My Leica Story
ー 須藤 和也 ー
ライカ大丸心斎橋店では、2013年より写真を通じて京都 清水寺の祈りの風景と重ね合わせ、仏教のあり方を模索するプロジェクト"FEEL_KIYOMIZUDERA”のフォトグラファーとしても活動する写真家 須藤和也さんの写真展「微光の中で」を開催中(会期は2023年6月29日まで)。
本写真展では、これまで10年近く清水寺を撮影し続けてきた須藤さんが、清水寺所蔵の仏像の姿を「ライカM10モノクローム」で撮り下ろした作品13点を展示。また本展での作品を含む写真集も6月に刊行の予定。そこで作品づくりとライカとの関係についてお話をうかがいました。
text: ガンダーラ井上
――本日は、お忙しいところありがとうございます。展示されている作品は京都・清水寺の仏像という大変ありがたいモチーフです。どのようなご縁で清水寺との関係を築かれてきたのかを教えてください。
「今から10年ほど前に清水寺のウェブサイトをリニューアルするプロジェクトが立ち上がりました。当時はお寺のセルフプロモーションは簡素なものが多く、せっかく作るのであれば仕立ての良いものにしたいという思いから、それを手掛けていたコンサルタント会社の友人を通じて撮影に関するオファーを受けたのがご縁のはじまりです」
――なるほど。きっかけは清水寺の公式サイトの制作ということだったのですね。
「私と同世代の、新しいことにも大変理解のある僧侶がご担当されています。清水寺は、国内外から多くの方々が訪れる場所です。その清水寺を訪れてくださった方々には、記念写真を撮影して帰ってしまうのではなく、それぞれご自身の形で、仏様に手を合わせたり、誰かのために祈ったり、ご自身の周りに感謝をしたり、といった時間を持っていただきたいという思いがあり、その布教活動の一環として“祈りとは何か”を問うプロジェクト"FEEL_KIYOMIZUDERA”を発足させたのが、これらの撮影に取り組むきっかけになりました」
© Sudo Kazuya© Sudo Kazuya© Sudo K© Sudo Kazuya
――須藤さんご自身は、このプロジェクトに関わる前から仏教世界への関心があったのでしょうか?
「熱心な信者ということではありませんでしたが、昔からお寺に行くことは好きでした。出身は名古屋ですが学生時代に京都に移り住んでいたこともあり、そういうものに心惹かれていったということがあります」
展示作品をベースに写真集を制作
――今回展示された仏像の写真に加え、雪景色の情景と組み合わせた構成の写真集を制作中とのことですが、すべてのカットが清水寺で撮影されたものでしょうか?
「そうです。仏像以外のカットは、成就院という離れた場所にあるお堂の冬景色と庭の姿を撮影したものです」
――仏教の基盤となる思考として自然との一体感があると思いますが、それを仏像と対比して見せるというアイデアが秀逸ですね。雪景色の淡いトーンも個人的に大好物です(笑)。
「清水寺は、自然を感じる場所です。日本には仏教が入ってくる前から自然信仰があり、それが重なり合っていると思うのです。そこで、自然が創り出す光景と、人の手で作られた仏像というものを、写真集の中で物理的に表裏で対比させることができないかなと思い挑戦してみました。そのため、今回の写真集の製本は、経本のような作りになっています」
ひとつながりに製本された写真集
――背表紙でページがまとめられたものではなく、長い紙がジグザグに折られているのですね。
「ご朱印帳と同じ作りで、印刷も京都で定評のある会社にお願いしています」
ライカM10モノクロームで仏像と向き合う
――話題を仏像の写真に戻します。今回の作品はライカM10モノクロームで撮影されたそうですが、その印象についてお聞かせください。
「これまでは正直なところモノクロームでの作品づくりは難しいと感じていましたが、今回仏像をテーマに撮ると決めたときにモノクロームの深さが生きるのではないかと感じたのです。ライカM10モノクロームはすごく階調の幅が広いことに加え、すべてを抽象化してくれると感じました」
――ただ写っているだけではなく、その先にある何かを表現できるカメラだということですね。
「また、実際に撮影してみてフィルムの大判カメラのような使い方ができるのではないかと思い撮影したところ、とても良い結果が得られました。大きな三脚にライカM10モノクロームを据えて、1分ほど露光しているカットもあります」
© Sudo Kazuya© Sudo Kazuya© Sudo K© Sudo Kazuya
――この写真、ピントが深くて細部に至るまで鮮明な描写ですね。昭和時代に土門拳が大判カメラでやっていたようなことを、本来の位置付けとしては小型速写カメラであるライカでやってみたという感じでしょうか?
「時代が変わっても仏像は何百年も前からそこにあります。機材が変わっても被写体に変化はありません。だからこそ最新の機材を用いて昔ながらの撮影スタイルで腰を据えて撮ることにトライしました。お堂の中は国宝に囲まれた状況なので、とても気を遣います。そこで大判カメラを設置したり移動させたりする際に生じるリスクや負担も少なく、小型のライカで撮れたこともありがたかったですね」
祈りの空間のなかで、使うべきカメラ
――そもそも、ライカを使い始めたきっかけは何だったのでしょう?
「10年ほど前に清水寺の撮影を始めた時の機材は日本製のデジタル一眼レフでした。それまであまり気にしたことはなかったのですが、本堂の下にある場所などに奥深く入っていくと、カメラのシャッター音がその場の空気にそぐわないと感じたのです。当時はミラーレスカメラがポピュラーではなく、デジタル一眼レフのサイズの大きさも気になりました。特に明るいレンズは巨大で、持ち運んでいる自分自身も違和感を持ってしまったのです」
――そこで、ライカという新たな選択肢が立ち現れたということですね?
「その頃にライカ京都店のプロモーションビデオの制作をする機会があり、どのようなメーカーなのかを調べていくことでライカの歴史や日本のメーカーとの違いを知りました。ライカカメラ社の社主である、アンドレアス・カウフマン博士の考えにも共感できるところがありファンになりました」
――カウフマン博士の、どのような考え方が心に響いたのでしょう?
「なぜ人は写真を撮るのか。写真の目的とは、思い出のため、生きるため、そして芸術のためである、という考え方です。普通のカメラメーカーであれば機能や性能を売りにするなか、写真とは何かを追求されていて、その考えから生まれてくるカメラは本質的なものだろうと思いました。そんなライカのカメラであれば清水寺での撮影でも相性が良いのではないかと思い、ライカM(Typ240)とフィルム機のライカM4で撮り始めたところ、とても良い結果が得られたのです」
――良い結果というのは、どのような手応えだったのでしょうか?
「その場にある、空気がそのまま写っていると思いました。それからずっとライカを使い、お寺だけでなく全ての仕事をライカで撮影するようになりました。確認が頻繁に必要な現場や動画撮影などではライカSLシステムも使っています」
――清水寺の撮影現場を記録した動画で、ライカM10モノクロームに望遠レンズを装着して撮られているシーンが気になっています。あのレンズは現行のMレンズやLマウントレンズではないような気がするのですが‥。
往年のライカRシステム用レンズも活用
「あれは、ライカR用の100mmのマクロレンズです」
――おお、フィルム一眼レフのライカRシステムとしてリリースされた名玉のアポ・マクロエルマリートRの100mmだったのですね!
「RレンズではズミルックスRの80mmも使っています」
――ライカM10モノクロームにフィルム時代の一眼レフ用レンズを装着して使うというのが興味深いです。
「ライカRレンズも使いましたが、今回の撮影にメインで使ったのはアポ・ズミクロンM f2/75mm ASPH.です」
© Sudo Kazuya© Sudo Kazuya© Sudo K© Sudo Kazuya
――フィルム時代の一眼レフ用ライカRレンズと現行品のライカMレンズを混在させても、まとまりのある写真が撮れていますね。
「他のカメラメーカーにできないことは、そういうことなのだと思います。時代が変化しても写真の本質的な部分を保ち続けているのがライカの素晴らしさです。カメラやレンズが次々に新しくなっても、写真そのものは変わりません。写真にその場の空気感もふくめて写すことができるという特質は、ライカしか持っていないのではないかと思います。そこに価値があって、その良さに気づいた人たちをライカは魅了していくのだと思います」
バライタ印画紙のプリントを展示
――プリントワークについておうかがいします。今回の展示作品はバライタ印画紙にレーザー光で露光させるラムダプリントで仕上げたそうですが、そのこだわりについて教えてください。
「写真を物体として捉えるとき、インクを乗せるのではなく光で画像を作っていくバライタ印画紙という存在そのものが美しいと思っています。液晶モニターではなく生のプリントを見ることができるチャンスがあるなら、それでしか体験できない美しさを追求したいのです」
――植物の繊維と微量の金属で構成されるバライタ印画紙に、木材を彫刻して貴金属の箔をまとった仏像のイメージをプリントするという行為が物理的に相似形を成していて哲学的かつ美しいですね。
「仏像を撮った作品は、実際には人間の眼ではここまで見えないのです。写真でしかできない表現をしたことに加えて、この写真でしか見ることのできないディテールを提示することや、自分たちが普段体験できないようなことを伝えられることが写真の持つ魅力です。記録ではなくアートとしての写真を見出すためにも、プリントにはこだわりました」
――ギャラリーに出向いてプリントを鑑賞することは、実はとても贅沢な体験なのだということを最近強く感じています。
「そうですね。写真撮影のワークショップに参加されている方の話を聞いてみると、ほとんどの人がプリントしていないことに驚かされます」
――それは、インクジェットでも出力していないということですか?
「はい。しかも家に戻ってモニターで見るどころかカメラの背面モニターで確認するだけで終わっている。10人のうち半数以上はそんな方という印象です。僕としては撮影したデータをPCにも取り込んでいないということがショックでした。面倒くさいとかやり方が分からないなど課題はあると思うのですが、それでは勿体無いと思います。撮った写真をPCのモニターで見てプリントするのは写真の楽しみが増える要素です。その楽しさを実際のプリントの展示を通じて伝えていきたいという思いがあります」
ライカは写真の本質と向き合うためのツール
――これからのライカに期待することがあれば教えてください。
「この先も続けていってほしいということぐらいでしょうか。このシステムを自分が写真を撮らなくなる日まで存続してくれれば嬉しいですし、僕らの子供たち世代まで引き継げるといいなと思っています。カメラとしての機能がアップデートされていくだけでなく、写真の本質に向き合えるツールとしてライカは適していますし、それを続けていってもらうことを期待しています」
――表面的な流行り言葉ではなく、本質的な意味での持続可能性をライカに求めるという須藤さんのご意見に賛同します。本日はとても興味深いお話が沢山お聞きできて感謝しています。どうもありがとうございました。
「こちらこそ、ありがとうございました」
写真展 概要
タイトル: 「微光の中で」
期間 : 2023年3月24日(金)-2023年6月29日(木)
会場 : ライカ大丸心斎橋店
大阪府大阪市中央区心斎橋筋1-7-1 大丸心斎橋店 本館6階 Tel. 06-4256-1661
展示内容: 清水寺の仏像をテーマに撮り下ろした作品13点
>>写真展詳細はこちら
須藤和也写真集「Sudo Kazuya - gleam」
今回のインタビュー内でご紹介した写真集「Sudo Kazuya - gleam」が2023年6月18日より発売。
写真展の開催期間中(~6/29)は、ライカ大丸心斎橋店でもお買い求めいただけます。
仕様 : 朱印帳製本 本文40P
スリーブケース:銀刷り / 本文:ダブルトーン印刷
サイズ : W208mm × H310mm(スリーブケース入り)
販売価格: 8,800円(税込)
発行元 : kiku label 初版 500部限定
発売日 : 2023年6月
須藤 和也 / Kazuya Sudo プロフィール
写真家 / 1980年 愛知県生まれ。2001年に写真家として独立。日本の風土と営み、職人や寺院に在る気配と祈りを写し出すことを目指している。
写真の経験を活かした映像表現を追求し2012年に写真と映像プロダクションであるディスカバリー号を設立。2013年より写真を通じて京都 清水寺の祈りの風景と重ね合わせ、仏教のあり方を模索するプロジェクト ‘FEEL_KIYOMIZUDERA”のフォトグラファーとして活動している。
Instagram @feel_kiyomizudera @sudokazuya