100年目のウェッツラー 100年先のライカ③

石井朋彦

これからの100年へ

 世界初の量産型35mmカメラ「ライカI」誕生から100年を超え、新たな100年が始まりました。
 先日、1925年代に販売された「ライカI」に触れる機会に恵まれました。指を伸ばした手のひらに収まる、ちいさな筐体に、思わずため息がもれました。

「こんなにコンパクトなカメラが、100年前に存在していたのか……」

 その大きさ、約133 × 65 × 39 mm。
 最新のスマートフォン(iPhone 17 Proは150 ×71.9 × 8.75mm)と比べ「ライカI」がいかにコンパクトであったかを実感します。
「ライカI」に採用された24×36mmのフィルムフレームサイズは、今も多くのデジタルカメラで採用される、通称「ライカ判」として、現代に受け継がれています。ずっしりと手に馴染む真鍮製ボディの重さを感じながら、100年前から今日に至るまで、写真家や写真愛好家が世界を見つめてきた歴史を想いました。

オスカー・バルナックのもうひとつの発明

 2025年10月、ライカ100周年を記念する式典「100 Years of Leica」の最終地となった東京・青山において、クローズドなイベントが開催されました。
 プレゼンターは、Global Senior Brand Representative – “Mr. M” ステファン・ダニエル氏と、長きにわたりライカの光学開発者をつとめ、現在は同社の技術広報を担当するピーター・カルベ氏。この日、数々の銘レンズを世に送り出してきたカルベ氏がスクリーンに投影したのは、レンズやカメラに関する資料ではありませんでした。ライカのカメラの生みの親、オスカー・バルナックの肖像写真と、レンジファインダー(距離計)機構に関するものだったのです。

「オスカー・バルナックがライカのカメラと写真の歴史に与えた功績は、コンパクトなカメラを生み出したことだけではありません。レンジファインダー(距離計)を小型なカメラに組み込み、カメラ一台で被写体との距離を測ることができるようにしたことなのです」
 M型ライカで撮影するということは、レンジファインダー(距離計)で被写体との距離を測り、シャッターを切ることです。70年以上も前に誕生した「ライカM3」からデジタル化した今も、基本的な構造は変わりません。

 レンジファインダーカメラを手に街を歩く。それは、自らの足で被写体と向き合い、距離を決定してシャッターを切るという、とてもプリミティブな行為です。
 朝目覚めた瞬間から、私たちは世界との距離を意識しながら一日を過ごします。コーヒーカップに手を伸ばす、M型ライカの最短撮影距離である70cm 。リビングのテーブルで家族と向かい合う、1m〜1.2mの心地よい距離。通勤、通学の道すがらすれ違う人──通りのむこうのバス停に立つ親子──電線にとまる雀や空高くを飛ぶ飛行機──私たちは、世界との距離と関係性の中で生きている。レンジファインダーカメラを手にするということは、自らがひとつの「点」となり、世界との距離感を測りながら、ひとつひとつの瞬間を記憶するということなのかもしれません。

 喘息を患い、大きなカメラと三脚をもって外にでることができなかったバルナックは、コートのポケットに収まるカメラを発明し、カメラとは別に携行しなければならなかった距離計を内蔵することを追求しました。バルナックの発明によって、写真家は世界を旅し、誰も見たことのないような風景や人々の営み、戦場を世界中に伝え、歴史を記録していった。
 カルベ氏は、目をキラキラ輝かせながら、バルナックとレンジファインダーカメラの歴史を紐解いたあと、こう締めくくりました。

「レンジファインダー機構は、今もライカの技術の根幹です」

「ライカM EV1」の発売

 イベントから数日後の、2025年10月23日、ライカは新製品「ライカM EV1」を発表しました。
 70年以上にわたって基本構造を変えずに続いてきた「ライカMシステム」から、レンジファインダー機構を排し、EVF(液晶ビューファインダー)を搭載したモデルが登場。長い歴史を持つMレンズを装着しながら、ミラーレスカメラと同様の機能を備えた製品でした。
「ライカM EV1」は、開発の噂が聞こえ始めた頃から、大きな議論を呼んでいました。初のM型デジタルカメラ「ライカM8」以降、根本的な構造を変えてこなかったライカが、レンジファインダーという機構をEVFに置き換えたモデルをM型ライカのラインナップに加えるということは、それだけ大きな出来事だったのです。

「ライカM EV1」は、これまでの「ライカMシステム」が抱えていた課題を、最新の技術で克服しようとするカメラなのでしょう。撮影精度の向上、経験や視力に左右されにくい操作性、撮影時に見えたイメージと実際のアウトプットの一致。レンジファインダー機構が持つ制約を、最新の技術で乗り越えようとする製品の登場に、往年のファンからの戸惑いの声も見聞きしました。
 しかし、バルナックがそうだったように、ライカは伝統を守りながら革新を続けてきたカメラメーカーです。1926年には、低速シャッターが使えない「ライカI型(A型)」の欠点を補うため、レンズシャッターを搭載した「ライカB型」を発売。以降も、カメラの歴史を塗り替えるような製品を市場に送り出します。今もレンジファインダーカメラの最高峰と言われる「ライカM3」、1996年には、2500万画素の性能を持つスキャニングタイプのデジタルカメラ「ライカS1」を発表、「ライカM8」で、M型ライカをデジタル化し、2012年には、カラーフィルターを排したモノクローム撮影専用機「ライカM Monochrom」を発表。今も同シリーズは高い人気を誇り、シリーズ化されています。
「ライカM EV1」もまた、100年目のライカ、100年先のライカへと、伝統をつないでいく一台なのだと考えれば、驚くべきことではないのではないでしょうか。発売後、より多くのレンズ資産を活用したい人や、それまで「M型ライカ」にビゾフレックスを使用していた人々を中心に、ユーザー層が増えているそうです。

100年先のライカ

 ライカは現在、フィルムカメラも含め、最も多くのフォーマットのカメラを現行製品として発売しているメーカーです。
 言わずもがなですが、カメラボディと共に、ライカの根幹をなしているのは、19世紀、光学メーカーとして顕微鏡を開発した時代から連なるレンズ群です。
 今もライカのレンズの多くはドイツ・ウェッツラーで、職人たちが一本一本手作業で組み上げ、その描写は多くの写真家・写真愛好家に愛されています。MTF(レンズ性能を数値化した曲線)では測ることのできない「被写体の心をも写す」と言われるレンズ。特に、M型ライカに装着する「Mマウントレンズ」は、70年以上も前につくられたレンズを、最新のM型ライカで使うことができる。
 私たちが今手にしているレンズは、歴史的な人物、瞬間を撮影した一本かもしれない。数えきれない人々の手に渡り、世界を旅したかもしれない……という想像をかきたててくれます。

 先のイベントで、ステファン・ダニエル氏は、興味深いエピソードを披露していました。
 ライカがカナダに開発拠点をおいていた時代、多くの優れたレンズが生産されたが、当時ドイツ本国では新しい「M型ライカ」の開発が進んでいなかった。その状況に業を煮やしたカナダの技術者が「新しいカメラを作るべきだ」と強く主張し、ドイツ本社を動かし「ライカM4-2」や「ライカM5」が誕生したというのです。その後「ライカM6」が高い評価を受けることで、ライカは再び多くのユーザーを獲得し、以降のデジタル化へと繋がってゆきます。
 ダニエル氏はあるインタビューで、こう語っています。

「ライカは現在も光学機械式レンジファインダーの新たな進化に取り組んでいる」

 昨年6月、カメラを手に、ライツパークとウェッツラーの街を歩いた日のことを思い出しました。
 100年前、オスカー・バルナックの発明とともに始まった旅は、今も続いている。次なるライカのカメラがどんなかたちで登場するのか。写真を撮るという行為そのものが、これからどこへ向かっていくのか。
 その答えを急ぐ必要はないのだと思います。私たちはこれまでと同じようにカメラを手に旅をし、シャッターを切り続ければいい。
 まだ見ぬ100年の歴史を、その記録者のひとりとして楽しみにしながら。

使用機材
Leica M10-P・Leica M EV1Leica APO-SummicronM f2/50mm ASPH.

100年目のウェッツラー 100年先のライカ① はこちら
100年目のウェッツラー 100年先のライカ⓶ はこちら



石井朋彦 / 写真家・映画プロデューサー

「千と千尋の神隠し」「君たちはどう生きるか」「スカイ・クロラ The Sky Crawlers」等、多数の映画・アニメーション作品に関わる。雑誌「SWITCH」「Cameraholics」等に写真やルポルタージュを寄稿し、YouTubeやイベント等でカメラや写真の魅力を発信するなど写真家としても活動。
ライカGINZA SIX、ライカそごう横浜店にて写真展「石を積む」、ライカ松坂屋名古屋店にて写真展「ミッドナイト・イン・パリ」を開催。東京・香川・大阪で開催された写真展「Mの旅人 ─M型ライカで距離を測る旅─」は、距離感を体感できる新たな写真展として、大きな話題となった。

写真撮影における距離感と、人生や人間関係の距離感は似ている──と考え、カメラという身近な道具を通して、他者や自分をとりまく世界との素敵な距離感を見つけるためのヒントを著した一冊。「すべては距離感であるー写真が教えてくれた人生の秘密」 https://www.amazon.co.jp/dp/4798639737




写真展「100年目のウェッツラー 100年先のライカ」開催

2026年2月13日(金)~ 6月15日(月)、ライカGINZA SIX、ライカ大丸心斎橋店にて写真展「100年目のウェッツラー 100年先のライカ」、ライカ岩田屋福岡店にて写真展示を同時開催いたします。
2025年6月、ウェッツラーにて開催された「100 years of Leica:Witness to a century」の当日、オスカー・バルナックが「Ur Leica」で試写を行ったアイゼンマルクト広場を撮影した作品(Leica M Edition 70+Leica MONOPAN 50)をはじめ、ウェッツラーの街を歩き、光と色彩を切り撮った作品全33点を展示します。
写真展会場の床には、バルナックが試写したとされる場所に設えられたマンホールを実際のサイズで再現し、ウェッツラーの街に迷い込んだかのような体験ができる写真展です。
ぜひ、100年目のウェッツラーの世界観のなかで、これからの100年に想いをはせて頂ければ幸いです。

ライカGINZA SIX:https://store.leica-camera.jp/event/ginza-six_tomohiko-ishii2602

ライカ大丸心斎橋店:https://store.leica-camera.jp/event/daimaru-shinsaibashi_tomohiko-ishii2602

ライカ岩田屋福岡店:https://store.leica-camera.jp/event/iwataya-fukuoka_tomohiko-ishii2602