Mレンズの性能比較
SUMMILUX M f1.5/90mm ASPH. ・ NOCTILUX M f1.25/75mm ASPH.
text & photo: 写真家 藤井 智弘
ライカの望遠レンズとして最も有名な焦点距離は90mmだろう。90mmが登場したのは1931年のこと。なんと90年以上の歴史を誇る。初の90mmは「エルマーf4/90mm」。1934年には、ライカ唯一のソフトフォーカスレンズ「タンバールf2.2/90mm」も発売された。このタンバールは、現在ライカMマウントで「タンバールM f2.2/90mm」として復刻されている。「エルマーf4/90mm」は、1954年のライカM3の登場と同時にスクリューマウントからMマウントに変更。そして1957年、大口径の「ズミクロンf2/90mm」が登場する。さらに1959年に「エルマリートf2.8/90mm」が発売。ズミクロン、エルマリート、エルマーと、3種類の明るさを持つ90mmがラインナップされた。
実は「ズミクロンf2/90mm」以前にも、さらに明るい中望遠レンズは存在していた。それが1943年の「ズマレックスf1.5/85mm」だ。当時としては驚異的な明るさを持つ望遠レンズだった。そのf1.5の明るさを受け継ぐ大口径中望遠レンズが、今回使用した「ズミルックスM f1.5/90mm ASPH.」だ。ライカの90mmでは初めてf2を切る明るさを実現している。
ライカの中望遠レンズには、もうひとつ特徴的な焦点距離がある。それが75mmだ。元祖と言えるのが、焦点距離はわずかに異なるが1931年の「ヘクトールf1.9/73mm」だろう。この時代の大口径中望遠レンズだ。木村伊兵衛が愛用し、数々のポートレート作品を残していることでも知られている。その後は中望遠レンズと言えば90mmのみの時代が続くが、1980年に「ズミルックスM f1.4/75mm」が登場。1981年のライカM4-Pで初めてファインダー内に75mmのブライトフレームが搭載された。そして2005年に現行モデルである「アポ・ズミクロンM f2/75mm ASPH.」にモデルチェンジする。さらに2018年、超大口径の「ノクティルックスM f1.25/75mm ASPH.」が追加された。ライカMマウントの大口径中望遠レンズを求めている人には、「ズミルックスM f1.5/90mm ASPH.」と共に「ノクティルックスM f1.25/75mm ASPH.」も気になるのではないか。そこで「ズミルックスM f1.5/90mm ASPH.」(以下90mm)をメインに、「ノクティルックスM f1.25/75mm ASPH.」(以下75mm)も比較してみた。
ライカM11+ズミルックスM f1.5/90mm ASPH.
ライカM11+ノクティルックスM f1.25/75mm ASPH.
外観はどちらも大口径レンズらしくずんぐりしていて、存在感のある形だ。90mmも75mmもデザインがよく似ていて、鏡筒に刻まれた焦点距離や絞りリングの開放F値を見なければ見分けられないほどだ。手にすると見た目以上にずっしりした重さが伝わってきて、それだけでも描写にこだわった高性能レンズであることが感じられる。
90mmや75mmの望遠で大口径だと、レンジファインダーでのピント合わせに不安を持つかもしれない。しかしライカのレンジファインダーは非常に精度が高く、正確なピント合わせが可能だ。前回の『Mレンズの性能比較』で紹介したノクティルックス50mmの比較でもレンジファインダーでピントを合わせている。とはいえ、ファインダーを覗くと右下に大柄な鏡筒が見えるのが気になったり、よりスムーズなピント合わせや構図決定を行いたいと感じたりする人も多いはず。そこで注目なのが今回使用した「ビゾフレックス2」だ。これならミラーレスカメラで撮影するのとほぼ同じ感覚で扱うことができる。
ライカM11に装着した「ビゾフレックス2」。拡大表示で正確なピント合わせを行うことができ、ボケの様子も確認しやすい。M型のボディで「ズミルックスM f1.5/90mm ASPH.」や「ノクティルックスM f1.25/75mm ASPH.」を使用するならおすすめのアクセサリーだ。
ライカSL2-S+ズミルックスM f1.5/90mm ASPH.
ライカSL2-S+ノクティルックスM f1.25/75mm ASPH.
90mmも75mmもライカMレンズとしては大柄なので、ライカMボディだけでなく、「L用Mレンズアダプター」を使用してライカSL2/SL2-Sで使用してもバランスが良い。ライカSL2/SL2-Sでは大きなグリップを持ち、安定したホールディングが可能だ。またボディ内手ブレ補正が搭載されているため、暗所で強いのもポイントだ。またライカSL2/SL2-Sに装備されているEVFの視認性が高く、ピント合わせも行いやすい。ライカMシステムのレンジファインダーとは異なる使い心地の良さは、さすがミラーレスカメラの最高峰だ。「ズミルックスM f1.5/90mm ASPH.」と「ノクティルックスM f1.25/75mm ASPH.」、この2本のレンズは、ライカSL2/SL2-Sユーザーにとっても見逃せない。今回はライカM11と共にライカSL2-Sも使用して撮影した。
それでは、90mmと75mmの比較をしてみよう。撮影位置を変えずに撮ると、被写体の大きさやボケはどれくらい異なるか見てみよう。
同じ位置から90mmと75mmで撮影し、焦点距離15mmの差を見てみた。絞りはどちらも開放だ。75mmは90mmより二回りほど広く写る印象だ。距離感の違いがよくわかる。
次は絞りを変えて撮影し、比較してみた。
絞りは、それぞれ開放、F2.8、F5.6に設定。どちらも絞り開放から甘さがなく驚くほどシャープだ。まつ毛の一本一本までしっかり解像している。また大口径レンズらしい大きなボケも魅力。どちらも被写体が浮かび上がってくるようだ。75mmは焦点距離が短いながら、90mmに迫る大きなボケ。F1.25の威力を感じる。F2.8では、やはり90mmのボケの大きさが目立つ。焦点距離の15mmの差が感じられた。しかし解像力の高さや逆光でのコントラストは互角。ハイライトのボケも、どちらも円形に近く自然な印象が得られる。
F5.6はどちらもボケが小さくなり、背景の様子がよくわかる。それでも90mmのボケは大きく、焦点距離の違いがより強く感じられる結果になった。またボケ味はどちらも素直なので背景が煩雑にならない。解像力の高さとボケ味の良さを両立できているのがライカレンズの大きな特徴であり、魅力だ。
今度は、被写体の大きさがほぼ同じになるようにして撮り比べてみた。絞りは同様に開放、F2.8、F5.6に設定。
絞り開放では、どちらが90mmかわからないほど似た写り。解像力の高さ、肌の階調、ボケ味も互角だ。90mmは焦点距離が長い分、背景がわずかに大きい。75mmは驚異的にボケが大きい。
F2.8もボケ味はほぼ互角だが、わずかに75mmのボケが小さい。また75mmの方が、背景が広く入っているのがわかる。しかし描写の雰囲気は90mmも75mmもとてもよく似ている。
F5.6もF2.8と同様の傾向だ。90mmのボケがわずかだが大きく、背景が75mmより迫ってくる。ここでも背景に木の枝や葉などがあるが、どちらも自然にボケている。
2本を比べてみて、外観だけでなく描写もとてもよく似ていた。中望遠レンズらしい遠近感と大口径レンズらしい大きなボケを求めるなら「ズミルックスM f1.5/90mm ASPH.」、標準レンズに近い自然な雰囲気と超大口径レンズの大きなボケを両立させたいなら「ノクティルックスM f1.25/75mm ASPH.」と言える。
●作品サンプル
ここでは「ズミルックスM f1.5/90mm ASPH.」で大口径中望遠レンズの世界を表現した。ボディはライカM11とライカSL2-Sを使用している。中望遠レンズは街中のスナップにも使いやすい。撮りたいと思った光景をクローズアップできる。今では見かける機会が少なくなった公衆電話に当たる光を意識した。
大口径中望遠レンズは、やや圧縮された遠近感と大きなボケで立体感のある表現ができる。ピントを合わせたラベルのシャープさだけでなく、ボケ味の素直さにも注目だ。
小さな窓の前に置かれていたグラスに迫り、ほぼ最短撮影距離で狙った。レンジファインダーでは苦手なシーンだが、そうしたときに近接でも正確なピント合わせと構図決定を可能する「ビゾフレックス2」が活躍した。
暗い背景と、そこに差し込む光。植物と背景のコントラストを表現するためモノクロに設定した。大口径ながら絞り開放でも高い解像力を持ち、生き生きとした仕上がりになった。
大口径中望遠レンズと言えば、ポートレートが真っ先に思い浮かぶだろう。モデルとの適度な距離感や背景の素直な遠近感は中望遠レンズならではの魅力だ。街中の何気ない場所でも、空気感のある写真になった。
ボケは大きくても街の雰囲気が伝わるのが大口径中望遠レンズの特徴だ。シャープな描写によるキャッチライトが入った目の力強さと、ハイライトの丸ボケを狙った。
モノクロのポートレート。ライカM11と「ズミルックスM f1.5/90mm ASPH.」の組み合わせは、高い解像力と豊かな階調を合わせた表現が楽しめる。
アンティークな玩具を見つけてクローズアップ。わずかに絞っているとはいえ近接でも甘さの無い描写だ。ライカSL2-Sとの組み合わせはしっかり握れるグリップや高い視認性を持つファインダーを持ち、安定した撮影が可能だ。
窓に反射する光に惹かれてレンズを向けた。背景の枝は被写界深度から外れているが、二線ボケを起こすこともなく、素直なボケ味を見せている。
ジョイスティックを持つライカSL2-Sは、構図を決めながらピントを合わせたい部分にフォーカスポイントを移動させて拡大できる。浅い被写界深度を生かした撮影がスムーズに行えた。
ライカSL2-Sは手ブレ補正を内蔵し、とっさの撮影や夜のスナップでも手ブレを起こす心配が少ない。テーブルとイスが並ぶ夜の居酒屋。中望遠レンズが得意とする遠近感で路地の雰囲気を表現した。
「ズミルックスM f1.5/90mm ASPH.」は、全身のポートレートでもボケを生かした写真が撮れる。街の中から浮かび上がるような仕上がりになった。
撮影した日はちょうど桜が満開。春らしいポートレートを狙って桜を背景にした。シャープだが階調再現にも優れた描写のおかげで、春の柔らかい光を感じさせる写真にできた。
ライカSL2-Sのモノクロと「ズミルックスM f1.5/90mm ASPH.」によるポートレート。肌や服の階調が滑らかに再現された。コントラストも適度だ。モノクロに精通するライカらしさが伝わってくる。
使用機材:「ライカM11」 「ライカSL2-S」 「ライカ ズミルックスM f1.5/90mm ASPH.」 「ライカ ノクティルックスM f1.25/75mm ASPH.」 「ビゾフレックス2」
藤井 智弘 (ふじい ともひろ)
東京都生まれ。東京工芸大学短期大学部写真技術科卒業。1996年に写真展を開催後、フリー写真家になる。各種撮影の他、カメラ専門誌やカメラ専門Webサイトでの撮影や執筆などで活動。また写真講座等の講師も行う。作品では国内や海外の街を撮影。ライカ直営店でも作品が展示される。主な写真展に「PEOPLE」(1996年)、「LISBOA」(2010年)、「My Favorite Moments」(2021年)、「ROMA 2004」(2022年)など。公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員。