My Leica Story
ー まいけるひとし ー
後編


ライカプロフェッショナルストア東京では、東京と米ロサンゼルスを拠点に活躍する航空写真の世界的第一人者である、まいけるひとしさんの写真展「未知なる空港」を開催中(期間は2023年2月28日まで。3月11日からライカ松坂屋名古屋店へ巡回予定。)本写真展では、ヘリコプターからの真俯瞰で捉えた作品13点を展示。写真界の名だたる賞を受賞し、全世界で高い評価を受けている作家が実は高所恐怖症だったことが前半で判明。後半では、作品作りとライカが果たす役割について掘り下げていきます。

text:ガンダーラ井上



――今回の展示には、1カットだけフィルム中判一眼レフによる作品がありましたが、それ以外は全て「ライカSL2」と「アポ・ズミクロンSL f2/35mm ASPH.」で撮影されています。空撮用のカメラに広角レンズである35mmを選ばれた理由は?


実際の撮影に使用されたカメラとレンズ


「中判一眼レフでは開放f値の関係で80mmの標準レンズを使いますが、35mm判の場合は最近では35mmの広角レンズを使っています。50mmにすると思った範囲を撮るのに高度を上げないといけないので本当に怖いんですよ(笑)。それに高度10000ftあたりまで一気に上がると空気が薄くなって、血が回らなくなってくると判断力も落ちて、自分が何をやっているのか分からなくなってくるので。だから広角で広い範囲が写った方がいいなと。35mmの画角なら高度3000ftでもイメージに近い範囲が撮れます」

――とはいえ、広角レンズになるほどパースペクティブが誇張されるので四隅がしっかり垂直になるようにカメラのポジションを完璧に整えて撮るのは難しい気もします。ところで、フライト前にどの地点のどの範囲をフレームに入れるというシミュレーションはされるのでしょうか?

飛行高度と画角から撮影範囲を予測する

「35mmをつければこれくらいの範囲が写るだろうと考えてから飛びます。対角線の画角63 度で計算して、この高度であれば地図上のどこまでが写るかを予測してから飛ぶのですが、だいたい当たったことはなくて、何かが違うんですよね」

――その場合、ヘリコプターの高度をエレベーターに乗っているみたいな感じで上げたり下げたりして撮るのですか?


「ヘリコプターは、まっすぐ垂直に上がったり下がったりせず、大きく旋回しながら飛行するのが基本です。だから、1回入ったポイントに『高度上げて下さい』と再進入の指示を出して、そこから旋回しながら上がっていきます。入り直してちょっと違えば『あと500ft下げてください』とか調整しながら何回かトライしていく感じです」

――そうやってファインダーの中で捉えた画像が、そのまま作品になるのですね。

「今回の展示ではプリントと撮影フォーマットの関係で左右が2cmくらい切れていますが、トリミングは、ほぼしていません」

――すべての作品が、一撃必殺の瞬間に撮られている!



空中の一点でしか捉えられないシャッターチャンス

「そうですね。僕がシャッターを切った瞬間にはこの画が見えていて、だんだん映画みたいに動いていくんです」

――空中に敷設したレールを走るドリーカメラというか、ものすごい高さのクレーンショットのような視界の変化ですね。

「そうです。だんだん動いてきて、四隅を合わせていくことを目視でやりながら完全に光軸が地面と垂直になるようにカメラの向きを微調整しながらシャッターを押していきます。だから写真を撮るときには目玉がぐるぐる回っているみたいな感じです」

© Michael Hitoshi HNL T2 TAXIWAY 2022 APO-SUMMICRON SL f2/35mm ASPH. 1/125 f2

――それで気持ち悪くなったりしませんか?

「ファインダーを覗き続けていれば集中しているので大丈夫です。もうちょっとだ、来い!来い!来い! 来た! パチ!みたいな。そういうイメージですね」

――本当に瞬間の勝負なんですね。いいところを探しまわりながらヘリコプターを空中で静止させてじっくりと撮っているのかと思っていました。撮影する時刻は決まっているのでしょうか?


理想の光線状態は、わずか10分間

「自然光が青く、タングステンの暖色系の光と混じり合う時間帯です。冬なら日没の4時半頃から10分後ぐらいですね。何回も飛んでやっと分かったのは、空港って意外と暗いということです」

――そうすると、最近のデジタルカメラは高感度に設定できるからISOの数値を上げる?

「感度はISO400から1600の間ですね」

――まるでフイルムカメラのような感度設定ですが、その理由は?

「僕の写真のように中間色が多いと、高感度にすると明るい部分のノイズが目立ってきてしまいます。デジタルカメラでもISO1600が限界で800に抑えたいところです」

――コントラストを強めるタイプの写真なら気にならなくても、微妙な色彩のグラデーションを出そうとするとISO1600より感度を上げると難しいのですね。

© Michael Hitoshi HNL USAF 2022  APO-SUMMICRON SL f2/35mm ASPH. 1/125 f2

「昼間の写真やシャドウを黒く潰した夜景ではそれほど差が出なくても、その中間の条件ではカメラを操作する僕も厳しいですけれどカメラも同じように厳しいと思います。そういうときにカメラのポテンシャルって出ますよね」



空撮での作品にライカを使う理由

――その厳しい条件をクリアできる機材としてライカを使われているのですね。

「今は主にライカしか使っていません。一応フルサイズの他社製ミラーレス機にf1.2の標準レンズをつけたものと、フィルムの中判一眼レフにf2の標準レンズを装着したセットも現役で常に積んでいて、たまにフィルムで撮ることもあります」

――どの機材も開放f値のスペックが高い大口径レンズですね。感度を抑えた設定で撮影するとなると、レンズの明るさが必要になってくるということでしょうか?

「絞り値の半段階で撮れるものが違ってくるので、やっぱり明るいレンズであることは重要です。f2.8だと全然ダメです。30年以上写真を撮っていますが、やはり写真を決めるのはレンズです。もうその一言ですね。なるべく明るくて、しかも絞り解放で平面が平面として撮れる完成度の高いレンズを装着した方が間違いなく良い結果が得られます」

――その厳しい選定を経て、「アポ・ズミクロンSL f2/35mm ASPH.」をスタメンとして登用中ということですね。


後処理に頼らずにレンズの性能で勝負する

「ライカのレンズの良さはずば抜けていますよ。同じ画角の35mmレンズでも、ドイツで設計された他社製の最高級グレードの製品ですら写真の真ん中が丸く盛り上がって見えるんです。やっぱりライカのレンズの平面性は高いですよ。景色が曲がっていない。50mmや90mmで真っ直ぐ撮るのは日本の製品でも問題ありませんが、ワイドな画角で平面を平面として撮れるレンズは僕が使った限りではライカのレンズしかないです。一億画素クラスの中判デジタルカメラ用レンズでも絶対に曲がっています。画面の中央がボコっと出ているように見えてしまう。その歪みはレタッチ用のソフトで修正できますが、中心の気になる部分を修正すると、それ以外の部分との違和感が生じてしまう。加工するのと元々まっすぐに記録しているのは全然違うものなのです。

© Michael Hitoshi Sapporo 2021 APO-SUMMICRON SL f2/35mm ASPH. 1/125 f2

――絞りはいつでも開放。そしてモチーフは直線基調ですからレンズにしてみたら性能試験をされているような状況になります。

「レンズにとって一番厳しいですね。僕の考え方は、僕にしかできないこと、すなわちプロのクオリティの作品をプリントされたアートとして出そうというコンセプトです。そこで一番大事なのは本当にレンズだと思います。極論としてはレンズ以外の部分はそれほど気にしていないんです。僕のイメージとしてはライカは世界一のレンズを作るために存在している。きっとライカはそのようなポリシーでレンズを製造されていると思うんです」

――このご意見を、ライカカメラ社のレンズ設計責任者が聞いたら喜んでくれると思います。ライカLマウントのプライムレンズは、デジタル技術で歪みを矯正することに頼らず、実直に光学的な要素を研ぎ澄ましていくことを目指しているそうです。

「そのような姿勢で設計された素晴らしいレンズを僕はただ選択して使っているわけですが、僕の個人的な要望としてはカメラ本体よりも、もっと良いレンズを出して欲しいですね」

――まいけるさんの考える、理想のレンズとはどのようなものでしょう?

過剰な演出をせず、見えたままを写す

「良いレンズとは何かというと、ただ見たものを綺麗にそのままの色で出してきてくれればいいという純粋な欲求があります。僕はそれこそが写真だと思っていて、何か手を入れていくのは虚像だという考え方です」

© Michael Hitoshi HND T1 2022 APO-SUMMICRON SL f2/35mm ASPH. 1/125 f2

――具体的に、こんなレンズがあったらいいと思うものはありますか?

「正直20mmとか欲しいですね。対角線の画角が90°程度のワイドで開放f値が2のアポ・ズミクロン。大口径で絞り開放でも平面を平面として撮れることが条件です。常識的にそんなレンズ今までなかったじゃないですか」

――そのレンズなら、かなり高度を下げてでも思ったような範囲が撮れますね。上空で冷静な判断ができるし、飛んでいることへの恐怖心も低めですし、完成度の高い作品が創れそうですね。

「そこですか(笑)。分からないですけれど、そういうレンズって僕らが見たことのない表現を生み出して、世の中に出ていく写真の種類が変わってくるはずです。それまで見えなかった世界を、そのレンズなら撮れるということがあり、カメラメーカーが作家を引っ張っていってくれている。そのために、本当にいいレンズを作り続けてくださいということです。Lマウントのアポ・ズミクロンSL f2/20mm ASPH. が出てきたら強烈ですよね。そんなレンズで写真を撮ってみたいですね」

――写真の本質はレンズにあり、新たなレンズが見たことのない作品を生み出す鍵となる。まいけるさんのこれから撮影される作品に、ライカの新しいレンズがどのような刺激を与えていくのかを考えると胸躍るものがあります。本日は、作家本人でなければ語れない珠玉のエピソードをお聞きできて本当に楽しかったです。どうもありがとうございました。

「こちらこそ、ありがとうございました」



前編を読む

記事中に出てきた関連商品:ライカSL2 ライカ アポ・ズミクロンSL f2/35mm ASPH.




写真展 概要

作家 :まいける ひとし
タイトル:未知なる空港

ライカプロフェッショナルストア東京(ライカ銀座店2F)
東京都中央区銀座6-4-1 2F Tel.03-6215-7074 月曜定休
期間:2022年12月9日(金)- 2023年2月28日(火)

>>写真展詳細はこちら

ライカ松坂屋名古屋店
愛知県名古屋市中区栄3-16-1 松坂屋名古屋店 北館3階  Tel. 052-264-2840
期間:2023年3月11日(土)- 7月6日(木)

>>写真展詳細はこちら




まいける ひとし/Michael Hitoshi プロフィール

1967年香川県高松市生まれ。 ニースからパリに向かう機中からのエアリアルビューに魅せられ、航空写真家としての道を歩み始める。トワイライトの瞬間に真俯瞰で撮影し続ける事で、独特な色彩やコントラストで表現された作品は、想像力をかきたてアイデンティティーを感じさせる。 中でも2012年にトワイライトシリーズが、PX3(Paris)最優秀賞、2013年に発表したラインシリーズはインターナショナルフォトグラフィーアワード(USA)スペシャル部門最優秀賞を受賞、ハッセルブラッドマスターズファイナリスト等、世界中で数々の賞を受賞し全世界で高い評価を受け、UAEドバイ首長国、高松市役所、高松空港に所蔵された。 近年では、トワイライト、ヒューマン、パッションをテーマにし、世界中の空を舞い芸術作品を制作し、国内外で個展を開催している。

https://www.michaelhitoshi.com/