My Leica Story
ー 斎藤 巧一郎 ー


ライカそごう横浜店では、ライカそごう横浜店オープン10周年に合わせて写真家斎藤巧一郎さんの作品を展示中。会期の前期には「山手ノ坂」、現在公開中の後期は「新しきは海から」というタイトルの二部構成で、いずれも横浜をモチーフとしたもの(会期は2023年11月22日まで)。

展示作品は、ライカM11とライカSL2-Sに加え、アンティークのライカで撮影されたもの。そこで斎藤さんとライカとの関係や、ライカの印象についてお話をうかがいました。

text: ガンダーラ井上



――本日は、お忙しいところありがとうございます。今回のライカそごう横浜店オープン10周年記念の写真展示では、前期には丘の上からノスタルジックな横浜を、そして後期では海側から現在進行形の横浜の風景を撮影されています。まずは前期の「山手ノ坂」についてお聞かせください。
いいタイトルですね。助詞がカタカナになっているのもレトロな雰囲気です

「海の近くから丘の上の住まいまで、坂を上り下りする暮らしは私の住む長崎と同じように思えて、仕事や私事で何度も訪れる横浜をそんな目線で見ていました。横浜を撮るとなると、普通は港の風景になると思います。でも横浜を自分らしく見るとなれば、こうなるだろうなという写真が前期の展示テーマです」



坂のある街で暮らす人の視点


――ある種ノスタルジックな、自分の記憶の中にある光景を写真で捕え直すみたいな感じでしょうか?




XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX©Koichiro Saito



「はい。海がある街で暮らしていると見えてくることを思い返しながら横浜を歩きました。起伏のある、丘の上から見下ろす街ということを思いながら、そこには長崎と同じ風景があるなぁと。自分のいつもの感じを思うなぁ。という心境で撮った作品です」

――この写真、逆光でわずかにフレアがかかった画面と、全体の色温度がいいですね。

「ちょうど桜の時期でもあったので、暖かい色を意識して撮りました」

――こちらは坂の途中から上に向かう視点の写真です。夜の少ない明かりが印象的なカットです。




XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX©Koichiro Saito



「これも撮影地は横浜なのですが、長崎の知人に見せたところ、長崎の思案橋界隈で撮ったものだと間違えられました(笑)」

――前期に展示されたシリーズは、どのような機材で撮られましたか?



フィルム時代のライカRレンズも活躍


「ライカSL2-SとライカM11です。主に使ったのはライカSL2-Sで、古い一眼レフ用のライカRレンズを付けて撮ったものもあります」

――おお、フィルム時代のライカRレンズを現行のミラーレス機であるライカSLシステムで運用されているのですね。ところで、展示のステイトメントによると斎藤さんの初めてのライカはフィルム一眼レフのライカR5だったそうですね。いつ頃のことでしょう?

「1989年、大学の写真学科の学生をしていた時ですね」

――ライカを買うには何かキッカケがあったのでしょうか?

「故郷の九州で、高校時代に写真を教えてくれた人がライカを使っていたんです。確かライカR4かR4Sでした。それが格好良くて、いつかはライカが欲しいと思っていました」

――とはいえ、学生さんにしてみれば今も昔もライカは痺れるような値段です。



初めてのライカとライカレンズ





「頑張って24回のローンを組んで買いました(笑)。学生の頃って中古車やバイクをアルバイトして買ったりしますよね。そんな感覚だったと思います」

――ちなみに、どんなレンズを一緒に入手されたのですか?

「ズミクロンR f2/35mmでした。ご存知のとおり学校の課題では標準レンズばかり使わされるわけです。50mmだけで広角のように、あるいは望遠のように撮りなさいとか」

――19歳や20歳の視点では、50mmの画角って狭く感じた記憶があります。

「若い頃は50mmを使いこなすのは無理ですよ。それで35mmを買ってちょうどいいと感じていました。登山にもライカR5をぶら下げて行ったりしましたが、塗装は強いのでそれほど傷だらけにはなりませんでしたね」

――それ以降、M型ライカも手に入れたのでしょうか?

「最初にライカR5を買うときに、お店の人から『ライカといえばこれだぞ』という感じでライカM3やライカM5の中古を見せてもらうわけですよ。『ちょっと、それで撮っておいで』って手渡されたものの、フィルム1本通してみて、これは無理だと(笑)」



M型ライカの修行は継続中


―― 一眼レフだけを使ってきた若者が、いきなりレンジファインダーのカメラを使いこなせるわけはありませんよね。





「その後ライカM6などを買って使ってはみるものの、これを使いこなすのは無理だと思って売るんですけれど、やっぱりM型ライカで何とかしようとまた買って、と何度も繰り返していました。ライカM6は多分4、5回は売ったり買ったりしましたね」

――難しい部分というのは、M型ライカの光学式ファインダーの原理に由来するフレーミングの曖昧さによるものでしょうか?

「そうですね。私は写真をトリミングしないので、ギリギリのフレーミングができないのがもどかしいです。M型ライカの達人であればフレームの範囲や、ここから先はピントがずれていきますという被写界深度の感覚も身についているものですが、そこには到達できないでいます。最新のライカSLシステムを買うぞというときに、金策で手放したりするのはM型ライカですね(笑)」

――次に後期の展示についておうかがいします。「新しきは海から」というタイトルで、全てモノクローム作品ですね。使用した機材を教えてください。




©Koichiro Saito



「後期では、ライカSL2-Sに標準ズームのバリオ・エルマリートSL f2.8-4/ 24-90mm ASPH. の組み合わせでほとんどのカットを撮影しています。このレンズは最強だと思います」




後期の撮影で使用したライカSL2-S



現行のライカとアンティークの共存


――シャープなトーンのモノクロームで横浜を切り撮られていますが、この中にアンティークのライカで撮影されたカットもあるそうですね。

「はい、あります。その作品を撮影したライカは、私の友人のお爺さんが買ったものでした。お爺さんが亡くなり、お父さんが引き継ぎ、そしてそのお父さんが亡くなり、友人のものになりました。でもその友人はカメラのことが全くわからなかった。そこで『斎藤くん、このライカをもらってくれない?』という話になったのです」

――ちょっと待ってください。斎藤さんの友達の中にライカをくれる人がいたということですか?

「そうですけれど、頂戴したのはボディだけでギタギタのカビカビな状態でした。それを修理に出して、何とか撮れる状態にしました」



前の持ち主の夢を叶えるライカ


――古いライカは機械式の腕時計と同様に、致命的な破損さえなければ専門家にお願いすれば問題なく動く状態にまで復活させることが可能ですよね。

「友人のお父さんは雅楽の世界の人でしたが、本当はカメラマンになりたかったそうです。写真もたくさん撮られていたそうですが、外に発表することもなかった。それなら何か1点でもこのカメラで撮影した作品を展示させてもらえれば、お父さんも喜ぶのではないかと思いました」



友人から頂戴して整備したライカ



――修理したライカで写真を撮ろうとすると、レンズが必要になります。

「手元に古いライカ用の広角レンズ、スーパーアンギュロン f4/21mmがありました。ライカMバヨネットマウントのレンズなのですが、そういえばバヨネットの部分を外せば古いライカのスクリューマウントになるなと」

――M型ライカと、それ以前のバルナック型ライカの過渡期に製造されたレンズですね! 同じようなマウント仕様のズマロン f2.8/35mmを僕も持っています。そのレンズは幼馴染のお父さんのコレクションの中から譲ってもらったものでした。



大切にされ、受け継がれていくもの


「そういうことが起きるのがライカなのだと思います。古いライカを修理して写真を撮っていると知って、ライカの教室を一緒にやらせていただいている担当の方からも、それなら僕のコレクションから1本譲ってあげるということになりました。そういえばこのライカは1938年製ですが、友人のお母さんがちょうど同じ年に生まれています」




©Koichiro Saito



――アンティークのバルナック型ライカとスクリューマウント時代の超広角レンズ、スーパーアンギュロンf4/21mmを組み合わせて撮られたこのカット、隅々までシャープに結像していますね。プリントもアナログのプロセスでしょうか?



引き伸ばしは、使い慣れたフォコマートで


「他の作品はインクジェット出力ですが、これだけは35mmのネガから直接印画紙にアナログプリントしています。引き伸ばし機もライカのフォコマートV35を使っています」

――おお、撮影から引き伸ばしまで一貫してライカで、今となっては貴重な銀塩写真のプロセスなんですね。

「展示用のプリントをしているタイミングで、フォコマートV35よりも古い世代のフォコマートllCを手に入れて焼いてみました。でも慣れないせいか上手くプリントできず、まだ無理だと思って使い慣れたV35に戻しました。私と同世代のフォコマートllCを使いこなすのがこれからの課題ですね」

――前期ではノスタルジー、後期では新しさというキーワードで撮影してきたものを展示して、このカットで古さと新しさが循環していくように感じました。ところで斎藤さんは、ライカ以外のカメラには興味ありませんか?





「いやいや、色々と使っていますよ」



ライカの個性、その正体は?


――ライカと、それ以外のカメラではどこに違いがあるのでしょうか?

「写りに濃厚な何かを感じます。私の妻は写真のことは全くわからないのに、他のカメラで撮った写真に混ざっていても『これライカよね』ってすぐに言いますね。まぁ、ライカで撮るというだけで気持ちが全然違うものですけれど、ライカが持つ密度とか、色の暖かさ、暖かかったり冷たかったりするのですけれど、全てが素直な感じの写真なんですよね」

――カメラが何かをしている感じがしない?

「デジタルのプロセスで相当何かをしていることはライカも変わらないのですけれど、技術で何をサポートするかという姿勢が違うのかもしれません。出てくる結果の暖かさはライカだなぁと思います。人物を撮る時に、特にそう思いますね」

――フィルム時代から変わらない、大切な何かを引き継いでいるのがライカだと。

「ライカといえばM型ライカに代表される伝統を大切にしていますが、現行のライカ製品を使ってみると、すごく最新な印象も受けます。日本の最新のカメラよりもライカの開発者の見ている先に新しいものを感じる。だから、ライカは決して古いものを作ろうとしているのではなく、新しいものを作ろうとトライされているのだと思います」

――伝統と革新、それぞれのテーマを対立する構図とせずに融合させていこうという意図は、最新のライカに感じられるところですよね。今日は斎藤さんの初ライカから現在に至る道筋を辿る会話がとても楽しかったです。どうもありがとうございました。

「こちらこそ、どうもありがとうございました」






写真展 概要

タイトル: 新しきは海から
期間  : 【前期】2023年4月29日(土)- 2023年7月31日(月)
      【後期】2023年8月1日(火)- 10月31日(火)
      ※前期、後期で作品が入れ替えになります。
会場  : ライカそごう横浜店
      神奈川県横浜市西区高島2-18-1そごう横浜店5階 Tel. 045-444-1565
開館時間: 10:00-20:00

>>写真展詳細は こちら




斎藤 巧一郎 / Koichiro Saito プロフィール

1968年鹿児島県生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒。
企業広告等の広告写真撮影に携わる。
最初のライカは21歳で購入したライカR5。
以降ライカと共に撮影を続けてきた。
特にライカSL2は、ライカドイツ本社でトレーニングを受け、
ライカの理解を深めた。