My Leica Story
ー 金澤正人 ー



ライカプロフェッショナルストア東京では、広告業界の第一線で活躍する写真家 金澤正人さんの写真展『KANA Kana Kitty(カナ カナ キティ)』を開催中(会期は2025年2月8日まで)。
本展の作品は被写体に舞踏家としてだけでなく女優・演出家・モデルとしても活動するカナキティさんを起用し、ライカSL3とSL2で撮り下されたとのこと。
そこで金澤さんにライカSLシリーズの印象や、撮影の流儀についてお話をうかがいました。

text: ガンダーラ井上




――本日は、お忙しいところありがとうございます。金澤さんは資生堂の宣伝部にフォトグラファーとして入社されて以来、数多くの広告写真を手掛けていらっしゃいますね。

「資生堂では、宣伝に写真を使う必要性を感じて1919年に最初の写真家が入りました。その後フォトグラファーは徐々に増えていき、1988年入社の私が歴代で12人目になります」

――かなり少数精鋭でやっていらっしゃるのですね! この秋に静岡にある資生堂さんの資料館を訪ねさせていただいたのですが、男性用化粧品MG5の1960年代とは思えない超クールなビジュアルを撮影された安達洋次郎さんの作品をはじめとするアーカイブを拝見し、資生堂が日本の広告クリエイティブを牽引してきたことを再認識した次第です。





「資生堂の宣伝部は外部でも有名どころの写真家を使うので、その人たちと勝負をしなければなりません。たとえば日本なら上田義彦さんや操上和美さん、海外ならレスリー・キーやニック・ナイトといった方々です」

――お名前を聞いただけでクラクラしてしまいます(笑)。そうして日々取り組まれている広告写真の世界から、少し距離を置いたテーマで今回の作品群は制作されていると感じました。ステートメントには“光と闇”、“河岸と彼岸”といった、死生観に関わるキーワードが登場しますね。



広告ビジュアルとは切り口の異なる世界観


「普段の仕事は化粧品や美容に関するものがメインのテーマです。そのビジュアルは華やかで、色がついていて、煌びやかで、明るくてポジティブなものが多いですが、今回はカナキティさんとのコラボレーションを通じて、そうでない部分を表現したものも見ていただきたいと思って作っています」

――では、さっそく作品を拝見したいと思います。この写真、深く沈んだモノクロームのトーンに、いきなり引き込まれていく感じです。




©KANAZAWA Masato



「スタジオの中で暗い世界を作っていたので、絞りを開けて感度も上げて撮っています。高感度に設定して、粒子感も出しています」

――画面の中にある煙のようなものも含めて、撮影時にこの雰囲気を作り上げているのですね?

「そうです。後処理は全然していなくて、撮ったあとに『モノクロにする』。それだけです。露出はマニュアルで、撮影時、モニターに上がってきたままのイメージです」





――画面の明暗、暗く落ちていく部分も未加工なのですか?

「微妙な露出の調整ぐらいで、覆い焼きや焼き込みもしていないです」

――その場の光だけで、この写真を作っているというのが驚きです。




©KANAZAWA Masato



――この写真も、何かつかみどころのないものを捉えていて深く印象に残ります。撮影にはライカSL3とSL2を使われたそうですが、レンズはどのようなものでしたか?

「今回の作品でメインに使ったレンズはライカ アポ・ズミクロンSL f2/50mm ASPH.ですが、この2枚はズマリットです」



作品制作にヴィンテージのレンズも登用


――ズマリットというと、少し前のライカMシステム用の廉価版交換レンズと戦前の設計の大口径f1.5の標準レンズがありますが古い方ですね?

「そうです。ライカのMマウントアダプターを経由してライカSLシリーズで撮影しています。開放絞りでは少しピントが甘いのがこのレンズの味で、使った甲斐がありました」




ライカSL2に純正フード付きのズマリットを装着



――ズマリットは昔から使っているレンズですか?

「最初はライカM3につけてモノクロフィルムのトライXで撮っていたのですが、ボケボケの印象でした。なんだか締まらない画しか撮れないから、どうやって使うのだろうと思っていましたが、デジタルになっていろんなカメラで撮影することで、このレンズの持っている本来の良さがやっと分かったという感じです」

――ちなみにライカMレンズはズマリット以外にもお持ちでしょうか?

「ライカMレンズはいろいろ持っていて、デジタルのライカM10も使います。ライカSLシリーズはライカMレンズとのデザイン的な相性がすごくいいですね。特にライカSL2はMレンズがよく似合うと思います」



気配、肉体そして時間軸の表現へ


「今回の作品では、暗い中にうっすらと浮かび上がってくるような“気配”をテーマに撮ろうと思いました。でも気配だけでなく“肉体の表現”というものも加味したいと思ったのでカナキティさんにモデルをお願いしました。撮っているうちに“連続した中での一瞬”、あるいは“一瞬の繰り返しとしての連続”といった感覚がカナキティさんの動きから感じられてきました」




©KANAZAWA Masato



「そこで、止まっているところは止めて、動いているところと止まっているところをライティングで表現していきました。シャッター速度を遅く設定して、ストロボと同じ方向から柔らかいライティングを作っておいて、一箇所にスポットを当てています」

――まさに連続した中での一瞬を可視化する、凝りに凝ったライティングですね! 普段のお仕事で積み重ねてきた光を自在にコントロールする技が生かされているのを感じます。

「そうですね。撮影対象が仮に化粧品の瓶であっても同じようなことをやっていることもあります」

――そのように磨き抜かれた技を使って、今回の展示ではご自身の表現したいテーマに向き合っていらっしゃるということですね。

「カナキティさんとセッションしていく中で、時間軸の表現に加えて生と死、河岸と彼岸の間みたいなところを写真化したいという気持ちになりました。それで、この黒いシリーズをやったら今度は白もやりたいと思ったんです」



白いシリーズをネガポジ反転で生み出す



©KANAZAWA Masato



――こちらの白いシリーズも、一瞬と連続という切り口で肉体表現の時間軸が写真化されていますね。これは多重露光ではなく1カットでの撮影ですか?

「そうです。ストロボと定常光のミックスですね。そうして撮影したものをネガポジ反転しただけです」

――え?ネガポジ反転ですか? フィルム現像の古典技法であるソラリゼーション的な画像に見えるので、撮影後にかなりトリッキーなトーンカーブの調整をされているものだと思っていました。でも、単純なネガポジ反転では髪の毛の部分は白くなりますよね?

「それを計算して、白いウィッグをかぶってもらって撮影しています」

――すごくアナログですけれど、一撃必撮のアイデアですね! ということは両サイドにハイライトが来るライティングでボディの輪郭の黒いラインを出しているということですね? それは化粧品のパッケージ写真などで使われるテクニックのようでもあります。

「そうですね。光を際立たせるライティングを反転しているので、黒の中に白いラインが見えているのを撮影して反転しています。このことで体の動きのラインが、ベールを纏っているように写っています」



瞬間と連続性の双方を写真で表現する



©KANAZAWA Masato



――こちらの作品もネガポジ反転の白いシリーズですが、かなり抽象性が高く現代美術の絵画のようなインパクトがあります。人間の身体の枠から何かが湧き出しているようなイメージです。

「動きそのものというより、体から出てくるオーラのようなものを感じてもらったり、いろんな捉え方ができると思います。写真は時間を止める表現でありながら時間は連続しているもので、それをどのように表現していくのかも写真ならではのクリエイションです。いろいろなアイデアがいつも頭の中にありますが、今回はうまくいったかなという感じです」

――このショットも合成なしのとのことで、これだけシンプルでスピーディーなワークフローで、これほど目を惹く力強い写真になっているのが驚きです。

「本当に撮ったら撮りっぱなしで、ゴミ取りすらしていないです(笑)。撮って、選んで、プリントに出しただけです。やはり撮ってそのままの方が、画が綺麗なので強いですよね。後で処理していく絵より、そこで上がってきたものに勝るものはないと思います」

――その撮影の極意は、フィルム写真に通じるものがあると思います。金澤さんの写歴をたどると、資生堂宣伝部に入社された当時はどのような機材をお使いでしたか?





大判フィルム時代を経てデジタルバックへ


「最初はフィルムのカメラを使っていました。当時は35ミリ判は全然使わなかったですね。いちばん小さなフォーマットが6×6で、僕は4×5か8×10が多かったです。途中から8×10が基本になっていきました。どの写真でも8×10で撮ることで、自分自身のブランディングを構築していった部分もあります」

――2000年代に入るとデジタル化していきますが、8×10のアイデンティティはいつ頃まで保ち続けられていましたか?

「フェーズワンのP25というデジタルバックが出た2004年に、これは4×5並みの解像度があると思って『今日からデジタルにする』と宣言して、いきなり全部切り替えました」

――それ以降もフェーズワンなどのプロフェッショナル仕様のデジタルバックで撮影されているという感じでしょうか?

今はフェーズワンと、中判はハッセルのX2Dとフィルム時代の500系に連結するCFV100Cです。でも中判デジタルで仕事をしなくても、現行の35ミリ判のデジタル一眼は十分に仕事に使えるという印象でライカSL3を使っています。ライカSL3は仕事での初めてのミラーレス機で、便利ですね」




作品撮影に使用したライカSL3とSL2



――それまでもお仕事でライカを使われていましたか?

「中判デジタル一眼レフのライカSシリーズを006、007、S3と使っていました。機材の棲み分けとして、しっかり撮るならビューカメラにデジタルバックを装着してという撮り方の方がストレスもないし、AFで数多くのカットを撮るのは35ミリタイプのほうがハンドリングも良いかなと思ってライカSL2を使ってみたら好印象だったので、自腹で購入して、今回の作品制作にも使っています」



カタログのデータでは伝えきれない心地よさ


――ライカと、それ以外のカメラの違いをどのように感じていますか?

「AFの性能だけなら国産メーカーの方が優れているけれど、カタログデータには出ない部分はライカが優れていると思います。シャッターを押しているぞという指先のフィーリングと重さが、自分の中の感覚として非常に心地良い、そんなカメラだなと思っています。ライカは写されている人に特別感を提供できるカメラでもありますね。あとはライカのレンズを使うことも魅力のひとつです」

――最後に、今後のライカに期待することや開発して欲しい具体的な機材などがありましたら教えてください。





「期待していることは、万人受けしないで欲しいということです。ライカのデザインポリシーは好きですが、いろんなものを詰め込みすぎてダイヤルなどが増えるのは勘弁してほしい。やはりシンプルなデザインであって欲しいですね。新製品としては接写ができるレンズが欲しいですね。オートフォーカスが使えると便利なので100ミリくらいのLマウントレンズが出てきてもらえると嬉しいです。仕事ではライカSL3を使ってプロダクトの撮影をするので、ティルト・シフトができるレンズもあるといいなと思います」

――ライカが貫くべきデザインの美学とプロフェッショナルの仕事に必要なレンズへのリクエスト、しっかりと受け止めさせていただきます。今日は金澤さんの作品づくりへの取り組みから撮影に関するテクニカルな話までお聞きできてエキサイティングな取材でした。どうもありがとうございました。

「こちらこそ、どうもありがとうございました」



写真展概要

タイトル: KANA Kana Kitty(カナ カナ キティ)
期間  : 2024年11月7日(木)- 2025年2月8日(土)
会場  : ライカプロフェッショナルストア東京
東京都中央区銀座6-4-1東海堂銀座ビル2階
Tel. 03-6215-7074
営業時間: 11:00-19:00
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金澤正人 / KANAZAWA Masato プロフィール

1967年東京生まれ
1988年東京工芸大学短期大学部写真技術科卒業
同年(株)資生堂宣伝部にフォトグラファーとして入社し 同社の広告写真を数多く撮影
個展開催多数
2017年〜ラベンダーリングにてがんサバイバーの笑顔を撮影
https://lavender-ring.com
現在、資生堂クリエイティブに在籍