※好評につき会期を延長、5月25日(木)まで
ライカギャラリー京都 (ライカ京都店2F)
京都府京都市東山区祇園町南側570-120 Tel. 075-532-0320 月曜定休

>>写真展詳細はこちら



野村 誠一/Seiichi Nomura プロフィール

1951年、群馬県生まれ。1971年、東京写真専門学校(現ビジュアルアーツ)卒業、広告代理店に2年半勤務した後、1973年、フリーカメラマンに。1982年、野村誠一事務所を設立。1988年、講談社出版文化賞写真賞受賞。タレントや女優の400冊以上の写真集、CD・DVDジャケット、雑誌の表紙およびグラビア、テレビCM、映画など、ポートレート撮影を中心にプロカメラマンとして50年にわたり幅広く活動中。現在YouTube公式チャンネル「野村誠一写真塾」で写真の楽しさ、撮影技法を発信している。

https://www.seiichinomura.com