Mレンズの性能比較

APO-SUMMICRON・SUMMICRON・SUMMILUX

text & photo: 写真家 藤井 智弘



35mm判の標準レンズ、50mm。肉眼に近い画角で、自然な遠近感の写真が撮れる。1925年に発売された量産型ライカ、35mm判カメラの1号機であるライカI(A型ライカ)にも50mmレンズが装着されていた。以来、50mmレンズは35mm判の標準レンズとされている。


使用機材:「ライカM11」「ライカ アポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH.」「ライカ ズミクロンM f2/50mm」「ライカ ズミルックスM f1.4/50mm ASPH.




 1954年から続くライカのレンジファインダーシステム「ライカMシステム」には、超大口径からコンパクトなタイプまで、様々な50mmレンズがラインナップされている。その中でもスタンダードと呼べるのが、今回の「アポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH.」「ズミクロンM f2/50mm」「ズミルックスM f1.4/50mm ASPH.」の3本だ。それぞれの特徴や描写の違いは気になるところ。そこでこの3本を比較してみた。

 ライカファンならご存知の方もいると思うが、ライカのレンズには開放F値の違いによる上下関係がない。多くのメーカーは開放F値が小さいと高級、大きいとエントリータイプとするケースが見られる。しかしライカは横並び。すべてのライカMレンズが製造から描写までこだわりぬいた最高の製品だ。自分の撮影スタイルや好みで選択する。そのため表現によって使い分けができるよう、同じ焦点距離のレンズを何本も所有するライカユーザーもいるほどだ。


 まずは、それぞれのレンズの歴史を見てみよう。現在、開放F2の50mmレンズは2種類ある。「アポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH.」と「ズミクロンM f2/50mm」だ。F2の50mmレンズの歴史は長く、初代は1933年に登場した「ズマール f2/50mm」だ。そして1939年に「ズミタール f2/50mm」にモデルチェンジする。そのズミタールを改良したのが、1953年に登場したズミクロンだ。以降、開放F2のレンズには、焦点距離に関わらず基本的にズミクロンの名前が付けられている。ズミクロンは絞り開放から安定した描写性能を誇り、ライカの定番レンズとして高い人気を得た。

 初代ズミクロンは沈胴式だったが、やがて固定鏡筒に変更。1969年には二代目が登場した。外観も光学系も一新され、カラーフィルムの使用も考慮した設計となっている。1979年に現行のズミクロンと同じ光学系になり、マイナーチェンジを経て現在に至る。そして2013年、アポクロマート補正レンズや非球面レンズを使用し、極めて高い解像力を誇る「アポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH.」がラインナップに加わった。



ライカM11+アポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH.



ライカM11+ズミクロンM f2/50mm



ズミクロン f2/50mm(第二世代)(本人私物)

1969年に発売された、第二世代と呼ばれる「ズミクロン f2/50mm」。初期の沈胴式や固定鏡筒の第一世代と比べてモダンなデザインに一新され、カラーフィルムでの使用を考慮した設計を採用している。ここから最短撮影距離は、現在と同じ0.7メートルになった。


 「ズミルックスM f1.4/50mm ASPH.」のルーツは1936年の「クセノン f1.5/50mm」にさかのぼる。当時はまだ開放F1.4ではなく開放F1.5だった。1949年にクセノンを改良した「ズマリット f1.5/50mm」にモデルチェンジ。1959年、ついにF1.4になった初代「ズミルックス f1.4/50mm」が登場する。ここからF1.4のレンズは、基本的にズミルックスと呼ばれる。1961年には光学系を変更した2代目に。そして最短撮影距離が1mから0.7mになるなど改良が行われた3代目を経て、2004年に非球面レンズやフローティング機構を搭載した現行モデルの「ズミルックスM f1.4/50mm ASPH.」になる。どのモデルもライカらしい歴史を持ち、時代にマッチした最高のレンズを製造し続けている姿がうかがえる。






ライカM11+ズミルックスM f1.4/50mm ASPH.



ズマリットf1.5/50mm(本人私物)


ズミルックスの前身となる「ズマリット f1.5/50mm」。発売当初はスクリューマウントだったが、1954年に「ライカM3」の登場と共にMマウント化された。まだ等間隔ではない絞り表示から、古い世代のレンズであることが感じられる。

 いよいよ撮り比べだ。カメラは「ライカM11」を使用。フィルムモードはスタンダード、ホワイトバランスはオートに設定した。同条件での比較では人物を撮影。アポ・ズミクロンとズミクロンは絞りをF2、F4、F8に設定。ズミルックスはそれにF1.4を加え、それぞれ順光と逆光で撮影した。

 順光の絞り開放(F2、F1.4)はどれもクリアな写りだ。その中でもひと際高い解像力を持つのがアポ・ズミクロン。まつ毛や髪の毛の1本1本までシャープに再現している。逆にズミクロンはアポ・ズミクロンほどの解像力は持たない。しかし柔らかい描写はこのレンズならではの味わいがある。ズミルックスは他より1段明るいこともあり、大きなボケが楽しめる。F1.4の描写は十分高い解像力だが柔らかさも持ち、雰囲気のある写り。F2に絞ると、アポ・ズミクロンに迫る解像力が得られる。

 絞りF4も、やはりアポ・ズミクロンのシャープさが際立つ。しかしボケは硬くならず、自然な立体感だ。ズミクロンは解像力こそアポ・ズミクロンに及ばないものの、柔らかで自然なボケが楽しめるレンズだ。そしてズミルックスはアポ・ズミクロン並みの解像力。ボケ味も含め、どちらで撮ったか区別できないほど似ている。

 絞りF8では、3本とも似た印象だ。わずかにズミクロンの解像力が低いが、滑らかな階調を感じる。またズミクロンは他の2本と比べ、F値に関わらずわずかに青みに寄った色調だ。そのせいか、すっきりした印象を持つ。アポ・ズミクロン、ズミルックスは共に細かい部分までしっかり解像する。


●順光比較作例(絞り開放~F2)

アポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH. 絞りf2(絞り開放)

ズミクロンM f2/50mm絞りf2(絞り開放)

ズミルックスM f1.4/50mm ASPH.絞りf1.4(絞り開放)

ズミルックスM f1.4/50mm ASPH. 絞りf2

 それぞれのレンズの絞り開放では、やはりアポ・ズミクロンの解像力が最も高い。ズミルックスも1段明るいF1.4ながら高い解像力だ。ズミクロンは解像力こそ他の2本に及ばないが、優しい雰囲気を感じさせる。またズミルックスをF2に絞ると、アポ・ズミクロン並みのシャープな描写。ボケはやはりズミルックスのF1.4が大きく、人物が浮かび上がってくるようだ。F2のボケはどれも似た傾向だが、ズミクロンはクラシカルなボケ味。いわゆるオールドレンズが好みの人に向いている。ズミルックスのボケが最も柔らかく、アポ・ズミクロンは解像力が高いもののボケ味も優秀だ。



●順光比較作例(絞りF4)

アポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH. 絞りf4

ズミクロンM f2/50mm 絞りf4

ズミルックスM f1.4/50mm ASPH. 絞りf4

 3本ともシャープだが、やはりアポ・ズミクロンとズミルックスの解像力の高さが目立つ。ただズミクロンは、その分まったりした写り。人物の肌を滑らかに表現できている。ボケは3本ともよく似ている。どれもライカのレンズらしい描写と言える。強いて言えば、ハイライトのボケはズミルックスが硬く、次いでズミクロン。アポ・ズミクロンが最も柔らかい。



●順光比較作例(絞りF8)

アポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH. 絞りf8

ズミクロンM f2/50mm 絞りf8

ズミルックスM f1.4/50mm ASPH. 絞りf8

 ここまで絞ると、3本の描写の差はほぼない。やはりアポ・ズミクロンとズミルックスは解像力が非常に高いが、ズミクロンもよほど拡大して比較しない限りほぼ変わらない。どれもシャープな写りだ。ボケも区別つかないほど似ている。背景の木の枝のボケ具合もほぼ同じ。順光で絞り込んだ撮影では、3本どれを選んでも同様の仕上がりが得られる。



 逆光でも同様の撮影を行った。撮影したのは12月中旬。日中でも低い位置から射るように照らす冬の光は、レンズにはとても厳しい条件だ。そうした中でも、アポ・ズミクロンとズミルックスは、絞り開放からコントラストの高い描写が得られた。ズミクロンの絞りF2はフレアが出ている。とはいえ、それが逆に味わいのある仕上がりだ。シネマでもあえてフレアやゴーストを出して雰囲気を出す表現があるため、一概にフレアが悪とは言えない。ズミルックスはF1.4まであるため、他の2本より大きなボケが楽しめる。解像力のアポ・ズミクロン、雰囲気のズミクロン、ボケのズミルックス、と言えそうだ。

 絞りF4の比較で注目なのが、アポ・ズミクロンのボケだ。他の2本のボケがやや硬くなったのに対し、アポ・ズミクロンはハイライトのボケが角張らず、柔らかいボケ味を持つ。アポ・ズミクロンと言うと解像力ばかりがクローズアップされがちだが、実は自然なボケ味も魅力なのだ。ズミクロンのF4はフレアが消え、クリアな描写になった。

 絞りF8のボケの傾向は、3本ともほぼ同じだ。レンズによってボケのバラつきが抑えられているのは、ライカのレンズ設計に一貫性があることがうかがえる。



●逆光比較作例(絞り開放~F2)

アポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH.絞りf2(絞り開放)

ズミクロンM f2/50mm絞りf2(絞り開放)

ズミルックスM f1.4/50mm ASPH. 絞りf1.4(絞り開放)

ズミルックスM f1.4/50mm ASPH. 絞りf2

 冬の光は低くて強く、レンズには非常に厳しい。すぐわかるのが、ズミクロンのフレア。他の2本より基本設計が古いのを感じる。しかし、それが光を感じさせ、空気感を演出するのに向いている。そしてアポ・ズミクロンは逆光に強く、高い解像力とクリアな描写が味わえる。ボケもズミクロンより柔らかい。ズミルックスも同様にヌケの良い描写だ。やはりF1.4のボケは大きく、アポ・ズミクロンやズミクロンでは得られないボケの表現ができる。F2に絞るとハイライトのボケがやや角張るものの、柔らかさを持ったボケだ。高い解像力と柔らかいボケのアポ・ズミクロン、クラシカルな雰囲気を持つズミクロン、シャープさと大きなボケを味わえるズミルックスと言える。



●逆光比較作例(絞りF4)

アポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH. 絞りf4

ズミクロンM f2/50mm 絞りf4

ズミルックスM f1.4/50mm ASPH. 絞りf4

 F4に絞ると、ズミクロンもフレアが消え、アポ・ズミクロン、ズミルックスと見分けがつかないほどの描写になった。解像力も3本とも申し分ない。背景の花壇の花を見ると、ボケの傾向もほぼ同じだ。ただズミクロンとズミルックスは絞り羽根の影響により、ハイライトが角張っている。特にズミルックスは目立ちやすい。アポ・ズミクロンは円形に近く、自然なボケ味だ。




●逆光比較作例(絞りF8)

アポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH. 絞りf8

ズミクロンM f2/50mm 絞りf8


ズミルックスM f1.4/50mm ASPH. 絞りf8

 F8まで絞ると、順光と同じく3本とも見分けられないほど似た描写になる。ボケ味もほぼ変わらない。強いて言えば、アポ・ズミクロンとズミクロンのコントラストが高く、ズミルックスよりメリハリを感じる。とはいえ、その差はごくわずかだ。どれを選んでもライカの写りが楽しめる。あとは絞りを開けたときの描写の違いで、好みのレンズを選ぶと良いだろう。


 ライカユーザーにはモノクロームの作品を発表する人も多い。長い歴史を持つライカはモノクロームへの造詣も深く、モノクローム撮影専用機があるのもその現れだ。そこで「ライカM11」のフィルムモードをモノクロに設定し、3本のレンズをモノクロームでの階調再現を比較してみた。光は明暗の差がわかるように斜光、絞りはF5.6に統一した。

 結果は3本のレンズ共に甲乙つけがたいほど近い仕上がりだ。ただし木の塀を見ると、ズミクロンがわずかに明暗の差が少なく、柔らかいように見える。またズミルックスは最も明暗の差が大きく見える。アポ・ズミクロンはその中間だ。この日は雲ひとつない快晴だったので、レンズの描写の違いだろう。どのレンズを使っても、モノクロームでは良好な結果になった。

●モノクローム比較(絞りF5.6)

アポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH. 絞りf8

ズミクロンM f2/50mm 絞りf8


ズミルックスM f1.4/50mm ASPH. 絞りf8

 モノクロームの階調再現はどうなのか、「ライカM11」のモノクロモードで比べてみた。絞りはF5.6に設定。ハイライトとシャドーの階調がわかりやすいようにサイド光で撮影した。結果は、絞っているからか、ほとんど差がない。ズミクロンがわずかだがシャドーが明るく、階調が出やすいように見える。トラディショナルなライカの描写という印象だ。モノクローム派は、ズミクロンに注目してもよいだろう。もちろんアポ・ズミクロンやズミルックスでもキリッとしたモノクローム写真が楽しめる。

 この3本の選び方は、解像力重視なら間違いなくアポ・ズミクロンだ。歴代のズミクロンは絞りを開けても絞っても安定した描写が持ち味だが、アポ・ズミクロンはそれを極めて高い次元で実現している。特に「ライカM11」や「ライカM10-R」など4000万画素を超える機種では、アポ・ズミクロンのポテンシャルが一層感じられるはずだ。

 トラディショナルなライカらしい味わいが好みならズミクロンがおすすめ。強い逆光ではフレアが出やすいものの、それがその場の空気感に繋がっていく。「ウル・ライカ」から100年以上を誇るライカの歴史が堪能できる写りだ。

 大きなボケを生かしたいならF1.4のズミルックス。アポ・ズミクロンとズミクロンのF2と比べて、1段分のアドバンテージは大きい。しかもアポ・ズミクロンに迫る高い解像力も併せ持ち、高画素機でも安心して使える描写力が楽しめる。また暗所でもF1.4の明るさが強い武器となるのは言うまでもない。

 アポ・ズミクロン、ズミクロン、ズミルックス、どれを選んでもライカだからこその描写が得られる。あとは自分の好みで選んでほしい。

●自由作例:アポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH.

絞り開放から驚くほど高い解像力を持つアポ・ズミクロン。しかし柔らかいボケ味も同時に持っている。ランプの金属の質感と背景のボケを意識した。 

ライカM11 F2 1/250秒 -0.7EV ISO64 WBオート



トゥクトゥクの車体の立体感が見事に再現されている。絞り開放から優れた描写性能を発揮するライカレンズのメリットが伝わる写真だ。 

ライカM11 F2 1/200秒 -0.7EV ISO64 WBオート




葉の一枚一枚がしっかり解像されている。ハイライトからシャドーへの階調再現も素晴らしい。解像力、階調再現、ボケ味、すべての要素を高次元で融合しているレンズを求めるなら、アポ・ズミクロンがイチオシだ。 

ライカM11 F8 1/250秒 +0.3EV ISO64 WBオート


●自由作例:ズミクロンM f2/50mm

絞り開放の解像力より、階調再現やノスタルジックなボケ味を求めるならズミクロン。角が取れたような、優しい描写が堪能できる。雰囲気を重視したスナップに最適だ。 

ライカM11 F2 1/640秒 ISO64 WBデイライト



絞ると解像力が上がり、シャープな描写になる。ビルの窓枠などがキリッとした写りで再現された。リアル感のある写りだ。 

ライカM11 F5.6 1/750秒 -0.3EV ISO64 WBオート



クラシカルな描写は、モノクローム写真にもよく似合う。冬の光と奥行き感のある仕上がりになった。「ライカM10モノクローム」などモノクローム撮影専用機ユーザーも注目だ。 

ライカM11 F2 1/8000秒 ISO64 WBオート


●自由作例:ズミルックスM f1.4/50mm ASPH.

F1.4のボケと小型で高い機動力を持つレンズ。絞り開放でも解像力は高いが柔らかさもあり、ボケを生かしたポートレートに最適だ。またF1.4のボケ味の良さもこのレンズの魅力。 

ライカM11 F1.4 1/2000秒 ISO64 WBオート



フローティング機構を採用し、近距離から遠景まで安定した性能が得られる。最短0.7メートルで野菜をクローズアップ。甘さのない引き締まった写りだ。 

ライカM11 F2.8 1/160秒 -0.3EV ISO64 WBデイライト



F1.4の明るさは、薄暗くなる夕暮れや室内などでの撮影でも威力を発揮する。特に「ライカMシステム」は手ブレ補正を持たないため、非常に有効だ。F1.4を生かした雰囲気のある写真を狙いたい。 

ライカM11 F1.4 1/100秒 -0.7EV ISO64 WBデイライト




写真家

藤井 智弘 (ふじい ともひろ)

東京都生まれ。東京工芸大学短期大学部写真技術科卒業。1996年に写真展を開催後、フリー写真家になる。各種撮影の他、カメラ専門誌やカメラ専門Webサイトでの撮影や執筆などで活動。また写真講座等の講師も行う。作品では国内や海外の街を撮影。ライカ直営店でも作品が展示される。主な写真展に「PEOPLE」(1996年)、「LISBOA」(2010年)、「My Favorite Moments」(2021年)、「ROMA 2004」(2022年)など。公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員。