Leica × 藤原宏 PartⅠⅠ

様々な分野でプロフェッショナルとして活躍されているライカユーザーの方に、ライカのある日常について語っていただくこの企画。前回に続きファッション誌やアイドルの写真集などで活躍されているカメラマンの藤原宏さんにご登場いただき、プロフェッショナルの道具としてのライカについてインタビューさせていただきました。

Interview & text Gandhara Inoue


――お忙しいところ2度目の取材に応じていただいてありがとうございます。藤原さんはポートレート撮影を中心としたカメラマンとして大活躍されていて、現在の主力機はライカSL3-Sとのこと。その新機材で撮影したカットを本企画に掲載する許諾を得ていただけたと聞いて喜んでいます。では、さっそく拝見したいと思います。


©藤原宏 アップトゥボーイ Vol.349掲載

――雪景色に赤いワンピースというキレイな世界観ですが、とてつもない量の雪が舞っていてフレーム内を埋め尽くしていますね。手前の雪が大きくボケていたりしますが、AI合成などで撮影後に追加しているのでしょうか?

「いいえ、これはシャッターを押したそのままの写真です。この時は大雪で衣装はワンピースだったから過酷な状況だったんですよ」

――経験的に雪が降っている瞬間を撮っても、写真になると思ったより少なめになる気がします。そこから推測すると、とんでもない降雪量ですよね?

「このときはライカSL3-Sと24-90のズームレンズがキンキンに冷えて持っているだけで辛かったです。さらに、被写体のタレントさんはワンピースで吹雪の中にいるおで、もっと大変で、、、『ここで本当に撮るんですか?』という感じでした(笑)」


©藤原宏 アップトゥボーイ Vol.349掲載

――雪の中でカメラを操作しようとしても手が冷えて思うように動かなくなることがありますけれど、カメラは大丈夫でしたか?

「手も冷たいですけれどレンズに雪が積もってきて、フォーカスリングが氷ついてしまって回せなくなりました」

――ということは、AFに頼るしかないですよね?

「そうなんです。肉眼でも雪が視界を妨げるぐらいあって、同行した編集者のiPhoneで撮っている記録用の写真も『全然ピントが合わない!』となっているような状況でしたが、確実にAFが動いてくれて本当に助けられたなと思いました」

――それはライカSL3-Sだから可能だったのでしょうか?

「この状況では、ライカSL2のシリーズまでだったら確実に合わないんですよ。SL3、SL3-SとAFが段違いに良くなっていますね。比較をするとSL3は高画素ですが前髪が長いと瞳に合わないことや、雪や激しい雨が降っていたり暗所になったりするとピントが合いづらい。迷う状況だと迷う場合がありますが、SL3-Sは迷わず瞳にピントが入ってくれて、それだけでも使う価値があると思います」


©藤原宏 アップトゥボーイ Vol.349掲載

――ライカSL3-Sはあえて2400万画素に抑えているからAFの処理速度が向上しているとも考えられそうですね。

「AFのポイントが2倍になったことと、ピントの中抜けもだいぶ少なくなりました。この撮影でも人認識の瞳AFで撮っているだけです。カメラ任せのモードで撮っているだけで全然問題なくピントが合ってくれましたね」

――こういう状況でピント合わせに集中力を持っていかれてしまうと、それ以外のフレーミングや表情といった大切なことが疎かになってしまいがちですよね。


©藤原宏 アップトゥボーイ Vol.349掲載

「そうなんですよ。このときはピントリングも回せなくなり『これは撮れないかも』と思ったんですけれど、『意外にAFで追ってくれる!』という実感があってすごく助かりました」

――ところで、個人的な印象としてグラビア系の撮影機材といえばキヤノン製というイメージが強いのですが藤原さんはお使いになっていましたか?

「僕も、師匠が使っていたこともあってデビューした当時はキヤノンだったんです。でもライカって憧れがあるじゃないですか。学生の頃から思い続けている手の届かないカメラでした」

――学生さんの頃からライカを意識していた?

「そうですね。写真を学んでいくと、アンリ・カルティエ=ブレッソンとか木村伊兵衛の作品に触れ、それがライカで撮られていると知る。あと、見た目も格好いいというのもありますね。憧れはずっとあったんです。それでカメラマンになってお金を稼げるようになったとき、僕の学校の後輩がライカプロフェッショナルストア東京で働いていたので相談しやすかったんですよね」

――とはいえ20代の若者がプロストアに入って「ライカを買おうと思っているんです」と言うのはかなりの緊張感ですよね。

「でも、ライカさんって意外と距離感が近いんです。国産メーカーのプロ用窓口の場合は予約を取るところから始まりますから。もちろん通い詰めて顔見知りになれば別でしょうけれどプロ登録するのも紹介制というのもあって、フリーランスの僕には紹介してくれる方も見当たらなくて、国産メーカーのプロ用窓口との距離感が詰められなかったんです」

――確かに、フリーランスの立場のカメラマンにはプロ登録って狭き門という印象があります。

「学生の頃にインターンで自民党の写真室で働いていた50代の先輩のところでお世話になっていたことがあって、そこには国産メーカーの営業の方が新しいカメラやレンズを使ってくださいって持って来ていました。新聞社に勤めている同期の友達はプロ登録しているので新製品を試せたりしていますが、僕の場合はフリーランスなのでなかなかメーカーさんとのそういった付き合い方をするのが、難しいところがありました」

――それに比べるとライカのプロストアは意外にもフリーランスに対して親身な対応をしてくれたのですね。

「ライカの場合は審査もなくて、相談もしやすかったんですよ。カメラって単体で完結しないじゃないですか。パソコンとの接続に手間取ったとき、カメラのファームアップ、PCのOSなど何が原因かわからない場合でも相談できるので頼もしいです。僕はチャットボットやFAQで調べるのは苦手で、電話で教えて欲しいタイプなので、プロストアで気楽に話ができるのはありがたいです」

――さて、今回は吹雪の中でのカットだけでなくライカSL3-Sとオールドレンズの組み合わせで撮影された作品もご用意いただきました。


©藤原宏

――これは、最近の高解像度レンズで撮った写真では出せない雰囲気ですね。

「そこがライカの面白いところです。ライカSLシステムのマウントだけでなく、昔のライカ用のレンズが使えます」

――画面の周辺描写に何とも言えない雰囲気を感じますが、お使いになったレンズは?

「バルナックライカの時代のスクリューマウントのエルマー35mmだったと思います。50mmも含めてエルマーの出番は多いです。ボケも、量は少なくてもゆるく写る感じがすごく好きで、それを楽しんでいます」


©藤原宏

「これは50mmのエルマーです。フィルムだと感材費がかかってしまうけれどフィルムの質感が好きな人はすごく多くて、それをデジタルで表現することが永遠のテーマというかデジタルでフィルムを再現することへの要望は業界的にもあって、それを突き詰めてみようと思ってたどり着いたのが古いエルマーでした」

――このフィルム的な粒状感は?

「あ、それは後で入れています」

――そもそもレンズがフィルム時代の描写なのに加えて、こういうテクスチャーを少し加えるとフィルムで撮影した感じになりますね。

「なるべくフィルムっぽく撮る時は、その時代の環境に寄せることはしていて、オールドレンズを使って、シャッタースピードも上げすぎないようにしています」


©藤原宏

「これはデュアルレンジズミクロン50mmですね。解像感がありながらも現代レンズにない柔らかさも感じます」

――この画角は当時のズミクロン50mmの最短撮影距離1mよりも近い距離感で、デュアルレンジズミクロンだから撮れる写真ですね! ここまでのカットは全体のトーンは統一されつつ、それぞれのレンズの使い分けで味わいが変わっています。

「いろんなオールドレンズを使ってきましたが、最近ではフィルムカメラの癖って本当は派手に出るものではないというところを狙っています」

――オールドレンズをライカに装着して撮影するとき、やはりライカ用の古いレンズというのが基本でしょうか?


©藤原宏

「ほとんどがライカのレンズですが、これだけはマクロスイターを使っています。独特のハレーションはこのレンズでしか出なくて」

――スイス製の高級システム一眼レフであるアルパに用意された、20世紀では唯一のアポクロマート補正がされた35ミリ判カメラ用の標準レンズですね!

「マクロスイターはライカSL3-SとM11の両方で使います。解像度は現行レンズに負けないレベルの優秀さだけれど変なフレアも拾ってくれたりして味があるレンズです」

――いろんなレンズでフィルムっぽい表現に挑まれているのが分かります。さらに違ったレンズで撮ったものがあればお願いします。


©藤原宏

「これはタンバール90mmです」

――おお! 戦前にポートレート用として設計されたライカのレアな中望遠レンズですね。一般的な作例だと、もっとボヤボヤしている印象があるのですが、こちらは程よいゆるさですね。

「軟焦点にするための純正フィルターを入れてしまうとボケの効果がいき過ぎてしまうので、フィルターを外してひとつか2つ絞って撮っています。タンバールって、レンズ自体も格好いいですよね」

――フィルターを外すと結像しているところはしっかりした印象でありつつ、足の回りのあたりのハイライトの滲みが独特ですね!

「なかなか、他のレンズではこの感じは出ないと思います。生々しくいかない感じのゆるさがいいなと思います」


©藤原宏

――タンバールといえば、ライカMマウントで2017年に復刻版が出ていますよね?

「このタンバールは最近買いました。本当は復刻の方を狙っていたのですが手に入らなくて、オリジナルのコンディションの良いものです。ちょっと絞ってあげるとエッジは滲むんですけれど中心部に目を置いたりすると解像度が来ていて、画角の端に向かって流れていく感じが使いやすい。他にはない写りで格好いいな、上手く使えば使い用があるなと。タンバールはもっと早く買っておけば良かったと思っています」

――ところで、オールドレンズを使う場合はマニュアルフォーカスになりますが、ピント合わせはどのようにしていますか?

「確実に行きたいときはライカSLシリーズで画面拡大をして撮ります。ピーキングはあまり得意ではないので。でも、ピント合わせの速度に関してはM型のレンジファインダーが一番です。タンバールはM型では撮影フレームが小さくなってしまうのでSLシリーズを使うことの方が多いですね」

――こちらの写真は、古くなったフィルムを増感現像したような不思議な色感ですが後処理で何かエフェクトを効かせているのですか?


©藤原宏

「これは撮ったままですが、仕掛けがあります。レンズの前にA4サイズくらいのNDフィルターを入れて、窓の光を反射させて撮っている感じです」

――レンズ先端からNDフィルターで反射させた光を面で入れているんですね! 一般的な撮影のセオリーとしては余計な光線をどれだけ切るかに注力するものですが、その真逆のアプローチとは恐れ入りました。

「真逆と言えば、これは暗幕で手前を落として背景との明暗差を出して撮っています」


©藤原宏

――この2カットで使われたレンズは何でしょう?

「これはオールドレンズではなく、吹雪のポートレートと同じバリオ・エルマリートSL f2.8-4/24-90mm ASPH.です」

――なるほど! 優秀な現代レンズをあえて過激な光線条件で使うという発想自体が新鮮です。オールドレンズ的なアウトプットが欲しいからといって必ずしも古い機材を使わずともたどり着けるルートはあるということですね!

「そうですね。やはりどんな写真が撮りたいかということが最初にイメージすべきことだと思います」

――このような撮影アイデアは現場に入る前に思いついていて実行するという感じでしょうか?

「いいえ、むしろその場で試すことが多いですね。もちろん今まで見てきた写真でこういうのをやってみたいというのはあるので、それを思い出しながらこういう感じだったかなと試しながら進めて行きます」

――それにしても今日お持ちいただいた古いエルマー35mmとライカSL3-Sの時代を超えたコンビネーションが素敵ですね〜。

「エルマーの35mmは見た目も格好いいし、絞りは途中で動かせないですけれど今日はF8で撮る。みたいに決めてしまってあとはパンフォーカスにして、寄るときだけグッとフォーカスリングを回して最短で撮るみたいにしています」

――各種のオールドレンズから現行のズームレンズまで、撮影現場でライカSL3-Sが大活躍しているのが実感できました。この機種の欠点をあえて挙げるとすると何かありますか?

「テザー撮影の動きもいいし不満は特にないですけれど、ピントが合いすぎることくらいですかね(笑)」

――ピントが合ってしまうって、それは欠点とは言えない気がします。

「でも、ちょっとだけAFがずれていてそれがいい感じのときってあるじゃないですか?」

――セレクトしていて、おこぼれみたいな感じで『むしろこのカット良くない?』みたいなポジティブなアクシデントが起こりづらいと。

「そうです。そういう意味ではライカSL2-Sは本当に名機だと思っています。ピントが微妙に合わない確率とラチチュードが若干狭い感じのバランスが良くて、あれは素晴らしいカメラだと思います。だからアシスタントやカメラマンデビューして1年目でお金はあまり出せないけれどライカが気になっている人には『SL2-Sがいいんじゃない?』ってオススメしています」

――ライカSL2-Sは生産が完了しているので中古でしか入手できないですが、ライカプロフェッショナルストア東京などの直営店ではライカ認定中古品を扱っているので相談に乗ってくれそうですね。本日はフル稼働中のSL3-Sの実用性能を軸にオールドレンズでの使いこなしに至るまで、ディープなお話が聞けて楽しかったです。どうもありがとうございました。

「こちらこそ、どうもありがとうございました」



藤原 宏 / Hiroshi Fujiwara プロフィール

1986年生まれ、神奈川県相模原市出身。
東京工芸大学写真学科卒業後、スタジオで2年間勤務。
倉本侑磨氏に師事後、2014年PYGMYCOMPANYに所属しフォトグラファーとしての活動を始めた。
女性ファッション誌を中心にグラビア誌やタレント写真集を手がける。

写真集に 日向坂46小坂菜緒『君は誰?』日向坂46上村ひなの『そのままで』乃木坂46『田村真佑 恋に落ちた瞬間』乃木坂46 『五百城茉央 未来の作り方』などがある。