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ライカギャラリー代表が語る「真の写真」とは。
写真賞とライカギャラリーの展望を聞く

Report by Makoto Suzuki



ライカというブランドの“今”を理解するには、カメラの販売と並び、写真文化に対するコミットメントについても知っておくことが助けになります。ここではライカが主催する写真賞“LOBA”(ローバ)こと「ライカ・オスカー・バルナックアワード」と、世界各国に広がるライカギャラリーのビジョンについてお伝えします。

オスカー・バルナックとは、ライカの原型となった「ウル・ライカ」を1914年に製作した人物。当時画期的だった小型のカメラを考案し、それが1925年に「ライカI」として量産されます。堅牢で扱いやすく撮影結果も良かったことから世界的に広まり、特に報道やルポルタージュ写真の可能性を広げました。ライカブランドが今も尊敬を集める理由は、これまで写真というメディアそのものに与えてきた影響の大きさが土台になっています。


ライカI


オスカー・バルナック(1879-1936)


そのバルナックの生誕100周年となる1979年に「オスカー・バルナックアワード」という賞が授与されたことに端を発し、現在もライカ主催の写真賞として名前が引き継がれています。歴代の受賞者には、あのセバスチャン・サルガドも名を連ねます。

現在のLOBAは、世界50か国・80名以上の推薦人が候補作家を選出し、そこから審査員5名が受賞者を決めるスタイルをとっています。「一般部門」と「新人部門」の2つがあり、新人部門は30歳未満の若手写真家が対象です。


イタリア生まれでスイスを拠点とするダビデ・モンテレオネ。再生可能エネルギーへの転換が進むエネルギー業界に関する問題点を指摘する長期プロジェクトの「Critical Minerals – Geography of Energy」で2024年のライカ・オスカー・バルナックアワードを受賞。


マリア・グツ。自身が育ったモルドバの家庭事情を背景に、ポートレートを中心として「ルーツとは何か、故郷とは何か」という探求を綴った「Homeland」で2024年のライカ・オスカー・バルナック・ニューカマーアワードを受賞。


授賞式はドイツにあるライカ本社で行われます。「セレブレーション・オブ・フォトグラフィー」と名付けられたイベントは、まさに写真の祝典。世界各国からライカファミリーや報道関係者を迎えて行われる催しの中で、一番のメインとなるのがLOBAの授賞式です。


メインイベントは19時にスタート。本社前にはレッドカーペットが敷かれます。


ライカギャラリー代表のカリン・レーン=カウフマンが進行。


そんな1年間のハイライトとなる祝典に寄せて、ライカギャラリー代表のカリン・レーン=カウフマンに、ライカと写真文化の関わりや、今後の写真メディアのあり方について話を聞きました。


■「“真のイメージ”の価値を伝えるアートギャラリーに」(ライカギャラリー・インターナショナル代表兼アートディレクター カリン・レーン=カウフマン)

——LOBAはずっと「人々とその周辺環境との関係」というテーマを設定しています。これはライカという、報道やルポルタージュ写真を広めたカメラに由来しているのですか?

カリン(以下同):もちろんライカというカメラの歴史が、ルポルタージュやフォトジャーナリズムと共に歩んできた部分があるのもひとつの理由です。フォトジャーナリズムを実現したカメラとして、撮影している様子が目立たない小型のカメラであることが特徴でした。しかし今となっては、このテーマをLOBAの長い歴史の中でずっと継続してきたことのほうが重要だと考えています。


——同じテーマを継続していても、時代の移り変わりを感じる部分はありますか?

これまでジャーナリスティックな写真というと、戦争やドラッグのような、悲惨で否定的なものを見せることで状況を伝えるのが主流でした。しかしこれから先は、強い希望を与えるような写真を多く伝えていくことが、世界を救うと考えています。


——生成AIという技術が、写真業界でもバズワードになっています。現在の状況をどのように捉えていますか?

AIの技術を使わず、これまで培ってきたアプローチでイメージを作ることが、見る人との信頼関係を築きます。これが未来に向けて重要なことだと考えています。AIを拒絶することで経済的に難しい状況に陥ってしまう写真家もいるかと思うので強くは言えませんが、真のフォトグラファーには、真のイメージを作成することに専念して作品を作ってほしいと思います。


つまるところ、AIを使う理由は“お金の問題”が主であり、広告のビジュアルを効率的に作るような用途ではAIの技術が有効かもしれません。しかしその中でも、本質を追究するハイブランドはAIの技術に対する拒絶反応があります。私自身も写真家のビジョンによって生み出された結果に魅力を感じますし、将来的にも“良い作品”はAIを使っていないところから生まれるものだと信じています。ジャーナリズムの写真においては特にそうでしょう。

そのためLOBAのように、AI技術を使うことなく“真のイメージ”で制作する人々に賞を与えることが、この写真業界にとってより重要なことになってくると思います。LOBAは2023年から、応募の時点で“作品制作にAI技術を使っていない”という契約書にサインしてもらっています。カメラ側にもCAIという来歴記録の機能が登場しており、それを初めて搭載したのはライカのカメラでした。


コンテンツ認証イニシアチブ(CAI)規格に基づく来歴記録機能を組み込んだカメラ「ライカM11-P」



——日本でも3つめのライカギャラリーが表参道にオープンするなど、世界中で数を増やしています。ライカギャラリーのビジョンについて教えてください。

真の写真(real photography)を追求する写真家にプラットフォームを提供することが、これまで以上に大事になっています。もちろん、ライカという会社の中の取り組みですから、カメラや作品の販売にも繋げていかなければいけないと取締役会には言われていますが、2025年には世界のライカギャラリーが30、31と増えていく予定です。


ライカギャラリーはいまや、単一の名前のギャラリーとしては世界記録で、業界で唯一無二の多さです。そのため写真のイベントにも“スポンサー”ではなく“ギャラリー”として参加していきたいのですが、どうしても頭にライカとついているため「スポンサーのギャラリーだろう」と見られてしまうのが一番のネックです。ライカユーザーの作品を紹介する場所ではなく、あくまでアートギャラリーとしてのポジションを確立していきたいと考えています。

展示作家についても、決してライカを使っているかどうかで選んではいませんが、実際にはライカユーザーが80〜90%になっています。使っている機材のことは抜きにして、作品の強さやアートとして本質を伝えているものを紹介しようというのがギャラリーのコンセプトです。そして、もし作品を通じてライカというカメラの存在に気付いてもらえて、その人達がライカを手にしてくれたら嬉しいという気持ちもあります。

プリントの販売などを通じて利益を出していくことも大事ですが、いかに写真家の魂や人間としての本質を大事にして、AIに代表される技術面に影響されず、アーティストの本質を紹介できるかどうかが、これからのアートギャラリーとしてのチャレンジです。


ライカギャラリー代表のカリン・レーン=カウフマン。授賞式当日、穏やかな朝の時間に話を聞いた。


■ライカで“良いカメラ”を示し、ライカギャラリーで“良い写真”を示す

かつてライカの主催するイベントは、“本質”と日本語訳される「Das Wesentliche」という名前で、ライカの“ものづくり”の哲学を表現していました。それが現在は「Celebration of Photography」として写真を讃える場になり、新しいカメラの登場も祝典の一要素となりました。

これについて思い起こされるのが、2023年にポルトガルのライカ第二工場を訪れたときでした。ポルトのライカギャラリーで始まった写真展に寄せて、ライカカメラ社主のアンドレアス・カウフマンがライカギャラリーについてもコメントしていたのです。

「今の時代には良し悪しがあります。素晴らしいのは、誰でも写真を撮れるようになったことです。反面、写真の質は保証されていません。“良い写真”を提示することが、ライカギャラリーに力を入れる理由です」

この“良い写真”という数値化できないテーマの設定は、ライカのカメラやレンズの魅力が数値化できないところにも通じるように感じました。オンライン広告のインプレッション数やSNSのフォロワー数など、数字こそが人々の拠り所となっている今。デジタル時代のカメラ作りでも地位を確立したライカが、写真文化でどのような役割を担っていくのか、これからの動向に注目です。


Photo by Makoto Suzuki