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ー 山岸伸・佐藤倫子 ー



ライカギャラリー銀座およびライカプロフェッショナルストア東京で、山岸伸さんと佐藤倫子さんの写真展「伸×YAMAGISHI×倫子」が2022年5月10日まで開催中。本展は山岸さんと佐藤さんがご結婚されて初めて同じ会場で展示する展覧会であり、ライカを本格的に使うことも初めてとのこと。そこでお二人に、ライカの印象や作品作りのエピソードを聞かせていただきました。

text:ガンダーラ井上


 

始まりは、デビット・ダグラス・ダンカンのライカ


ーー本日は、お忙しいところありがとうございます。今回の写真展の会場には作品以外に古いライカフレックスSLが1台展示してあります。このカメラの背面にはD・D・Dと刻印が入っているのですが、報道写真やピカソの肖像で有名なデビット・ダグラス・ダンカンの使っていたライカなのですね?

山岸「銀座の吉井画廊で写真展をした際に社長の吉井さんから『山岸さん、このカメラで、良い写真を撮ってください。』と手渡されたものです。先代の社長吉井さんのところに
写真家の三木淳さんがダンカンさんを紹介してからの縁で、このライカは今の社長がダンカンさんからいただいたカメラなんです。」


ーーいきなり伝説のカメラマンが持っていたライカを託されたとは驚きです!

山岸「カメラを預かったのは2021年のことでした。いざ使ってみると、随分前からオートフォーカスやデジタルのカメラに馴染んでしまっていたこともあり、フィルムを入れるだけでも大変で撮影するのが難しかったです。」


デビット・ダグラス・ダンカンのライカフレックスSL


ーーライカフレックスSLは1960年代後半に発売された35mmフィルムを使う一眼レフで、巻き上げもピントも露出も全てがマニュアルで操作しなければならないカメラですよね。

山岸「いろいろやったけど上手く撮れないよね、と言いながら、ふと夫婦2人でライカ銀座店に入って覗いていたら色々と説明してくれて。それで新しいライカを買ってみよう、ということになりました。」


新しいライカを手にして、作品に取り組む


ーーそして、新しく手に入れたライカを使って、今回写真展を開催されたということですね。山岸伸さんのテーマは「GOKAN」。視覚だけでなく、全ての感覚を刺激されるようなモチーフの被写体をモノクロームで表現されています。指揮者の原田慶太楼さんを撮影された作品は、時間軸を操って音を奏でるイメージが伝わってきます。この写真は多重露光されているのですか?


©Shin Yamagishi / 原田慶太楼


山岸「いえいえ、これはスローシャッターのシンクロです。カメラを三脚に乗せて、僕がカメラを振りながらストロボをシンクロさせています。強い光がストロボで、弱い方が自然光。本人も動いているので、ダブって写るんです。」

――プロの技を惜しげもなく教えていただいてありがとうございます!この撮影で使われたカメラは何ですか?

山岸「ライカSL2-Sです。実はフィルム機のライカM3とM6を数十年前に買ったまま今でも手元にあるのですが、仕事の撮影では使ったことがなく、数多く持っているカメラの中の1台という感じでした。ライカはフィルムの入れ方にもコツがいるし、扱いづらいカメラという印象のカメラだったんです。でも、ライカSL2-Sを使ってみたらなかなか良かった。指揮者の原田さんを撮影することに決めたとき、コロナ禍の影響もあってコンサートホールでの撮影が難しくなり、スタジオまで来ていただいて撮りました。パソコンとつなげてテザー撮影で画面を見ながらバンバン連写しながら進めていきました。」


山岸さんの手に収まったライカSL2-S


――そのような現場に投入される機材は国産のフラッグシップ機が大勢を占めていて、山岸さんもお使いのことと思いますが、ライカは遜色なく使えましたか?

「このカメラで、こんな撮り方をしている人はあまりいないと思います。そういう意味では、一番弱そうなところを使って撮るのが僕は好きなんです(笑)。実際に使ってみたらテザー撮影に関しては国産機のほうが便利な部分もありましたが、想像以上に僕の撮影スタイルにフィットしましたね。」

――今回の展示では、静物画にも挑戦されています。

©Shin Yamagishi / 沈香 ベトナム1744g


山岸「これは五感でモノを感じるというテーマを思いついて、日本香堂の小仲社長にお願いして撮影したものです。沈香(じんこう)という最高級の香木です。社長のお話では、匂いだけでなく形も楽しむものだそうです。」

――時間の蓄積を感じさせる、自然が生み出した素晴らしい造形だと思います。僕の経験では市販のお香に練り込んだものを焚いた匂いしか嗅いだことがないのですが、沈香そのものからも強く匂いを感じるものなのでしょうか?

山岸「ほとんどしないです。被写体になった沈香はとても高価なものです。まさか手にとって匂いを嗅ぐことはできないし、ライティングするだけでも申し訳ないと思いました。日本香堂の秘蔵品を出していただいて、社長に立ち会っていただきながらその場で撮影セットを組んで、ライティングしました。多分、ライカを持たなければ、こういう所に行くという方向には進まなかったと思います。」


江ノ島水族館に通い、作品作りに挑む


©Michiko Sato / フンボルトペンギン


――モノクローム作品の山岸さんに対して、佐藤さんは新江ノ島水族館を舞台にした「MARINELAND」と名付けられたカラー作品を展示されています。フライヤーにも使われているペンギンの写真は、まるで舞台に立つ2人の演者のような素敵な写真です。

佐藤「2021年の6月から、新江ノ島水族館に通い撮影しました。開館前の1時間だけ特別に許可をいただけました。水族館での撮影は難しくて苦戦していたのですが、3ヶ月ほどして作品として撮れそうだという手応えを感じたので、そこからライカQ2を持っていくことにしました。」

――佐藤さんはフィルムカメラの時代も含めてライカを手にするのが初めてだったとのことですが、ライカにはどのような印象を持たれていましたか?

佐藤「デビット・ダグラス・ダンカンさんなどの有名なカメラマンが戦場でもどこでもライカで素晴らしい写真を撮っていることは知っていましたが、アナログの時代から、ライカは撮るのが難しいというイメージでした。自分にとってライカはすごく高いところにある。見上げているような存在でした。」

――プロとして撮影し始めたときには、どのような機材を使われていたのでしょうか?

佐藤「広告のカメラマンとして使っていたのは、オランダ製の大判テクニカルカメラやスウェーデン製の中判一眼レフが中心で、日本製の35mm一眼レフではスナップいう位置付けでした。仕事でライカを使うことはイメージができなかったんですね。いずれ年月を重ねて写真に対して余裕ができたらライカを使ってみたいと思っていました。」

佐藤さんが最初に手にしたライカQ2


――ライカQ2はフルサイズの小型カメラで28mmの広角レンズが固定装着された機種ですが、使い心地はいかがでしたか?

佐藤「最初は私が撮ったというより、ライカが撮った写真になってしまったんです。ライカQ
2は画角を狭めたければ画面をクロッピングできる機能がありますが、その撮り方が正直なところしっくりきませんでした。撮影時に撮った画角そのものが現像の段階でパソコンのモニターに出てくればまだ慣れたのかもしれませんが、印象としてはこれはグラフィックデザイナー的な発想の機能だと私は感じました。」

――佐藤さんは資生堂宣伝部写真制作部からキャリアをスタートされていらっしゃるので、レイアウトで写真をトリミングするデザイナーさんの仕事も熟知されていているかと思います。そのような観点でライカQ
2のクロップ機能はデザイナー的と感じられたのですね。

佐藤「なかなか自分のものにならなくて、悩みましたね。そうしたら別に何も言っていなかったのですが『ライカSL2-Sを使ったら?』と山岸さんが言ってくれたんです。」

ライカSL2-Sはご夫婦で共用することに


――以心伝心ですね。

佐藤「ラッキーって思って(笑)。ライカSL2-Sで撮ってみたら、今まで使っていたレンズ交換式のデジタル一眼と基本的な仕様は変わらず、しかもクオリティが高いので嬉しくてね。夢中で撮り続けました。」

©Michiko Sato / トロピカル水槽 ナンヨウツバメウオ


――この幻想的な色面構成の1枚もライカSL2-Sでの撮影ということですね。まるでフィルム現像でクロスプロセスしたようなインパクトがありますが、何か特殊なことを撮影後にされていますか?

佐藤「基本的に撮ったそのままで、ちょっとアンダーにしているだけです。料理に盛り付けが必要なように撮影後にデータを整えることはありますが、あまりそれ以上のことはしないようにしています。」

山岸「ライカのカメラは、色がいい。ホワイトバランスが難しいところに強いという印象です。僕は今、新たなテーマで挑んでる帝国ホテルを撮り始めてますが、外光と室内照明のミックス光でも、
勿論、しっかり発色しますよ。」


佐藤「結果的に今回の展示作品はほとんどライカSL2-Sによるものになりましたが、いま現在はライカQ
2が自分のものになってきて、Q2を使って写真を撮るのが心地よくなってきました。」


現在はライカSL2-SとライカQ2の双方を使いこなす


――画角を変えたいときはクロップしながら撮影されていますか?

佐藤「いえ、28mmのままで撮っています。35mmや50mmの画角にも切り替えられる機能をライカが後付けしてくれるイメージです。私にはこのカメラは基本的に28mmで撮りなさいということだと思ってます。このカメラでの28mmの画角にだいぶ私が慣れてきたのだと思います。」

――ライカSL2-Sに加えて、これからライカQ
2を使って撮られた作品が期待できそうですね。写真展と連動して、お二人の作品をまとめた写真集も刊行されました。デザインは佐藤さんご自身が手掛けていらっしゃるそうですね。

刷り上がった写真集は、納得の出来栄え


山岸「デザインもレイアウトも彼女がやってくれました。カラー作品のページは色味がよく出るような印刷技法で刷られてますし、モノクロ作品のページは紙面にニス加工し、凝った作りになっています。今回の写真展に関しても僕の写真は全部彼女に預けていて、『これ、いいよねー』って言ったら、私が調整したのよって。」

――自分の作品を見て、改めていい感じだと思ったら佐藤さんが山岸さんの知らないところで微妙なレタッチ作業をして整えてくれていたということですね?

山岸「まぁ、夫婦ですから(笑)。写真が悪くなるなら文句を言うけれど、良くなるに越したことはないです。」

ーーこれは美談ですね。お二人の仲の良さが羨ましいかぎりです。これからライカで撮られる写真にも期待しています。本日は貴重なお話をお聞かせいただき、どうもありがとうございました。

山岸・佐藤「こちらこそ、どうもありがとうございました。」


Photo By R



写真展 概要

タイトル:伸 ✕ YAMAGISHI ✕ 倫子
山岸伸「GOKAN」/ 佐藤倫子「MARINELAND」
会場:ライカギャラリー東京(ライカ銀座店2F)、ライカプロフェッショナルストア東京
住所:東京都中央区銀座6-4-1 2F Tel. 03-6215-7070
期間:2022年5月10日(火)まで
 *ライカギャラリー東京は月曜定休、ライカプロフェッショナルストア東京は日曜・月曜定休



写真集「伸×YAMAGISHI×倫子 GOKAN × MARINELAND」発売中

今回の写真展の展示作品を収録した写真集「伸×YAMAGISHI×倫子 GOKAN × MARINELAND」を、ライカオンラインストアおよび写真展会場であるライカギャラリー東京/ライカプロフェッショナルストア東京にて販売しています。

  「伸×YAMAGISHI×倫子 GOKAN × MARINELAND」 販売ページは
こちら


「GOKAN」山岸 伸 Shin Yamagishi
「DDD」とボディーに刻まれたデビッド・ダグラス・ダンカン氏の「ライカフレックスSL」を、お世話になっている画廊の社長さんから「このカメラで良い写真を撮ってください」と1年前、手渡されました。それから毎日フィルムを詰め込み持ち歩きましたが、今日の今日まで納得いく写真はまだ撮れていません。カメラの重さと、このカメラを預かった責任の重さで、まだまだ皆さんにお見せすることはできません。何ヶ月か前に、ふらりとライカストアに入り、初めてデジタルのライカを触ることができました。翌週、妻の佐藤倫子と再度訪れ、カメラを購入することを決心しました。それから今日まで、その1台のカメラでこの作品を撮り上げてきました。私にとっては、非常に珍しい作品になっています。是非、見て頂ければ幸いです。

プロフィール
俳優・アイドル・スポーツ選手などのポートレートを中心に、広告・グラビア・雑誌撮影など、出版した写真集は400冊を超える。『北海道遺産・ばんえい競馬』『世界文化遺産賀茂別雷神社(上賀茂神社)第四十二回式年遷宮~正遷宮迄の道~』今年14回目を迎えた写真展「瞬間の顔」などが評価され、2016年日本写真協会作家賞を受賞。その他、テレビなどメディアへも多く出演、及び審査員など幅広く活躍。公益社団法人日本写真家協会会員。公益社団法人日本広告写真家協会会員。とかち観光大使。


「MARINELAND」佐藤倫子 Michiko Sato #rinco
何を撮ったらいいのか。この2年、世の中の状況に私自身フリーズしたまま時が過ぎていた。そんな中、ある日、ライカが舞い降りてきた。まるで水を得た魚の様に、私に「写真を撮る」意欲が湧いてきた。新江ノ島水族館との御縁はそんな私に撮る楽しみ、難しさを改めて感じさせ撮ることに挑戦という言葉がよく合う感覚にさせていった。水族館にいる生き物達は、地球上のこの事態を知ることもなく、淡々と生きているみたい。そんな彼らを目にして、それまでの眠っていた感性を目覚ましてくれたかの様に私はこのライカで夢中に写真を撮り続けた。その視点はこの水族館に留まらず日常の空間で撮るという行為へも続いていった。そう、私は写真を撮ると自問自答し続ける。そんな私にライカはじっと、そっと寄り添い、苦悩する私を静かに見守るかの様に何かを諭すかの様に、写真で表現をしてくれた。

プロフィール
株式会社資生堂宣伝部写真制作部に入社。退社後、フリーランスに。広告写真から作家に転向。佐藤独自のオリジナリティあふれる構図でその世界観を切り抜くクリエイティブスナップ作品を都内中心に個展・グループ展を開催、創作を続ける。2018年の個展ではAI (人工知能)を取り入れた最新のテクノロジーを駆使した写真展を東大名誉教授、コンピューター・アーキテクト坂村健氏総合プロデュースで開催。2021年3月に銀座5丁目THEGINZASPACE、銀座8丁目吉井画廊で個展「creative snap」同時開催。公益社団法人日本写真家協会会員。ニッコールクラブアドバイザー。