My Leica Story
ー 大門美奈 ー


ライカ大丸心斎橋店では、写真家として幅広い分野で活躍する大門美奈さんの写真展「新ばし」を開催中(会期は2022年11月22日まで)。写真展ではモノクロ専用デジタルカメラ「ライカM10モノクローム」をはじめとするライカのカメラで撮影した作品12点を展示しています。大門さんは歴史のある新橋芸者の世界を、どのようにしてモノクロームの世界で表現したのか?そこでライカがどのような役割を果たしたのか?撮影と作品づくりについてお聞きしました。

text:ガンダーラ井上



――本日は、お忙しいところありがとうございます。今回の写真展は、新橋芸者という伝統に支えられたテーマを撮り下ろされています。どのような経緯で作品を制作されることになったのでしょうか?

「私は、3年ほど前からDNPメディア・アートの高画質出力にアドバイザー的な立場として関わりがあり、いよいよその技術が確立したので発表しましょう。ということになりました。まず、ライカGINZA SIXで2022年5月から写真展を開催することが決まり、作品を撮り下ろすなら銀座の街にゆかりのあるものがいいけれど、単なる街のスナップではつまらないと考えました」

――そこで花街としての新橋、すなわち現在の銀座〜東銀座界隈の芸者衆をテーマにされたのですね。とはいえ、この世界はいきなりお願いしても簡単に撮影させてはもらえない気がするのですが‥。

「実は私、2021年の秋頃から企業のトップの皆さんが集まる団体の写真部で講師を務めさせていただいています。そこには地域の第一線で活躍していらっしゃる方々が集まっています」

地域の名士を介して話を進める

――昔の言葉で表現するなら旦那衆(だんなしゅう)のような、お座敷遊びに明るい方も在籍されていそうですね。

「そうです。私を写真部に紹介してくださった方が、新橋の芸者さん達と40年ほど関わりのある方で、芸者さんの組合の頭取と一席設けていただけることになりました。急に撮らせてくださいとお願いするのは図々しいので、作品に関する企画書を持っていきました。料亭ですからお酒が入りますが、私も含めてたっぷりお酒をいただきながらお話をさせていただきました」

――まずはお酒を酌み交わして、仲良くさせていただいてから撮影の段取りへと進んだということですね。実際に撮影された場所は、お座敷が多いのでしょうか?

©Mina Daimon

「2022年の1月ごろから撮り始めましたが、お座敷だけでなく新橋芸者組合のお稽古場が銀座8丁目にあるので、そこで撮った写真も多いですね」

――いわゆる見番(けんばん)というところですね。東京ですと浅草や神楽坂など、それぞれの花街に見番があります。

「新橋は演舞場があって、芸者さんが所属する置屋さんが数軒あって、お稽古場のある見番があって料亭があるのですが、それぞれが半径50mくらいのエリアに集まっています」

――その世界に縁のない人にとっては、まさに未知の領域ですね。

「そうなんです。週刊誌などでは表舞台を少し撮ることはあっても、その内部を作品として残していくという例はあまりないのではないかと思います」

ライカを手に、芸者衆と向き合う

――今回の撮影で、主に使われた機材について教えてください。

「アウトプットが高品質モノクロームと決まっていましたので、撮影はモノクロームで、カメラは主にライカM10モノクロームライカSL2-Sです」

――どちらも正面から見えるロゴが隠された、真っ黒なカメラですね。使い分けとしてライカSL2-Sは寄りのカットという感じでしょうか。この写真はライカSL2-Sで撮影されたものですか?

©Mina Daimon

「これはライカM10モノクローム、もっと寄りの襟元のアップの写真はライカSL2-Sアポ・ズミクロンSL f2/90mm ASPH.で撮影しています」

©Mina Daimon

――ここまで寄ると、M型ライカでは最短撮影距離が届かないですね。

「襟の先にピントを持っていきたかったので、そうなると被写体も動いているのでM型ライカのレンジファインダーでは厳しいかな。という判断です」

――これは襟を縫い付けているところですよね。

「そうです。立方(たちかた)さんと呼ばれる踊る方は、長襦袢と着物がずれてしまわないように着付けが終わった時に縫い付けることが多いそうです。私も全然知らなくて、ああ、そういうことか!と思って撮りました」

――こういうことを皆さんずっと当たり前のようにやり続けているわけですよね。

「京都では着付けは男性がやることが多いそうですが、私のお邪魔した置屋では女性が担当されていました」

――ライカSL2-SはM型ライカに比べるとボディもレンズも立派なサイズです。

「持ち運ぶときは重いなぁと思うけれど実際に使っているとこの重さがちょうどいいというか、背筋が伸びる感じがします。ライカ以外のカメラとは、撮るときの気持ちが全然違います。状況によってライカSL2-Sも使いましたが、今回の撮影ではライカM10モノクロームをメインに撮っています」

伝統芸能と寄り添うM型ライカ

――その場の雰囲気に馴染むという意味では、M型ライカは芸者さんの世界にぴったりだと思います。とはいえピントは手動しか使えないなど制限があるカメラですが、撮影するのに不自由を感じた部分はありませんでしたか?

「意外とありませんでした。最初からオートフォーカスが使えないところが潔くて私はとても好きです。オートフォーカスに頼ると、カメラがピントを合わせている時間でシャッターチャンスを逃してしまうことがあります。M型ライカであれば、ピントをあらかじめ決めておく“置きピン”を前提で撮りますので、踊っている場面などではその方が楽でした」

©Mina Daimon

――ライカM10モノクローム で使ったのは50mmの標準レンズでしょうか?

「主に、ノクティルックスM f1.2/ 50mm ASPH.で撮っています」

幻の大口径レンズの復刻版

――おお! それは1960年代に世界で初めて民生用として非球面レンズを採用した幻の大口径レンズですね。オリジナルの中古品は世界中のレンズマニアが追い求めている垂涎の逸品です。2021年に復刻版が再生産されて話題になりました。

ライカM10モノクロームと復刻版ノクティルックス

「実はライカM11の発表会に行った際に、デモ機にこのレンズが付けてありました。私は復刻版が出ていることを知らなくて、このレンズは何?となりまして、絶対このレンズで芸者さんが撮りたいと思って買いました」

――初代ノクティルックスの復刻版とM型ライカ。お座敷に持っていくのにベストチョイスの粋な組み合わせですね。

「現行品のノクティルックスM f0.95/50mm ASPH.もいいなぁ。と思っていましたが、ボディの小さなM型ライカには、あそこまで大きなレンズを付けたくなかったのです」

高品質モノクロプリントの世界

――今回の作品は、DNPメディア・アートによる「高品質モノクロプリント」技術による印画で展示されています。これは、ゼラチンシルバープリントでもインクジェットでもない方式だそうですね。

「物としての存在感が、インクジェットプリントと見比べると全く違います。インクジェットも進化していますが、このプリント方法は紙の艶感の豊かさや、写真から伝わる力がすごいと思います。モチーフが浮き出てくるような感じもあります」

――このプロセスはブラックとグレーの2版をデジタルデータとして生成して、それを金属板にレーザーで露光して刷版を作成し、2色刷りの版画のようなプロセスで印刷するそうですね。

「版画ということでは、芸者さんは浮世絵の題材になってきた被写体ですし、今回の作品のテーマと親和性のあるアウトプットの方法だと思います」

高品質モノクロプリントの凄さを再確認

――本作で協業されたDNPメディア・アートさんによると『インクジェットではわからないようなライカのカメラの良さ、レンズの良さが如実に出てくるので、大門さんとご一緒して良かったというのはもちろんですが、同じくライカとやれて良かったと思っています』とのこと。

「このプリントは、ライカレンズの良さを引き出してくれます。今回の撮影は復刻版のノクティルックスM f1.2/50mm ASPH.以外では、非球面になる前の第3世代のズミルックスM f1.4/50mmも使っています。ズミルックスはすごく柔らかく女性を綺麗に描写してくれるところがあると思います。ノクティルックスは、それに加えて物凄い立体感が感じられます。設計の古いレンズなので舞台などを撮るときは結構樽型の歪みが出てしまうのが気になりますが、この立体感には変えられないと思いました。

©Mina Daimon

ノクティルックスに相応しい被写体

――このレンズで、芸者さん以外のモチーフを撮りたいという思いはありますか?

「本格的にノクティルックスM f1.2/50mm ASPH.を使い始めてから、芸者さんを撮ることしか考えられないですね。撮ることが決まった2021年の11月ごろからは撮影に集中するために他の予定も入れないようにして仕事も抑え目にして、髪の毛にもかまっていられないのでそれまで長かった髪もショートにして、来てと言われたらすぐ動けるように考えていました」

――いつ撮影のお呼びがかかるのかわからないのですね。

「前日の夜に、明日こういうのがあるから来られる?という感じで」

――お座敷の写真は、どこかにお邪魔して撮るということですか?

「冒頭にお話した方が、わざわざお座敷を設けてくださるのです。世話を焼くのが好きな方なのだと思います。信頼関係が大切な世界で、失礼があってはいけないので撮影にはとても気を遣いました。服装もそうですし、お稽古場も基本的に畳敷きなので靴下も必ず新品で白いものを履いていきました。機材を置くのも畳を傷つけてはいけないので、必ず手拭いを敷いてから。そういうことを心がけて撮影を行いました」

お年賀の手拭をライカの下に敷く

――この撮影は今後も続けられる予定ですか?

「続けていきます。芸者衆の踊りを一般の方々にも披露する“東をどり”が今年97回目になります。記念すべき100回に向けて準備をしているらしいので、私もそのタイミングで写真集にまとめられたらと思っています」

――少なくともあと3年は継続してこのテーマに取り組まれるのですね。今後のライカに期待したいことはありますか?

「いつも期待以上のものが出てくるので、私からリクエストなんておこがましいです。私は結構素直なタイプなので、あるものを気持ちよく使っています。でも、特にということでしたら、ライカSLシリーズが登場してからシャープな傾向のレンズが出ている印象があるので、ぜひ柔らかめのものも出していただきたいです」

――「新ばし」シリーズの撮影にマッチする、シャープさだけでない何かを持ったレンズということですね。本日は、とても興味深いお話をお聞かせいただき、どうもありがとうございました。


「こちらこそ、ありがとうございました」




写真展 概要

作家 :大門美奈
タイトル:大門美奈写真展「新ばし」

ライカ大丸心斎橋店
大阪府大阪市中央区心斎橋筋1-7-1 大丸心斎橋店 本館 6F Tel.06-4256-1661
期間:2022年8月5日(金)- 11月22日(火)

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大門美奈 Mina Daimon

個展・グループ展多数開催。代表作に「本日の箱庭」・「浜」、 同じく写真集に「浜」(赤々舎)など。海外や日常のスナップのほか、日本の伝統や陰影を生かした美の表現を得意とし、特にモノクロームでの表現に定評がある。

https://www.minadaimon.com