Leica ×  阿部裕介



阿部裕介写真展「Shanti Shanti」トークショー (2024. 9. 15)

Interview and Text by yoneyamaX




FT(Facilitator):それでは、今回ライカギャラリー表参道で写真展を開催していただいております、写真家・阿部裕介さんのトークショーをはじめさせていただきます。阿部さん、どうぞよろしくお願いいたします。

阿部:「ナマステ!」今、会場の温度を下げてもらっているので、もし寒くなるようでしたらジェスチャーか何かで表現してみてください。インドのジェスチャーでも結構です(笑)

今回、こちらのライカギャラリーで開催している「Shanti Shanti」という写真展ですが、開催期間の後半になったタイミングでトークショーを開催させていただきました。皆さんトークショー終了後には、ぜひ今一度写真展をご覧になってください。今回は、ヒンズー教の聖地と言われているガンジス河沿いの、バラナシという場所で撮影した写真を展示しています。

FT:阿部さんの写真展「Shanti Shanti」は10月27日まで開催されていますので、ぜひ引き続きご覧になってください。早速ですが、会場には阿部さんとお会いするのは初めてという方もいらっしゃると思いますので、ここで何点かご質問をさせてください。まず、阿部さんは写真家という事ですが、写真を撮るようになったきっかけをお教えいただけますか?

阿部:大学生の時ですが、急にヨーロッパに行ってみたくなって、コンパクトデジタルカメラを買ってヨーロッパ一周の旅行に出ました。ヨーロッパの旅の話も色々とあるのですが、ネットにも載っていますので、興味のある方はそちらをご覧ください。話をすごく端折ってしまいますが、その後、色々な経緯があってインドへ行くことになり、インドと写真に没頭しはじめたという感じです。今日はメインにインドの話をしたいと思っています。

FT:阿部さんはバリエーションのある様々な写真を撮られていますが、その中でもお好きな被写体とはどのようなものなのでしょうか?

阿部:僕は色々な風景写真を発表してきています。山が好きなので良く行くのですが、そこにある町だったり、麓の民族だったり、国境沿いの風景だったり、今回のようなガンジス河だったり、それらの風景を見ている人々を撮るのが好きです。山の風景や、単純に室内のテーブルの風景などを人が見ている光景に関心があり、必ず人にフォーカスします。

FT:ポートレートや、その人物が観ている風景を含めて撮影したいという事ですね?今回の写真展の作品もそのようなものばかりですよね?

阿部:そうです。数えたのですが、バラナシには2012年頃から12~13回行っています。10~20万円の航空券を取ってわざわざ同じ場所にそんなに何度も行く人はいないと思いますが、僕は被写体として、インドの人々の顔に惹かれていて、何か今っぽくないというか、インド人の目線の先には何があるのだろうかと、それらにフォーカスして作品を撮っています。

この中でインドに行った事がある方はいらっしゃいますか?

4名ですか。思ったより少ないですね。皆さんぜひインドに行ってみてください。10年程前になりますが、僕が大学生だった頃には、長澤まさみさんの映画「ガンジス河でバタフライ」が人気だったりしてバックパックを背負ってインドを旅する事が流行った時代がありました。しかしながら昨年、この作品を撮りにインドに行ったときは、ほとんど旅人に会わなかったですね。いわゆる日本人宿と言われている所もなくなったりしていますね。この10年間でこの地域では相当な変化がありました。今後もどんどん変化していくと思いますので、そこもまた追い甲斐があるように思います。実は僕はあまりインドには行きたくはないのですけどね。

FT:どういう事なのでしょうか?

阿部:僕は辛いものがめちゃくちゃ苦手でカレーが食べられないんです。ラッシーかバナナパンケーキくらいしか食べられません。インドの料理はほぼ全てがカレー味なので、どれも結構辛いんです。カレー好きな人ならインドに行ったらとても楽しめると思いますが…。

FT:阿部さんにはそんな弱点があったのですね。

次にお好きな写真家や印象に残っている作品などはありますか?

阿部:アフガニスタンの青い目の少女という作品で有名な、スティーブ・マッカリーという写真家がいて、彼はナショナル・ジオグラフィックにも寄稿しています。僕が初めて買ったのも彼の写真集で、物乞いの少女がタクシーに向かって手を出しているという写真が印象的なものでした。大学生の頃から、旅に出るときには必ずこの写真集をバックパックに忍ばせて出かけています。それぐらい魅力的でこの人が見たこんな景色を自分も見てみたいという事で、インドに向かったのです。しかしながら実際に自分が撮ると全く違う写真になる事にも気づいてはいます。スティーブ・マッカリーの写真集は僕の道標というか、彼の写真を参考にしながら撮影に挑んでいます。




©Yusuke Abe



FT:実は、スティーブ・マッカリーさんは、阿部さんがお使いのカメラと同じライカSLシステムをお使いいただいています。

阿部:今までインドではずっとフィルムカメラを使って撮っていました。それは、電車の中には給電の方法がなく、デジタルカメラには向いていないからでした。ライカM4を使っていれば1~2か月ならフィルムだけあれば撮影ができますからね。今回の「Shanti Shanti」の写真は、夜6時からはじまるガンジス河で行われるプージャと言われるお祈りの時間だけにフォーカスした撮影で、夜の撮影はフィルムカメラでは厳しいので今回はデジタルカメラで撮ろうということになり、ライカSLシステムにしてみました。今まで撮れなかった夜の写真を撮れて良かったと思っています。今回の写真展でも、「フィルムですか、デジタルですか」という質問が多く、今回はデジタルの写真展ですが、僕はフィルムもデジタルもどちらも使いますし、どちらも好きですし、良い瞬間が抑えられればどちらでも良いと思っています。最近のインドの給電システムはスマートフォンが普及している関係からかどんどん状況が良くなってきています。

FT:写真展のご案内(DM)に、「インド上空、飛行機の窓を覗くと街の灯りはオレンジ色から白い色になっていた」とありましたが、これは時代の変化を表しているのですね。

阿部:10年程前は日本の飛行場を飛び立つと地上は白い光に包まれていたのですが、インドに到着するときに窓から外を見たら真っ赤なんですよ。タングステンの光に包まれていてやっとインドに来たなってワクワク感じたものでした。ガンジス河に流す灯とか、お祈りの時のローソクの光とか全てが赤っぽいんですね。僕は東京生まれなもので、その様な景色は見たことが無くてそれがとても印象的だったんです。それもあり、ワクワクしながらインドに通い始めたのですが、今はもう開発がすごく進んでいて全てはLEDに変わっていて景色が真っ白なんです。今では東京よりもすごいくらいです。ガンジス河では大型のクルーザーが走りながら大きなスピーカーからテクノやロックを流し、みんなで踊ったり騒いだりしているんです。本当にこれがバラナシなのかなという感じです。それもインドの移り変わりなので引き続き記録していかなければと思っています。



©Yusuke Abe



FT:阿部さんにとって、写真の魅力とはどのようなものなのでしょうか?

阿部:今回の「Shanti Shanti」は、プージャというお祈りの時間だけを撮ったバラナシの写真集なのですが、もうひとつレーラガーディという一か月間、電車の中だけで撮ったインド一周物語の写真集を作りました。これには、バラナシと電車の中だけで撮ろうという武者修行のような気持ちで出かけました。一日に2回も鳥の糞がくっついたりとか、スズメバチに刺されたりとか嫌な事がたくさんありますので、実はインドは大嫌いで行きたくないという気持ちからいつも始まっていくのです。その時は修行なので、どれだけ嫌な事があってもニコニコしならが一か月間の旅を続けてみました。そうしたら、相手もそんな感じでこちらを見てくるんですね。写真には自分が出るとよく言われますが、まさにそれだなと思います。こちらが不安げにカメラを構えると、相手もすごく嫌な顔をするんです。それが写真の面白いところだなと思います。インドに行ったことのある方はなんとなく想像がつくと思いますが、だまされて辛い時って、周りによからぬ人達が集まってくるのですが、ハッピーな時って良いことがよく起きるんです。そういった意味からも写真に密接な場所なのかも知れませんね。

FT:なるほど。写真には自分が出るという事はそういう事なのかもしれませんね。

写真を通して今後やっていきたいことはありますか?

阿部:最近、同時に神楽坂で写真展を開催していたのですが、10年程前から伊豆の今井浜で色々な家族写真を撮っていまして、過去に撮らせていただいた方々が会場にいらっしゃって当時の写真を見せてくれるんです。それを見てあっという間に10年が経過したんだなと思いましたし、それが写真に記録されていることによって、まるでタイムマシンのような体験ができるのだとも思いました。そんなところも写真の楽しいところだと今回改めて感じました。そういう意味からも、これからも記録を残すという意味でも、写真を撮っていこうと思います。また、どんな機材を持っていこうとか装備に悩むことより、とりあえず一枚でもシャッターを押した方がいいのだと今回改めて感じました。一枚でも多くの人を撮ることを心がけようかなと思っています。

この間、写真をやっている友人に「阿部ちゃんって写真を撮る時、躊躇しないよね」と言われたのですが、実は僕の中では人にカメラを向けるのが怖くて「撮っていいですか?」って言えないんです。撮りたいけど撮れないという感じでカメラをしまってしまう事が多く、毎日葛藤しています。実際に撮られることにストレスを感じる人も多いので、僕は「撮って」と言われた方が嬉しいですね。インドではまだ受け入れてくれる人が多いので、そこは撮りやすいですね。






FT:昭和の頃には、カメラを見ると「撮って撮って」と子供達が集まってきた時代もあったのですが、インドにはそのような時代の時差がまだあるのかも知れませんね。

阿部さんの撮影テクニックなどで皆さんのヒントになるようなものがあれば教えていただけますか?

阿部:とにかくシャッターを押すことですね。被写体としては、料理の仕事を依頼されたら僕はめちゃくちゃ下手です(笑)やはりポートレートですね。テクニックとして僕が心がけているのは、ピントが合ってなくてもいいので、さっさとシャッターを押す事ですね。ライカM型の様にマニュアルフォーカスの場合は、カメラのピントを最短の70cmに合わせておいて、被写体がその距離に来た時にシャッターを切ることもあります。この時、ほぼファインダーは覗いていないですね。ピントがきていなかったらそれはそれで仕方がないという事です。

僕は大学生の時からライカM4を使っていまして、その理由は電池がいらないという事からなのですが、今のM型デジタルカメラのスタイル自体はほぼ昔のままですし、ファインダーも変わっていません。M型カメラは、覗いた時と撮る時の多少のズレも気に入っているポイントのひとつです。

FT:ライカM型の様なレンジファインダーカメラは、一眼カメラと違い、ファインダーとレンズが別の位置にあるので、その視差で実際のズレが生じる場合があるのです。




©Yusuke Abe



阿部:ライカは小型ですし、ドキュメンタリーを撮る時などには、ばれないようにさっと撮る事にも適していますね。相手に気づかれないように自然の状況を撮ることも重要ですので。

FT:1954年にライカM3が発売されてから現在のライカM11に至るまで、外観はあまり変わりがないのです。それは、すでにライカM3が出た時点で人間工学的にカメラとして完成していたからなんです。ですから最新の現在のカメラでも基本構造は変える必要がないのです。

阿部さんが現在お使いのライカはどのような機材なのでしょうか?

阿部:ライカM11-Pにオールドの35mmレンズを付けています。そしてミラーレス一眼のライカSL2-Sを使っています。仕事ではこれらのカメラを使っていますが、狙ったものを撮る時にはミラーレス一眼を、自由度の高い撮影の時にはライカM11-Pを使っています。

FT:ライカならではのエピソードは何かありますか?

阿部:それこそライカはインドで盗まれないんです。iPhoneもそうなのですが、ニコン・ソニー・キヤノンなどは、現地でもすごく有名で結構盗難に合う事が多いのです。有名ブランドのロゴが入っていると危ないんですね。ライカでは一度もそのような目にあったことはありません。たぶん、古いカメラっぽいなあと思われているのでしょうね。特にこのライカM11-Pにはロゴも入っていないので、売れるとは思わないのでしょうか。

インドに限らず海外に行く場合、どうしても盗難は気になりますので、僕の場合は、荷物を最小限にしていきます。昔はバックパックにカメラを何台も入れて出かけたのですが、結局取り出すのも大変だし、機材は少なく小さくなっていきました。ライカM型は信頼性も含め、小型で盗難防止にもなる良いカメラです。







FT:写真展についてお伺いしたいのですが、今回のタイトル「Shanti Shanti」とはどのような意味なのでしょうか?

阿部:ヨガの言葉で、「Shanti」とよく聞くと思いますが、調べると平和というか、争いごとの逆の意味と書かれています。平和を唱える言葉として、インドに行くと必ず耳にする言葉なのです。僕はこの言葉に昔から聞き馴染みがあったので、いつか「Shanti Shanti」という写真集を作ろうと思っていました。

FT:今回の写真展でこだわった点があれば教えてください。

阿部:日本では祭りなどを除いて実際に火が灯されることは少ない様に思いますが、インドでは様々な所に神様がいて、色々な所で毎日ローソクを灯しています。また、様々な所で歌ったり踊ったりお祈りもしています。僕はそれらを見てドキドキするので、その気持ちを写真に収めているのです。


©Yusuke Abe



毎日お祈りの時間に沐浴といって、ガンジス河で体を清めるのですが、同時に生活排水でもあるので、その水はすごく汚いのです。僕も何度も入ったんですけど、身体の調子を崩しました。でもそこでお祈りしている人達を見ると神聖な気がします。単純に小さな悩みとか辛い事があってもインドに行けばなぜかそれらを取っ払えるような気がするんですね。僕は日本で辛い事があれば、インドに逃げるように決めているんです。インドに行ってだいたい二日目くらいにはお腹を壊してしまうのですが、なぜかそのあたりからもう日本のストレスを忘れてしまうんです。結果的にインドとは相性がいいのかも知れません。インドに行った事のある人からは「なんかまた行ってしまう」とよく聞きます。癖にならない人に出会ったことがありません。

今回の写真展では、夜と早朝のお祈りを撮っているので、単純に薄暗い所で人々がザワザワやっている所を見て欲しいですね。




©Yusuke Abe


FT:今後のご予定や、やっていきたい事がありましたらぜひどうぞ。


阿部:仕事は仕事としてしっかりとやっていきたいです。作品撮りとしては、大好きな山にも出かけて行きたいですし、やはりこれからも何度もインドに行く事になると思います。インドの事でしたら何でも聞いてください。


FT:決してお好きではないインドという事ですが、癖になってやめられないという大きな魅力もあるインドなのですね。阿部さんにとってインドの人々はとても重要な被写体である様に思います。これからも良い作品を撮り続けてください。本日は、ありがとうございました。

写真展概要

作家: 阿部 裕介
タイトル: Shanti Shanti
会期・会場: 2024年8月2日(金) - 10月27日(日)
ライカギャラリー表参道 (ライカ表参道店2F)    >>写真展詳細はこちら
東京都渋谷区神宮前5-16-15
Tel. 03-6631-9970
開館時間: 11:00–19:00(月曜定休)
展示作品数: 15点



阿部 裕介/Yusuke Abe プロフィール

写真家。1989年東京生まれ。青山学院大学経営学部修了。
大学在学中より、アジア、ヨーロッパを旅し、写真家として活動を開始。
女性強制労働問題が残るネパールで撮影した「ライ麦畑にかこまれて」、
パキスタンの辺境に住む人々の生活を写した「清く美しく、そして強く」などの写真展を開催。
2019年刊行よさこい祭り写真集「ヨサリコイ」。
インドの電車旅の記録とバラナシの街を撮影した最新写真集「Relagaadee」、「Shanti Shanti」を発売中。

https://www.yusukeabephoto.com