My Leica Story
ー  野村誠一 ー

前編



ライカギャラリー東京ライカプロフェッショナルストア東京ライカギャラリー京都では、野村誠一さんの写真展を2023年5月20日まで開催中。(※好評につき会期を延長、5月25日まで)

「A Half Century—The World is Filled with Splendid Things. 」と題して3会場で同時開催される本展では、文字通り半世紀以上に及ぶ写真家としてのキャリアを経て同氏が捉えた、世界は素晴らしい物事で溢れていると感じさせてくれる圧巻の作品群を展示中。野村さんとライカとの密なる関係についてお話を伺いしました。

text:ガンダーラ井上



――本日は、お忙しいところありがとうございます。野村さんはタレントさんや俳優さんをはじめとする著名人の写真集や雑誌の表紙、中面のグラビア、TVCMや映画などポートレート撮影を中心にプロフェッショナルとして長年活躍されていて、野村さんが撮影された写真を見たことのない日本人を探すのが難しいほどだと思います。でも意外なことに写真展を開催されるのは今回が初めてとお聞きしました。

© Seiichi Nomura「Ayaka Saito」



「今までに写真集は400冊以上を出していますし、雑誌の表紙に関してはおそらく何千冊も撮っていたので写真展の話がなかったわけではありません。とはいえ写真展となると主な被写体だったタレントさんがメインになってしまい、その人気に乗ることになります。そのようなかたちで写真展をしたいという気持ちがありませんでした。そうして半世紀以上も写真を撮り続けていたわけですが、2年ほど前に悪性リンパ腫で入院し、ステージ4と宣告されました」

――ええっ! 今お話している野村さんはお元気そうで悪いところなどないように見えますが、大変なことがご自身の体に起きていたのですね。

「それまで大きな病気の経験もなかったので、もう長く生きられないと思いました。今ではこうして治りましたが、退院して思ったことはタレントさんの写真集は数え切れないほどあるけれど、自分の作品としての写真集は一冊もない。このままでは悔いが残るだろうということです。それが、今回の写真集を作りたいと思った最大の理由ですね。ちょうどその頃にLeica Style Magazineに作品を掲載させてもらう話をもらったのです」

――そのご縁がつながって、初めての写真展が開催されることになったのですね。


「実は、入院する前日に自分がライカを手にしている写真を撮りました。何かあったらそれを遺影にしようと思って(笑)。そして、無事に退院した日には、病院から直接家に戻らずにその足でライカのお店に行ってライカQ2を買いました。それくらい、病気をしていながら写真を撮りたいという意識が強かったですね。もしかしたら、もう少し生きられるかもしれないと思ったのがその時でした」

――誰に頼まれた仕事でもなく、純粋にご自身の撮りたいと感じた被写体に向けてシャッターを切る。それが生き続けていく希望であり、とても大切なことだったのですね。

「そうですね。50年も写真を撮り続けてやっと自分が写真家になりたいという気持ちがやってきたという感じです。名刺の肩書きも“写真”としていて、“写真家”と書けない自分がいたわけですが、この写真展と、それを元にした写真集を作ったので、これからは写真家と名乗れるなと思っています」

――写真を撮るということは同じだとしても、野村さんの感覚としては依頼された仕事をバリバリとこなす“カメラマン”と、作家性を主軸とした“写真家”というのは違うものだったのですね?

「カメラマンってタレントさんがいてヘアメイクがいて編集者がいてみんなの共同作業で一冊できているわけだから、チームの一員ということになります。今回の写真集にもアートディレクターがいるからある意味共同作業ではありますが、自分の意思で全てを決めた写真集を出しました。こういう本に出くわしたことで、自分の中で50年間どこかで引っかかっていたものが出てきたことは事実ですね」

――野村さんの確かな写真撮影の技術の核の部分にある、純粋に写真を撮ることが好きでたまらないという瑞々しい感覚が拝見した作品から溢れ出ているのを感じます。ところで、今回の作品群のほとんどはライカで撮影されたとのことですが、ライカを持つとモチベーションも変わるものでしょうか?

「それはもう、ポルシェに初めて乗った時と同じですよ。ポルシェ911とM型ライカは一緒で、どちらも決して扱い易いものではないです。いつでもピントをマニュアルで合わせなくてはならないし、それなのに値段はオートフォーカスのカメラよりも高い(笑)」

――今時クラッチつなぐのに足でペダルを踏むの?というのと同じですね。


「そう。でも、それを自分で操作する感覚もひっくるめて満足させてくれるカメラはライカ以外にはないのです。もう違うんですよ。ミーハーっぽいかと思いますけれど、自分の写真展のDMが届いた時に『すごいよ、ライカの赤いマークが写真の左上に入ってる』って、なんだか大変なことが起きてしまったという感じで子供みたいにはしゃいでいましたね(笑)」

――プロフェッショナルとしての長い写歴のなかで、ありとあらゆるとまではいかないまでも数多くの写真機を使われてきたと思いますが、ライカの印象を聞かせてください。

「いや、ありとあらゆるカメラを使ってきましたよ。手元に残っているカメラとレンズの写真をお見せしましょう」

野村さんが使ってきたカメラとレンズの集合写真


――おおお! 大判の8×10に中判一眼レフのアウトフィット、そして35ミリ判の一眼レフのシステムと交換レンズも無数にありますね。まるで20世紀のカメラの博物館みたいです。

「デジタルは別で、フィルムカメラだけでこの数です。ここに写っているもの以外にもアシスタントが独立したときに持って行かせた機材もあるので、実際にはもっと多いんですよ」

――仕事で使われてきた膨大な種類のカメラの中には、ライカもあったのでしょうか?

「フィルムのM型ライカにも興味があって、30歳を越えて仕事が軌道に乗り始めた頃にカメラとレンズの一式をまとめて購入しました。でも仕事で使うことはなかったですね」

――確かに、一刻一秒を争いながら編集者やクライアントの同意を得つつ撮影をこなさなければいけない現場では、35ミリ判に関しては自動化が進んだカメラの方が効率的であるというのは理解できます。


「ライカに関しては、憧れていたカメラを買ったという事実に満足して、どうも使いにくそう。という第一印象のまま倉庫に眠らせてしまったのです。それから月日が流れ、ライカM8が登場したので、デジタルなら使い勝手が違うかもしれないと好奇心で入手したのですが、あまり気に入らずにライカで撮影する機会がなかったのです」

――確かに2000年代半ばに登場したライカM8の作動するリズムは、フィルムのライカM型と同じような感じでしたよね。当時の自動化されたデジタル一眼レフとはテンポが違うカメラだったと記憶しています。

「だから、数年前のライカM10モノクロームとの出会いがなければ、今のようにライカにのめり込んでいなかったと思います」

© Seiichi Nomura「Jaguar Roadster」


――この写真、漆黒の中のトーンが素晴らしいですね。ご自身のクルマですか?

「違うんです。代官山の蔦屋にポルシェに乗って行って、駐車場に戻ってみたら横にこのジャガーが停めてあったんですよ。何これって思うぐらい埃一つなくて、すごくきれいで」

――てっきり大きなスタジオで撮ったものかと思ったのですが、たまたま出会った?

「そうです。こんなにピカピカだから、この近所から来た人かな?とか思いながらライカM10モノクロームで5分くらいで撮ったものです」

――ライカM10モノクロームといえば、現代的なデジタルカメラとしての反応速度を持ちながらフィルム時代のM型ライカと同等の薄さのボディで、しかもモノクロ撮影専用の撮像素子を搭載したモデルですね。どうしてこのカメラに惹かれたのか、もう少しくわしくお話をお聞きしてもいいですか?

「もちろんです。話を続けましょう」

後編に続く



写真展 概要


タイトル:「A Half Century ── The World is Filled with Splendid Things.」

展示内容:野村誠一氏によるスナップおよびポートレート作品
ライカギャラリー東京:14点 / ライカギャラリー京都:15点 / ライカプロフェッショナルストア:15点

◆期間:2023年3月3日(金)- 2023年5月20日(土)※好評につき会期を延長、5月25日(木)まで
ライカギャラリー東京 (ライカ銀座店2F)ライカプロフェッショナルストア東京
東京都中央区銀座6-4-1 2F Tel.03-6215-7074
ライカギャラリー東京:月曜定休
ライカプロフェッショナルストア東京:日曜・月曜定休

>>写真展詳細はこちら

◆期間:2023年3月4日(土)- 2023年5月20日(土)※好評につき会期を延長、5月25日(木)まで
ライカギャラリー京都 (ライカ京都店2F)
京都府京都市東山区祇園町南側570-120 Tel. 075-532-0320 月曜定休

>>写真展詳細はこちら



プロフィール

野村 誠一/Seiichi Nomura
1951年、群馬県生まれ。1971年、東京写真専門学校(現ビジュアルアーツ)卒業、広告代理店に2年半勤務した後、1973年、フリーカメラマンに。1982年、野村誠一事務所を設立。1988年、講談社出版文化賞写真賞受賞。タレントや女優の400冊以上の写真集、CD・DVDジャケット、雑誌の表紙およびグラビア、テレビCM、映画など、ポートレート撮影を中心にプロカメラマンとして50年にわたり幅広く活動中。現在YouTube公式チャンネル「野村誠一写真塾」で写真の楽しさ、撮影技法を発信している。

https://www.seiichinomura.com