Mレンズの性能比較

NOCTILUX 50mm

text & photo: 写真家 藤井 智弘

 

 


ノクティルックスは、F1.4のズミルックスより明るい、ライカの超大口径レンズに付けられる名称だ。ノクティルックス(NOCTILUX)のノクティ(NOCTI)とはラテン語で「夜」を意味する。ノクターン(夜想曲)のノクトと同じだ。そしてLUXは光。つまり夜のような暗所でも光をとらえ、速いシャッタースピードが得られるレンズ、という意味だ。これまでノクティルックスはすべて焦点距離50mmだったが、現在は50mmに加え、中望遠レンズの「ノクティルックスM f1.25/75mm ASPH. 」も存在する。

最初のノクティルックスは、1966年に登場した「ノクティルックスf1.2/50mm 」になる。このレンズの大きな特徴は、写真用レンズとしては初めて非球面レンズを採用したことだ。これまでもF1.4を切る明るさのレンズは存在していたものの、非球面レンズを使用したことはなかった。非球面レンズを採用した「ノクティルックスf1.2/50mm 」は、球面レンズのみで構成された大口径レンズよりも優れた描写性能を発揮したものの、当時の非球面レンズの製造には現在のようなガラスモールドなどはなく、非常に手間がかかった。そのため生産本数はわずか1700本強と言われ、現在の中古市場では極めて高価に取り引きされている。

1976年、ノクティルックスの第二世代となる「ノクティルックスM f1/50mm」が登場した。初代のF1.2より明るいF1を実現。しかも非球面レンズは使わず、球面レンズのみで構成されているのが特徴だ。この第二世代は30年以上製造されるロングセラーとなり、ノクティルックスは超大口径レンズを代表するレンズ名として広く認知された。なお初期のF1はフードが脱着式だったが、後期では収納式になっている。

そして2008年、ついにF1を切ったF0.95の明るさを持つ現行モデルの「ノクティルックスM f0.95/50mm ASPH.」が登場した。最新光学技術と進化した非球面の技術により、F0.95ながら絞り開放でも優れた描写性能を発揮する。

2021年、ライカMレンズのクラシックシリーズとして、初代ノクティルックスであるF1.2のモデルが復刻。「ノクティルックスM f1.2/50mm ASPH. 」が発売された。オリジナルの光学設計を踏襲し、クラシカルな描写が楽しめるレンズだ。レギュラーモデルはブラックのみだが、2021年の登場と共にシルバーも限定100本が販売された。


現在はF0.95とF1.2の2本をラインナップするノクティルックス50mm。どちらにするか迷う人もいるだろう。そこで「ノクティルックスM f0.95/50mm ASPH.」と「ノクティルックスM f1.2/50mm ASPH. 」を「ライカM11」で撮り比べてみた。

 


ライカM11 +ノクティルックスM f0.95/50mm ASPH.


「ノクティルックスM f0.95/50mm ASPH.」を「ライカM11」に装着すると、やはり大柄なレンズだと感じる。しかしAFをはじめとする電子制御類や自動絞り機構は持たないため、F0.95という超大口径としてはコンパクトだ。フードは収納式。



ライカM11 +ノクティルックスM f1.2/50mm ASPH.


「ノクティルックスM f1.2/50mm ASPH. 」は「ノクティルックスM f0.95/50mm ASPH.」ほど大柄ではなく、「ライカM11」とよくマッチしている。フォーカスリングのデザインは初代のノクティルックスを感じさせ、ライカファンならずとも魅力的に見えるだろう。フードは着脱式。特徴的な先端がすぼまっていて、三つのスリットがあるライカらしい形だ。



それでは描写の違いはどうだろうか。特にボケの違いは気になる。ここでは公園のベンチを撮影し、ベンチの手前から奥までのボケ方、そして背景のボケを比べてみた。なおピントはベンチの背もたれを止めている手前のビスに合わせている。絞り優先AEに設定し、絞り値は開放、F1.4、F2.8で撮影した。

f0.95/50mm ASPH. 絞り開放

f1.2/50mm ASPH. 絞り開放

一見してすぐわかるのが、「ノクティルックスM f0.95/50mm ASPH. 」の絞り開放でのボケがとても大きいことだ。ベンチの奥側は、形がわからなくなりそうなほど。これが50mmレンズでF0.95のボケだ。だが決して不自然ではなく、滑らかなボケ味を持っている。

それに対し「ノクティルックスM f1.2/50mm ASPH. )」の絞り開放は、さすがにF0.95ほどの大きなボケではないものの、柔らかい描写が得られた。そして、ぐるりと円を描くようなボケだ。こうしたボケは、クラシックレンズでよく見られる。F1.2は1960年代の復刻レンズであることを感じさせる描写だ。

 

f0.95/50mm ASPH. 絞りf1.4

f1.2/50mm ASPH. 絞りf1.4

絞りをF1.4に設定。「ノクティルックスM f0.95/50mm ASPH. 」は絞り開放より被写界深度が深くなった印象だ。画面周辺部も開放より明るくなっている。また点光源のボケが角張らず、素直なボケだ。ピントが合った部分のシャープさとボケの柔らかさが同居した描写を持つ。
「ノクティルックスM f1.2/50mm ASPH. 」をF1.4に絞った描写は、わずかに被写界深度が深くなったが、「ノクティルックスM f0.95/50mm ASPH. 」ほどの差は感じられない。こちらも点光源のボケは角張らず素直だ。絞り開放で柔らかさを持ったボケも、その雰囲気を残している。やはりクラシカルな写りだ。

 

f0.95/50mm ASPH. 絞りf2.8

f1.2/50mm ASPH. 絞りf2.8

F2.8に絞ると、「ノクティルックスM f0.95/50mm ASPH. 」はキリッとした現代的な雰囲気となった。とはいえボケは硬すぎず、背景の枝を見ても二線ボケがない。絞りを開けても絞っても描写性能が高いのは、ライカが持つ大きな特徴のひとつだ。
「ノクティルックスM f1.2/50mm ASPH. 」の絞りF2.8は、シャープさが増しているものの、柔らかさも併せ持った描写だ。しかもボケに不自然さはなく、1960年代の設計でも、ライカのレンズは非常に優秀であることがわかる。


続いて逆光での描写を比べてみた。絞りはどちらも開放。フレアやゴーストが出やすいように、あえて強い太陽の光を入れている。
 

f0.95/50mm ASPH. 絞り開放(逆光)

f1.2/50mm ASPH. 絞り開放(逆光)

予想では、現代の設計である「ノクティルックスM f0.95/50mm ASPH. 」はフレアもゴーストも少なく、1960年代の設計である「ノクティルックスM f1.2/50mm ASPH. 」はフレアが大きくでる、と思っていた。ところがどちらも画面上部にゴーストがわずかに発生しただけで、フレアはほとんど出ない。「ノクティルックスM f1.2/50mm ASPH. 」は全体的に柔らかい写りだが、これはレンズ自体の描写の特性だ。場所も変えながら何度も逆光で撮影してみたが、結果はすべて同じだった。どちらもコーティングや内面反射処理をはじめ、ライカのレンズ製造技術によって、厳しい光線環境でも高い描写性能を発揮することが確認できた。


超大口径レンズが持つ雰囲気のある写りは、モノクロで楽しみたいという人もいるだろう。「ライカM11」をフィルムモードでモノクロに設定し、公園に展示されていた古い鉄道を撮影してみた。絞りはどちらもF2.8だ。
 

f0.95/50mm ASPH. 絞りf2.8

f1.2/50mm ASPH. 絞りf2.8

階調の再現性は甲乙つけがたいほどよく似ている。強いて言えば、「ノクティルックスM f1.2/50mm ASPH. 」の方がハイライトの階調が出ている。日向と日陰で大きく明るさは異なるが、どちらもシャドー部の階調がよく出ていて、硬すぎない写りだ。モノクロでは「ノクティルックスM f0.95/50mm ASPH. 」も「ノクティルックスM f1.2/50mm ASPH. 」も豊かな表現が楽しめるが、より引き締まった写りを求めるなら「ノクティルックスM f0.95/50mm ASPH. 」、より柔らかさを求めるなら「ノクティルックスM f1.2/50mm ASPH. 」をおすすめする。

「ノクティルックスM f0.95/50mm ASPH. 」と「ノクティルックスM f1.2/50mm ASPH. 」は、どちらもF1.4を切る超大口径ながら、性格はわずかに異なる。「ノクティルックスM f0.95/50mm ASPH. 」は、F1を切った明るさによる大きなボケが最大の特徴だ。だが解像力も高く、甘さの少ない現代の設計らしい写りだ。対する「ノクティルックスM f1.2/50mm ASPH. 」は、F0.95ほどの大きなボケではないものの、柔らかさや円を描くようなボケが特徴。外観のデザインと共に、クラシカルな描写が楽しめる。また撮影距離が近くなるほどハイライトがにじんでくるのも、1960年代の設計を思わせる。大きなボケと現代的な写りが好みの人は「ノクティルックスM f0.95/50mm ASPH. 」、いわゆるオールドレンズの味わいが好きな人は「ノクティルックスM f1.2/50mm ASPH. 」が合っているだろう。


●作品サンプル:ノクティルックスM f0.95/50mm ASPH.

ライカM11 F0.95 1/5000秒 ISO64 WBオート

ピントを合わせた電灯の傘はシャープに。背景が50mmレンズとは思えないほど大きくボケている。これがF0.95のボケだ。甘さがなく、被写体の存在感を浮かび上がらせる写りをする。 

ライカM11 F2.8 1/350秒 -0.7EV ISO64 WBオート

大きなボケだけでなく、絞れば高い解像力を生かした写真も楽しめる。ベンチや壁の質感、提げられたジョウロの金属を見事に再現している。 




ライカM11 F0.95 1/640秒 -0.7EV ISO200 WBオート

室内撮影でもF0.95の明るさは速いシャッタースピードを得るのに活躍する。しかも大きなボケにより空気感のある仕上がりになった。 




ライカM11 F0.95 1/6400秒 +0.3EV ISO64 WBオート

被写界深度が浅いとピント合わせが難しいと思うかもしれない。しかし「ライカM11」のレンジファインダーは、F0.95でも正確なピント合わせが可能だ。また1/16000秒までの電子シャッターを持つことで、明るい屋外でも絞り開放で撮影できた。




ライカM11 F0.95 1/1500秒 -0.7EV ISO64 WBオート

公園の池に映る樹木や空をフィルムモードでモノクロに設定して撮影。F0.95の浅い被写界深度とモノトーンが、非現実感を演出した。 




ライカM11 F0.95 1/1500秒 -0.7EV ISO200 WBオート

階段の窓から差し込む光をフィルムモードでモノクロに設定して撮影。絞り開放でもメリハリのある描写が得られるため、壁に映る光と窓枠の影、床の木の質感をしっかり描写した。 




ライカM11 F0.95 1/180秒 -0.3EV ISO200 WBデイライト

大口径レンズの威力が発揮される夕暮れから夜のシーン。ピントを合わせた旗と背景のイルミネーションのボケが奥行き感を出している。 




ライカM11 F0.95 1/125秒 -0.7EV ISO200 WBデイライト

大きなボケと共に、ISO感度を極端に上げなくても速いシャッタースピードで撮影できる。特に「ライカM11」は手ブレ補正機構を持たないので、夜のスナップにF0.95は非常に助かった。 





●作品サンプル:ノクティルックスM f1.2/50mm ASPH.

ライカM11 F1.2 1/1600秒 -0.3EV ISO64 WBデイライト

絞り開放の柔らかい描写は、優しい雰囲気と共に独特の空気感がある。撮影シーンにハマったときの官能的な描写は、このレンズの虜になってしまいそうなほどの魔力を持つ。 




ライカM11 F1.2 1/2000秒 -0.7EV ISO64 WBオート

最短撮影距離1mでバラを撮影。ハイライトがにじみ、ソフトな写りが強調されている。またぐるりと円を描くボケも、1960年代に設計されたレンズを感じさせる。このレトロな味わいの写りが魅力だ。 




ライカM11 F5.6 1/400秒 ISO64 WBオート

遠景で絞ると、非常にシャープな描写になる。ここでも建物のレンガをしっかり解像している。しかし硬くはなく、滑らかな階調再現が得られた。 




ライカM11 F1.2 1/350秒 -1EV ISO64 WBオート

F0.95ほどではないとはいえ、F1.2のボケはやはり大きい。柔らかく、輝度差がある条件だが、ハイライトからシャドーまで豊かに描写している。 




ライカM11 F1.2 1/1600秒 -1EV ISO64 WBオート

フィルムモードでモノクロに設定して撮影。逆光で透過光の葉の光と、背景のボケが美しい。ソフトな描写だが、葉は細かな葉脈を解像している。当時のライカの技術力の高さも感じられるレンズだ。 




ライカM11 F1.2 1/250秒 -1.3EV ISO64 WBオート

薄暗いシーンで、このレンズの柔らかさと階調再現の豊かさが威力を発揮する。モノクロで雰囲気を重視した撮影をしたい人にも向いている。 




ライカM11 F1.2 1/80秒 ISO800 WBデイライト

ハイライトがわずかににじみ、クラシカルなボケを表現するため、夜のスナップもレトロな仕上がりに。「ノクティルックスM f0.95/50mm ASPH. 」とは異なる描写をする。 




ライカM11 F1.2 1/160秒 -0.7EV ISO800 WBデイライト

超大口径レンズだが、「ノクティルックスM f0.95/50mm ASPH. 」よりコンパクトなので機動力は高い。街灯の光に浮かぶ自転車と路面に映る影を見つけて、とっさにシャッターを切った。 




使用機材:「ライカM11」 「ライカ ノクティルックスM f0.95/50mm ASPH.」 「ライカ ノクティルックスM f1.2/50mm ASPH.


写真家

藤井 智弘 (ふじい ともひろ)

東京都生まれ。東京工芸大学短期大学部写真技術科卒業。1996年に写真展を開催後、フリー写真家になる。各種撮影の他、カメラ専門誌やカメラ専門Webサイトでの撮影や執筆などで活動。また写真講座等の講師も行う。作品では国内や海外の街を撮影。ライカ直営店でも作品が展示される。主な写真展に「PEOPLE」(1996年)、「LISBOA」(2010年)、「My Favorite Moments」(2021年)、「ROMA 2004」(2022年)など。公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員。