My Leica Story
ー まいけるひとし ー
前編
ライカプロフェッショナルストア東京では、東京と米ロサンゼルスを拠点に活躍する航空写真の世界的第一人者である、まいけるひとしさんの写真展「未知なる空港」を開催中(期間は2023年2月28日まで。3月11日からライカ松坂屋名古屋店へ巡回予定。)本写真展では、ヘリコプターからの真俯瞰で捉えた作品13点を展示。写真界の名だたる賞を受賞し、全世界で高い評価を受けている作品群はどのようにして生まれたのか?そこでライカが果たす役割とは?その撮影技法とカメラへのこだわりについてお話をうかがいました。
text:ガンダーラ井上
――本日は、お忙しいところありがとうございます。展示された作品を拝見して、空撮による統一感のある色面構成と緻密な構図の美しさに圧倒されました。これらの作品はすべて真俯瞰のアングルによるものですが、この独自のスタイルはどのようにして生まれたのでしょう?
© Michael Hitoshi
「きっかけは2008年に南仏のニースからパリに向かう飛行機の中からの光景でした。あの空港は海に浮いていて北側にニースの街並みが見えます。離陸した飛行機の窓の下に並んでいる屋根の色は南仏的なブラウンレッドで壁の色にも統一感があり、早朝の青い光との対比が驚くほど綺麗だったのです。そこで手元にあった「ライカM6」で反射的にパチッ!とシャッターを切りました。入っていたフィルムはISO100で、シャッター速度を遅くしても露出計の表示がマイナスになっていた記憶はあるものの、期待しつつ現像の上がりを見てみたら何も写っていなかったのです」
――それは大ショックです。確かに撮った。だけど何も写っていなかった。それがフィルムを現像するまで分からなかった。そうすると完全にまいけるさんの頭の中だけに記憶され、誰にも見せることのできない強烈なイメージが残されたということなのですね!
幻の脳内イメージを追って小型機に乗る
「そうです。それで東京に帰ってきて、とりあえず調布の飛行場からセスナの小型機に乗って写真を撮ろうとしました。ぐるっと東京方面に回って戻ってくるコースでしたが、もう離陸した瞬間から揺れが激しくて、本当に写真なんか撮っている場合じゃないという感じでした。15分ほどで銀座上空に来て、撮ったらすぐに戻ったのですが納得できる写真にはなりませんでした」
――南仏のニースで見たあの光景のようには撮れなかった?
「青の光を意識しているので、その時間帯に飛んでいる関係で光量が足らずシャッター速度も遅くなりますし、飛行機の翼がフレームに入らないようにするのに長い焦点距離のレンズを選んでいるので1/30秒でもブレブレみたいな状態でした。」
「セスナに乗ってみて感じたのは斜俯瞰なら誰でも撮れるアングルだということです。そこで何とか真下を見てみたいと思って、新木場にあるヘリコプターの会社に連絡をしました」
――ヘリコプターって操縦席の斜め下にも視界が確保されていると思いますが、そこから狙うと真下にならずセスナと同じような斜俯瞰のアングルになってしまいませんか?
「そこからではなく、ヘリコプターの底に開けてある丸穴を覗き込んで撮るんです」
――真下に向いた丸窓が、グラスボートみたいな感じでヘリコプターの底にはあるのですか?
「いえ、穴が空いているだけで何もないんです」
――えー! アクリルとか入っていなくて、ただの穴なんですね。ちなみに穴の直径はどれくらいのサイズでしょうか?
ヘリコプターの底にある穴から撮る
「30センチくらいかな。カメラは余裕で落ちる大きさです。もちろん落下防止の対応はしているからカメラも自分の身体も絶対に落ちないのは分かっているけれど本当に怖いんです。思ったような色の出る時間帯に銀座上空を飛んでいたのは10分程度でしたが、飛んでいるヘリコプターの中で四つん這いになってみるけれど、怖くて穴を覗き込めないんです」
© Michael Hitoshi
――まいけるさん、もしかして?
――実際にヘリコプターが飛んでいる高度は東京タワー以上ですよね?
「東京タワーは333mだから1000ftですが、それよりも何倍も高いです。せっかくヘリコプターで飛んだのに何も撮れないまま家に戻ってくることになって、根性ないなぁと思いながら。でも、どうしてもニースで見たあの世界を作品にして人に見せたい、あの感動を伝えたいという強い気持ちで、もう1回ヘリコプターでの撮影に挑戦したんです。でも、やっぱり怖くて穴を覗き込めませんでした」
真俯瞰の構図を実現すべく挑戦したものの
――ヘリコプターに乗ってからまだ1カットも撮っていないままの状態の繰り返しですね。「冗談抜きで、乗ってみてくださいと言いたいくらい実際に飛んでみると怖くて、2回目のフライトでも穴のある場所を見ることすらできない。ヘリコプターはすごく揺れていますし」
――確かに、まいけるさんの撮影を追った動画を拝見すると離陸時の挙動から飛行機とは明らかに違って、過激にロールしながら飛び上がっていました。
「それに、常にバンクをかけて傾きながら空中を滑っていくような飛び方なので、クルマのようにまっすぐに進む感じではないのです」
――いかにも乗り物酔いしそうな機体の動きですよね。それで2回目のフライトでも撮影できなかった。このままでは作品が生まれないままフライト代と文字数ばかりが費やされている気がします(笑)。
三度目の正直で、撮影に漕ぎ着ける
「安心してください。3回目のフライトでは、意を決して初めてファインダーを覗いたのです。そうすると不思議なもので、平気だということに気付きました。カメラを持って乗り込む時から怖くて仕方がないし、少し揺れただけでも機長に泣き言を言っているような状態なのは変わらない。でもファインダーを覗きながら身体ごと穴に向かっていくと、真下を見ることができたのです」
――何ということでしょう! すなわち写真家の視点で四角く切り取られた世界であれば自分のテリトリーだから怖くなかったんですね。
「そう、写真になる世界しか見ていなくて、そこだけに集中しているから平気なのです」
――すごい。あきらめずにチャレンジした甲斐がありました。
「もっと早く気づけば良かったと思いました(笑)。そこまでのフライト代は結構かかっていますからカメラを構えて穴を覗くまでに随分お金を使いました。3回目でやっとカメラは構えられたけれどやっぱり怖いのは変わらなくて、フィルム1ロールしか撮れませんでした」
――最初はフィルムカメラで撮影されていたのですね。
「当時は645サイズの中判一眼レフを使っていました。120フィルム1本回して、16カット撮るのが精一杯でした。それを現像所に出して、コンタクトプリントを見たらほとんど全部のカットを外しているんですよ」
――写っていたけれど思った通りには撮れていなかったということでしょうか?
「僕の感覚では当たっていると思ってシャッターを切っていたけれど、最初のコマから順番に見ていくとタイミングが少し遅かったり、ブレていたり、いい感じだけれどピントが微妙だったり、これは来ているけれど写真としてはダメという感じだったりしたのですが、最後から2コマ目に銀座4丁目の交差点を狙ったものがありました。その写真はブルーを基調として三越の光が黄色で、まさに自分の思い描いていた街の光が撮れたカットでした」
1コマだけ撮れたイメージ通りのショット
――まいけるさんの脳内イメージが写真として表出した記念碑的な1枚ですね!
「そのとき、これは見たことがない。俺がやりたかったことはコレだと思ったんです。今までいろんな写真を見てきましたが、これは世界中で撮っているやつはいないと確信しました」
――確かな手応えを得て、もう怖いものなしでバンバン空撮ができるようになったのでは?
「このスタイルで14年も撮影していますが、今でも怖いです。アシスタントが恐怖心で仕事にならなかったこともありました。離陸して3分で真っ青になって吐きまくって何もできないんですよ。それですぐ降りて聖路加病院の救急に連れて行って、その後3日間入院していました。ヘリコプターの中は与圧もしていないので空気が薄いんですよ。高度10000ftまで一気に上がると血が回らないので判断力も落ちます」
――写真を撮る時の感覚も掻き乱されそうです。
「ファインダーを見ながら、いいなと思ったら脳がシャッターボタンを押せと信号を出すわけじゃないですか。それが狂ってくるんですよね。目視で水平を調整して撮っているんですけれど、今でも真っ直ぐ地面に向いているのかどうか怖くてわからないです」
――恐怖心と戦いながらも、捉えられた光景は完璧なパースペクティブで垂直水平がビシッと揃っているのがすごいです。50cm下のデスクに置いたA4の書類の四隅を揃えて複写するだけで四苦八苦している身からすると驚愕のテクニックです。いよいよ作品とライカの関係についてお聞きしたいのですが、まだ大丈夫でしょうか?
「肝心のライカのことがまだでしたね(笑)。話を続けましょう」
後編に続く
写真展 概要
作家 :まいける ひとし
タイトル:未知なる空港
◆ライカプロフェッショナルストア東京(ライカ銀座店2F)
東京都中央区銀座6-4-1 2F Tel.03-6215-7074 月曜定休
期間:2022年12月9日(金)- 2023年2月28日(火)
>>写真展詳細はこちら
◆ライカ松坂屋名古屋店
愛知県名古屋市中区栄3-16-1 松坂屋名古屋店 北館3階 Tel. 052-264-2840
期間:2023年3月11日(土)- 7月6日(木)
>>写真展詳細はこちら
まいける ひとし/Michael Hitoshi プロフィール
1967年香川県高松市生まれ。 ニースからパリに向かう機中からのエアリアルビューに魅せられ、航空写真家としての道を歩み始める。トワイライトの瞬間に真俯瞰で撮影し続ける事で、独特な色彩やコントラストで表現された作品は、想像力をかきたてアイデンティティーを感じさせる。 中でも2012年にトワイライトシリーズが、PX3(Paris)最優秀賞、2013年に発表したラインシリーズはインターナショナルフォトグラフィーアワード(USA)スペシャル部門最優秀賞を受賞、ハッセルブラッドマスターズファイナリスト等、世界中で数々の賞を受賞し全世界で高い評価を受け、UAEドバイ首長国、高松市役所、高松空港に所蔵された。 近年では、トワイライト、ヒューマン、パッションをテーマにし、世界中の空を舞い芸術作品を制作し、国内外で個展を開催している。