My Leica Story
ー 石丸直人 ー
ライカストアGINZA SIXでは、フードフォトグラファーとして活躍する写真家、石丸直人さんの写真展「boundary | 境界線」を開催中(会期は2025年2月26日まで)。
食というテーマを前にして、ライティングを施しオーラをまとわせた「オン」の写真と、日常の中で捉えた「オフ」の瞬間。その境界線の外側か内側かで全く違った表情を見せる被写体を撮り下ろしたカメラはライカだったとのこと。そこで、石丸さんにとってライカで写真を撮ることについてお聞きしました。
text: ガンダーラ井上
――本日は、お忙しいところありがとうございます。石丸さんのポートフォリオを拝見しましたがシズル感に溢れた食品の写真が満載で、どれも美味しそうです。街角で見かけた記憶のある広告ビジュアルも石丸さんが撮られていたものだったと改めて認識しました。普段のお仕事で使われている撮影機材は、フルサイズより撮像素子のサイズが大きいモデルでしょうか?
プロ用機材で撮るフードフォトグラフィー
「広告の仕事では、ウェブに載せるだけでなくポスターや店頭のバナーなど拡大率も上がってきますので中判デジタルのフェーズワンが多いですね。以前はスタジオ用のフィルムカメラに装着することのできるリーフのデジタルバックも使っていました」
――デンマークのフェーズワンやイスラエルのリーフなど、かなり専門性の高いプロ用機材でお仕事されているのですね。スマートフォンの登場によって私たちは食べ物にカメラを向ける機会が爆発的に増えていると思いますが、やはり石丸さんのようなフードフォトグラファーの写真は別格だと感じます。さっそく作品のことをお聞きしたいのですが、この黒バックでとろけるチョコレートの写真がすごいシズル感です。
© Naoto Ishimaru
――これは素人には撮れない写真ですが、チョコレートが本当に溶け落ちてきた瞬間を撮っているということなのでしょうか? それとも食品サンプルのように溶けている形のものを作ってから据えつけて撮っているのでしょうか?
「正解は、溶けている瞬間です。スタジオでこんな写真が撮りたいと伝えると、スタイリングをしてくれているパートナーがチョコレートをテンパリングして垂らしてくれて、思ったような形になった瞬間を狙って何カットも撮りました」
――意外にアナログで、瞬発力と繊細さの両方が求められる作業なのですね!
「温度帯で変わっていくチョコレートの表情を実験しながら、あまり溶け過ぎず適度な硬さのある状態で流れ落ちるようにして撮っています」
© Naoto Ishimaru
――そのチョコレートとともに、入っている材料を捉えた写真もすごいです。京番茶、イエロートマトそして鰹節と出汁。かなりクリエイティブな素材を組み合わせたチョコレートだということが1枚の写真から伝わるビジュアルです。これはモチーフ別に撮影して合成していますか?
「いいえ、1カットで、すべての材料を置いて撮っています」
アナログ的な手法で生み出されるイリュージョン
――置いているのですか? 写真では出汁のカップの上方にいろんな素材が浮いているようにしか見えません。ライティングと置き方の加減で、平面に配置した対象物をイリュージョン的に空中に浮き上がったように見せていたのですね!
「ポイントは黒い部分です。黒の中の奥行きをどのように出すか。実際は黒い布の上に置いているから奥行きはないのですが、その奥をどのように感じさせるかですね」
――写真から感じる奥行きは、光が跳ね返ってこないので遠くまで空間があるように脳が捉えてしまう錯覚を利用していたのですね!
「はい。割とやっていることはシンプルです。どこでも撮れるように、光の吸収率の最も高い黒布をバックに入れて、いつも持ち歩いています」
――この写真を撮られたのはライカだったとお聞きしましたが、機種とレンズを教えてください。
「ライカM11-Pと、ズミルックスM f1.4/50mm ASPH.1本です。僕はライカ初心者で、まずこのセットを買いました(笑)」
魔法のような写真をM型ライカで撮る
愛用のカメラはM11-Pとズミルックスのセット
――レンジファインダーのM型ライカでこの写真を撮られていたとは驚きです! M型ライカを選ばれた動機を教えてください。
「僕は仕事以外で写真を撮ることがほとんどなかったのです。日常の写真を撮ろうとすると、普段の仕事で使っているカメラをいちいち出して撮るのも面倒くさいので…」
――確かに、中判デジタル一式をオフタイムにも持ち歩くのは疲れそうです。
「そこで、ライカを買ったら撮るようになるかもしれないと思って、打ち合わせの帰りにふらりとGINZA SIXに立ち寄って、気がつけばライカM11-Pを予約していました」
――でも、先ほどのチョコレートの写真は日常の写真というより仕事モードですよね? 普段の撮影のワークフローはそのままで、カメラだけがライカM11-Pに入れ替わったという感じがします。
「だから、めちゃくちゃ難しくて、最初は泣きそうになりました(笑)」
――撮影対象のプロポーションやピント位置などを自在にコントロールできる機材で撮影するのであれば全体の構図を含めて追い込んでいけるものだと思いますが、M型ライカの光学式ビューファインダーはその部分が結構曖昧ですよね?
「今までのカメラの常識の真逆でした(笑)。ピントも全然合わせられなくて、少しずつずらしながら撮ってみたりしました。この展覧会はスナップショットで行こうと思っていたのですが、『普段の石丸さんの写真をライカでチャレンジしてみることに意味があるのでは』とライカの方に言われて…」
――かなり無茶苦茶なオーダーですが、見る側には相当な驚きがありました。M型ライカのことを知っていれば知っているほど驚けると思います。ズミルックス50mmは非球面の最新バージョンで最短撮影距離は0.45m。これなら35mm一眼レフの標準レンズの最短撮影距離に近いので、0.7m止まりだった旧バージョンよりはいいですね。
「でも、僕が思っている画と全然違うんです。あと一歩という距離の詰めかたが大事なのですが寄り切れないので、しばらくしてGINZA SIX のライカストアにMマウントの90mmマクロレンズを買いに来たんです」
あえてM型ライカで撮影にチャレンジ
――ミラーレスのSLシステムに鞍替えせず、レンジファインダーのMシステムを貫いたのは偉いですね!
「少し迷いましたが、ライカM11-Pをかなり気に入っていたので。マクロエルマーM f4.0/90mmとマクロアダプターMを一緒に買ったら『めっちゃ寄れるじゃん!』ってなりました(笑)。自分の撮りたい距離で撮れたんです」
© Naoto Ishimaru
「会社にあるキッチンで作って毎日食べているものを撮ったこの写真は、マクロエルマーで撮影しました」
――この写真には『私は、今日のごはんであるどんぶりの中にある食材に、これから箸を入れようとしています』という主観が写っていて、それ以外の部分はきれいにボケています。このように印象的な写真を撮るのは、客観性を求められるコマーシャルフォトとは別の難しさがある気がします。
「ライカ初心者だったので、わからないことだらけでした。撮っているうちに、すごくいい時もあるしダメな時もある。最初はダメな時の方が多かったですね。フェーズワンを使って撮る時はピントの合っている1ミリ2ミリのところの調整をずっとしていました。そこが一番大事なことだと思っていたのですが、ライカでは自分の思っているピントに持っていけませんでした」
――ピント位置の微細な調整こそ写真のすべてであるという考え方から抜け出せないかぎり、M型ライカを使い続ける意味がないですよね。
「厳密にピントが合っていなくても大丈夫。という感じで自分が許せた。そういうものだと思える瞬間があって、それがM型ライカの教えてくれたことだと思います。ライカを使い出して、少し力が抜けたという感じがしました」
M型ライカが導く、エレガントな間合いの写真
© Naoto Ishimaru
――この厨房の写真、普段見ることのできないレストランの舞台裏でシェフの方々がものすごい集中力で取り組んでいらっしゃる様子を控えめな距離感で撮られています。前ボケがフレームに入ってきてもそれも受け入れていらっしゃいますね。
「これが別のカメラであればもっと踏み込んでしまいますが、ライカではそうならないエレガントな間合いで撮れる気がします。撮影しようという勇気はくれるけれど、でしゃばりにはならないカメラ、それがライカだと思います」
© Naoto Ishimaru
――厨房で雲丹を仕込んでいるカットも、そっと斜め後ろから『失礼します』という感じでシャッターを押している石丸さんの姿が思い浮かびます。
「そうですね。どこにもピントが来ていないような写真ですが、どこにピントがきているということは重要ではなく、その場の空気や雰囲気が写っていると思います」
一皿の料理に感じるリアリティを写しとる
© Naoto Ishimaru
――そうやって作られた一皿が、レストランのテーブルに置かれた瞬間の写真がこのカットですね。見るからに美味しそうです。主観的でありながら、石丸さんがフードフォトグラファーとして身につけてきた技も生かされていると感じます。
「雲丹のアップは、少しだけ照明しています。いろんなカメラを使うのですけれど、ライカでフードを撮ると、いい意味でディテールに生っぽさが出るという感覚があります。フェーズワンで撮ると、まるでイラストのようになってくる場合があるんです。ライカの場合は料理の色艶が生々しくて、本当に自分が目の前で見ているように上がってくるので、不思議なカメラだなと思います」
――この厨房と雲丹の写真もライカM11-Pで撮影されましたか?
「はい。レンズはズミルックスM f1.4/50mm ASPH.1本です。最近ではライカを仕事でもよく使うようになってきています。直感的に『これはライカで撮ったらいいだろう』と思う瞬間があり、ここのレストランはストロボを焚いてガチガチのライティングで撮るよりは自然光で見せていくのがいいと思う場合には『ライカというカメラがあるので、これで撮ってみていいですか?』とクライアントに提案していきます」
石丸さんとライカとの、これからの関係
今回の作品作りに使用されたカメラとレンズ
――これから欲しい機材などはありますか?
「90mmのマクロレンズは手に入ったので、次は広角レンズですね。50mmの標準レンズではちょっとアップすぎて、もうひと枠が欲しい場合もあるので、できれば35mmの広角レンズが欲しいと思っています」
――ライカMシステム用の35mm広角レンズには開放絞りからビシッと描写する現代的な設計のレンズだけでなく、オールドスタイルの復刻版として絞り開放では幻想的なフレアが出現することもあるズミルックスM f1.4 35mmもあるので、悩ましくも楽しい選択が待っているのではないかと思います。
「ライカを使い始めることで、改めて写真が好きになりました。風景写真なんて一切撮らなかったのが面白いと思えるようになったのもライカを持ってからです。35mmは風景写真にも良さそうですね」
――今日は、石丸さんとライカとの出会いで生まれた写真の数々とその撮影エピソードをお聞きできて楽しかったです。どうもありがとうございます。それにしても、どの写真も美味しそうでお腹が空いてきてしまいました。
「夜中にSNSで料理の写真を上げると、変な時間に食べたくなるから困ると責められることがあります(笑)。今日の取材ではM型ライカで撮る苦労の部分も分かってもらえて嬉しかったです。どうもありがとうございました」
写真展概要
タイトル: | boundary | 境界線 |
期間 : | 2024年11月23日(土)- 2025年2月26日(水) |
会場 : |
ライカGINZA SIX 東京都中央区銀座6-10-1 GINZA SIX 5階 Tel.03-6263-9935 |
営業時間: | 10:30-20:30 |
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石丸直人 / Naoto Ishimaru プロフィール
1978年生まれ、広島育ち。写真スタジオ勤務を経て独立。
おもにフードフォトを専門として大阪を拠点に活動。創り手の思いと被写体が持つメッセージを見る人の心に直接結び付け、見る人の五感を鋭く刺激する。撮影のみならずアートディレクションまでを自らが行う独特の技法と、被写体のルーツを探りその本質を形にする探究心により生み出される作品の数々は、写真の枠を超えたアート作品としても注目が高い。
2012年、日本人で初めてサロン・デュ・ショコラ・パリ公式ガイドブックの表紙を飾り、 2017年、世界の写真のコンペディション「FINE ART PHOTOGRAPHY AWARDS」入選、同年にフランス・パリにて写真展を開催。2024年には、「情熱大陸」に出演。国内外にその活動の幅を広げている。