My Leica Story
ー 写真家 清水朝子 ー  



ライカGINZA SIXでは、国内外で活躍する写真家、清水朝子さんの写真展『空にむかって 地へ向けて』を2021年5月25日まで開催しています。展示された作品は、すべてライカのミドルフォーマットのデジタル一眼レフカメラ「ライカSシステム」で撮影されたもの。ライカと清水さんとの関わりや作品作りについて、インタビューさせていただきました。

text:ガンダーラ井上
 


3つのシリーズから抜粋した展示

ーー本日は、お忙しいところありがとうございます。さっそくですがライカGINZA SIXでの展示作品について、解説をお願いできますでしょうか。

「今回は、3つのシリーズ『Finding a Pearly Light』 『Silence Awareness Existence』 『Storyteller』から抜粋した作品を、『空にむかって 地へ向けて』というタイトルをつけて展示しています。全体のコンセプトとしては、目に見えない何かが人生や社会に影響を与えることへの興味や意識・想念・魂のようなものが根底としてあります。

ーー作品を拝見していて3つのシリーズに共通して感じたのは、被写体とカメラの間にある“何か特別なもの”でした。

「何だかスピリチュアル系だと思われてしまいそうですが大丈夫ですか?(笑)」

ーー写真だからこそできる表現を用いて、見る人それぞれの思考やひらめきを刺激しているという感じがしました。ネタバレ的な質問ですが、この写真は何が写っているんですか?



© Asako Shimizu

「これは『Storyteller』シリーズの中の1枚です。丸く写っているものは雪で、手前に降ってきている雪は大きく、奥は小さく何層にもなっています。実はこれ、ものすごい吹雪の中で撮っているんですよ」


ーー肉眼では雪はこのような感じに見えないのですが、どうやって撮ったものなのでしょう。


「これは、あと30分このままだと窒息すると感じるくらいの吹雪で、雪が口の中にも入ってきているようなハードな環境下でした。そこでフラッシュを使って撮っています」


ーーそれで遠景に合わせたピントの手前に飛んでいる雪の粒が、いわゆる“前ボケ”で丸く光っているんですね! あまりにハードな環境下で感電なども心配になりそうです。


「私も最初は故障が怖くて、ライカの純正は高いから古いフラッシュを使っていたんです」


ーー怖いって、その解決策ですか? それなら潰れてもいいと。


「そうしたら、やっぱり潰れてしまって(笑)。それで仕方なく高いライカ純正のフラッシュを使ったんです。壊したくないからフラッシュをラップで巻くんですけれど、ものすごい強風でそのラップもピューっと飛んでいってしまったりして。ライカユーザーの方々って、こんな風に使わないでしょうね」


過酷な環境から、ある種の美しさを感じる作品を生み出す


羽毛入りのカメラカバーは雪まみれに


ーーうわ! これはビックリです。ここまで本気を出さないと、あの作品のような世界にはたどり着けないんですね。

「この状況で撮るのは三脚を立てるだけでも結構大変なんです。でも私としては、その苦労すら感じないある種の美しさを感じる写真ができたら成功だと思っています。ただ、思った通りの絵コンテ通りだとつまらないので、写真ならではの偶然性を求めています。なので、自分でも思いがけない1枚が撮れるまで撮り続けるんです」

ーーちなみに、どれくらいの時間をかけて撮っているのですか?

「雪の撮影は冬の間、並行して湿気のあるシーズンには工場の夜景を撮っていますが、どちらも5年ほどかけて撮影したものです」


© Asako Shimizu

ーーこちらの作品は、2018年の始めにライカプロフェッショナルストア東京で展示されているのを拝見しました。カラフルな光の球は、一体何でしょうか?

「これは『Portraits without a Face』というシリーズで、シャボン玉にフラッシュの光を当てて撮影しています。工場地帯は風が強いので、もう顔がシャボン液でベチャベチャになりながら撮りました(笑)。4時間くらい粘っても撮れないときもあれば、2時間ぐらいで撮れる時もあるんです。沢山の写真の中で1枚だけでも撮れたらウキウキして帰り、撮れないとうなだれて帰ったり。でも、これと同じ写真をもう一度撮ることは不可能ですし、後処理の段階で思いつかないところにシャボン玉が写り込んでいたりするので、まさに偶然によって生まれる作品と言えます」

ーー何年もかけて、吹雪の中やシャボン玉にまみれながら作品作りをされているのですね。工場のシリーズも今回の展示作品も、すべてミドルフォーマットのデジタル一眼レフカメラ「ライカSシステム」で撮影されたとか。

 「今日は撮影に使ったカメラとレンズを持ってきました。カメラは「ライカS2」と「ライカS-E」、レンズは「ライカ ズマリットS F2.5/70mm ASPH.」と「ライカ アポ・マクロ・ズマリットS F2.5/120mm」の2本です」


清水さんのライカS2(左)とライカSE(右)

ーーおお、ライカS2。迫力満点ですね。アンスラサイトグレーのライカS-Eも渋い!

「名前もあるんです。ライカS2の方が”S子”で、ライカS-Eは”S江”って呼んでます(笑)」

ライカSシステムを選んだ理由

ーーライカSシステムといえば、泣く子も黙るというか、プロでも尻込みするような凄いカメラだというのが一般的な認識だと思います。その前からライカはお持ちでしたか?

「このライカS2とライカS-Eが、私の最初のライカです。手にしたきかっけは、世界最高級機で撮影したいと思ったから。当時、フィルムの中判カメラはハッセルブラッドとローライフレックスを使っていたのですが、911以降は空港のX線検査が厳しくなって。それで、それまで使っていたフィルムカメラの代わりになるデジタル中判カメラを探しはじめました。最初はライカではないメーカーの製品を検討したのですが、実機に触ってみるとフィーリングが違うと感じたんです」

ーー何となくわかります。合体ロボっぽくてメカメカした雰囲気に違和感があった?

「もっとミニマムであることと、撮れる写真の描写が柔らかくて奥行きがあるものが欲しかったんです。その時、ライカS2というカメラが出たと聞いてプロショップで開催されていたセミナーに行き、その後テスト撮影をさせていただきました」


  「ミニマムかつシンプルで、触ったときに『これだ』って思いました。そして、仕上がりを画面で見たときに『え!なにこの世界?』と思うほどの衝撃を受けて。それでライカSシステムに決めました。購入後の感想としては、とにかく何か撮りたくなりましたね」

ーーこのカメラと、すごく相性が良かったのですね。

「私が好んで撮るテーマは、自然界のエネルギーやそれを畏怖し敬う感覚です。これは気配であって“見えないもの”なのですが、ライカSシステムで撮ると、肌感覚でそれを感じ取ることができるように思います」


不可視なものを感じ、写真に定着させる


© Asako Shimizu


  ーーこの作品もご愛用のS子もしくはS江で撮られたものだと思いますが、その場の空気に含まれた“何か”が見えてきます。

「これは『Finding a Pearly Light』シリーズの中の1枚で、山形県で撮ったものです。撮影現場では奥行きを感じていても、写真に切り撮るとフラットになってしまうこともよくあるのですが、この写真は違いますよね。ライカSシステムのレンズは、苦労した甲斐があったわぁ、と思わせる仕上がりを見せてくれるように思います。自分で撮っておきながら、何でこんなに素敵に写っているのかしら、と思うこともあります(笑)」

ーーハッセルブラッドやローライフレックスなど、世界の一級品と呼ばれるフィルム中判カメラで得られた心の高揚感と同等もしくはそれ以上の手応えがあるということですね。ライカSシステムはライカのカメラの中で最も大きいですが、持ち歩きに苦労されるのでは?

「作品として幅1.5mサイズの大伸ばしにして、近くに寄って見てもすごくよく写っていて、だけれども柔らかい。大判カメラの描写が、このサイズのカメラで実現できるんです。そう考えると大きくも重くも感じないのかもしれませんよね。ライカSシステムを三脚に着けて運んでいると、登山家の人から『気合入ってるね!』とか声をかけてもらって、すごく恥ずかしいけど『はい!』って元気に返事をしています(笑)」

ーーもはや清水さんの作品作りに欠かせない最強の相棒という感じですね。ちなみに、お仕事でもライカSシステムを使われているのでしょうか?

「70 mmのボケが良いので、ポートレート系はライカを使います。ライカで撮っていると、カメラに興味のある俳優さんは必ず何か言ってきて、ちょっといい空気感になるんです。ライカの話題になるのは男性の方が多いのですが、ある大女優さんを撮影した時は『私もライカ持ってるわ』って声をかけていただいたりして、やっぱり何で撮ってるのかを見ているんだなぁって思いました。また、誰しもが認めるところですが、同じブランドのカメラをぶら下げているもの同士が出会って、すぐに距離感を縮められるのはライカくらいだと思います。そのおかげで、年齢や職業を超えて友人が増えました」

ーーライカを持っていると、友人に恵まれる。いい話です。ライカだから撮れた写真って、どんな写真でしょうか?

「ライカで撮った写真全てが、ライカだから撮れた写真だと思っています」


ーーこれからのライカに、こうして欲しいと思うことはありますか?

「カメラやレンズは、それを設計された方の哲学や世界観が形になって現れると思います。ライカを使ってみて感じるのは、気配を感じ取ることのできるカメラだということ。ピントの合っていない部分も含めた描写や、そもそもモノクローム写真しか撮れないカメラとか、デジタル時代に液晶モニターのないカメラとか、斜め上どころか想像できない所から頭突きしてくる感じです(笑)。ライカには、そうやってずっと驚かせて欲しいです」

ライカと、それ以外のカメラとの違い

ーーライカのユニークな発想とそれを製品化する実行力には驚かされますが、決して飛び道具的なアイデアではなく、写真の本質はどこにあるのかを熟慮した結果なのだと思います。

「本質はどこにあるのか。これは良い言葉ですね。写真を撮る立場で考えると、SNSをはじめとして過剰に情報が入り続けてくる中で、それらの情報に翻弄されて、自分が表現すべきものからズレて行ってしまうことがあると思います。どこに本質があるのか、常に立ち返らないとすぐにブレてしまいます」

ーー迷ってるかな?ブレてるかな?と思ったら、ライカSシステムをしっかり構え直せば本質に立ち戻れるかもしれないですね。

「確かに、どんなカメラを使うのかで作品が決まってくる部分は大きいと思います。実際にライカSシステムを手にしてからコンセプトに対してフォーカスしやすくなり、自分自身の感じ取る力が強くなった気がします」

ーーそれは頼もしい!そして羨ましくもあります。ライカSシステムで撮影された写真を見る機会はあっても、実際に使われている方の生の声をお聞きするチャンスは滅多にないので贅沢な時間でした。本日は、どうもありがとうございました。

「こちらこそ、どうもありがとうございました」

Photo By Y


清水朝子写真展「空にむかって 地へ向けて」

期間:2021年5月25日(火)まで
会場:ライカGINZA SIX 
東京都中央区銀座6-10-1 GINZA SIX 5F  Tel.03-6263-9935  10:30–20:30 入場無料
※ 状況により会期・時間が変更になる場合がございます。

清水朝子プロフィール
日本大学芸術学部写真学科卒業1993
出版社マガジンハウス勤務1993–2007
作品集 「Finding A Pearly Light」kukui books

個展
「Finding a Pearly Light」森岡書店 東京 2021
「Portraits without a Face」ライカプロフェッショナルストア東京 2017
「On Her Skin」「Storyteller」NextLevel Galerie, Paris フランス 2013/2015
「ちょっとかがんで/Finding You There」ソニーイメージングギャラリー銀座 2014
「On Her Skin」/「Infi nity」和田画廊 東京 2009 他

グループ展示
「Regards de femmes」 Maison Folie, ベルギー 2015
「Another Room」IMA Concept Store, Tokyo 2015
「Unseen Photo Fair」 オランダ 2013/2014
「DGSM Print 7人の写真家」展 Gallery EM nishiazabu2013

 キヤノン写真新世紀 優秀賞「On Her Skin」2006