My Leica Story
ー 石井 朋彦 ー
前編
ライカGINZA SIXでは、映画プロデューサーの石井朋彦さんの写真展『石を積む』を開催中。加えてライカそごう横浜店でも写真展示を同時開催中です。(会期は2024年3月7日まで)。
本展は宮﨑駿監督最新作『君たちはどう生きるか』の制作現場写真、主題歌『地球儀』の写真集や公式ガイドブックなどの撮影をつとめた石井さんが、4年間にわたり、制作現場で撮り下ろした作品です。今回の作品はすべてライカで撮影されたとのこと。そこで石井さんとライカ、そして写真を撮ることとの関係についてお話をうかがいました。
text: ガンダーラ井上
――本日は、お忙しいところありがとうございます。My Leica Storyにご登場いただく方の職業として映画プロデューサーというのは初めてです。中学生レベルの質問で恐縮ですが、いったいどのようなお仕事をされているのでしょうか?
映画制作の全ての工程に関わる
「映画プロデューサーは作品の企画、スタッフ集め、予算の確保、制作進行、そして世に届けるまでの全体の業務を最初から最後まで担当するのが仕事です。本を出版する場合であれば小説を書く作家さんだけでは成り立たなくて、編集者や宣伝・広報の人などがいないと出来上がりませんよね。その役割全体を担います」
©Tomohiko Ishii
――映画という芸術作品を作り上げていくにあたり、全方位そして全行程で関わっていく、とても大事な仕事ですね。でも、どうすれば映画プロデューサーになれるのか見当もつきません。石井さんの場合はどうだったのでしょうか?
「10代の後半は世界中を旅していたのですが、アフリカで、丹下紘希さんという映像作家と一緒の部屋になったのです。丹下さんはロケに来ていて、僕はただの無職の旅人でした。その時に丹下さんから「戻ってきたらうちで働きなよ」と言われたのを真に受けて、帰国した後に転がり込みました。そこからミュージックビデオ映像制作のアシスタントディレクターになり、スタジオジブリで『もののけ姫』という作品が終わったあとに制作の人材募集があったので応募して、アニメの世界に入りました」
――そこでプロデューサー補として『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』の制作に携わられたということですね。ご経歴を拝見するとスタジオジブリ以外の作品も出てきます。
「スタジオジブリに10年ほど勤めた後、プロダクションI.Gというアニメ―ション制作会社に在籍したあと独立し、アニメーションと実写のプロデュースをしてきました。今回の宮﨑さんの作品『君たちはどう生きるか』で、スタジオジブリに呼び戻されたという感じですね」
――離れていた職場からふたたびお声がかかるということは、石井さんにしかできないミッションがあったのだろうと推測しますが、どのような経緯でしょうか?
「スタジオジブリのプロデューサーの鈴木敏夫さんから『宮さん(宮﨑駿さん)がやるから戻ってこい』と。鈴木さんに言われたら「はい」と言うしかありません(笑)」
――そこまで石井さんが必要とされた理由って何だったのでしょう?
「君たちはどう生きるか」©2023 Studio Ghibli
「アニメーションって1枚1枚手で描く作業なので、監督やスタッフはずっと作画机にむかって座っているんです。僕の大事な仕事は、宮﨑さんの話し相手になることです。ざっくばらんに宮﨑さんと話せるスタッフは限られます。距離感も含めて宮﨑さんとコミュニケーションができる人間として呼び戻されたという感じです」
巨匠の仕事を邪魔せずに常に寄り添う
――おぉ! 宮﨑さんの邪魔をせず、しかも必要な時には的確な返事を戻しながら仕事を進めてもらうというミッションは並大抵なことではないと思います。昔の文芸の大作家と気心の知れた編集者の関係のようなものを感じます。
「宮﨑さんは気分を変えるため、スタジオ内をあちこち移動するんです。僕も一緒に動いて話し相手になります。ご飯を食べる時とか、旅行にもついていきました」
――巨匠に寄り添って、そのクリエイションを手助けするというのは崇高な使命であり極めて貴重な体験ですよね。その役目を自分がすると想像するだけで身震いしてしまいます(笑)。
「宮﨑さんとの時間を共有させていただいている間に気づいたんです。私の目の前に歴史上の人物がいる。宮﨑さんは、将来教科書に載る人じゃないですか。だからこの人を、この瞬間を、写真に撮っておくべきだなと思ったのです」
――なるほど。これを撮らないわけにはいかないと思い立ち、カメラを手にすることになったのですね。
©Tomohiko Ishii
動画と写真、どちらで記録すべきか?
「宮﨑さんを撮ろうと決めたとき、映像にするか写真にするかという選択肢がありました。実は当初は映像で宮﨑さんを撮ってみたのですが、映像で記録するとそこに宮﨑さんがいて喋っているだけの情報が記録される。それに対して写真で撮ると印象がまったく違うことに気づきました。1枚の写真には、その前後を想像させる力がある。写真を見た各々の人の宮﨑さんの作品に対する思い入れやストーリーを蘇らせる力がある。だから、映像ではなく写真で撮った方が後世に残るだろうと思ったのです」
――そこでいきなりライカで撮影を開始されたのですか?
「いいえ、最初はマイクロフォーサーズのミラーレス一眼で撮っていました」
――システムがコンパクトでピントも深くて安心できるので、僕も雑誌やムックの物撮りなどで便利に使っています。上がってきた写真の印象はいかがでしたか?
「今のデジタルカメラってこんなに良く写るんだと思いました。でもフィルムカメラも使っていたことがあるので、35mmフィルムの写真と比較すると物足りなさも感じました」
――それもよく理解できます。とはいえフィルムカメラに戻るというのも難しいですよね。今回の展示では6万カットの写真から選定されているそうで、その数をフィルムで撮るのは無理だと思います。
「そうですね。そこで、知り合いに何がいいかと尋ねてみるとあるメーカーのフルサイズミラーレスカメラがいいというので買って撮り始めました。そうしたら画質がすごい訳です」
――確かに。最近のフルサイズセンサーのデジタルカメラの描写には圧倒的なものがあります。
「数ヶ月撮っているうちに、そのカメラが悪いという訳ではなかったのですが『いや、歴史上の人物を撮るのにこの機材でいいのか?』という疑問が湧いてきたのです」
日本製カメラより理想的なカメラは存在する?
――う〜む。そう感じてしまった石井さんの考えに異議はありません。そこで真の選択肢として別のカメラが浮上してきた。
「そうです。『やっぱりライカじゃないのか』と思ったのです」
――いよいよ来ました! そこから石井さんのMy Leica Storyが始まったのですね。ライカを使い始めて、出てくる画はそれまでのカメラと変わりましたか?
「ライカユーザーである映像制作会社WOWの代表・高橋裕士さんにご紹介頂き、ライカQ2を手にしました。ライカQ2で撮ってデータを開くと、まるでその場にいるかのような写真が撮れていました。これまではどこか別な世界が写っていた感覚だったのですが、ライカは本当にその場で僕が見ているかのようにありありと写る。それは解像度とかボケとかいうレベルではなく、空気ですよね。緊迫した空気なのです」
――自分の気持ちも含めて写る?
「そうです。撮影している僕しか体験できていないことが伝わる写真です。人に見せる時、明らかにライカで撮った写真のほうが『おぉー』という反応がかえってくる。言葉では表現できないのですが、ライカ以外のカメラで撮った時と全く違う写真になります。そこからすっかり魅入られてしまったというのが僕とライカとの出会いで、今から3年以上前のことです」
撮影時に気づかなかった細部まで克明に描写
©Tomohiko Ishii
――この作品、本当に細かいところまで写し撮られていますね。カメラは何で撮影されましたか?
「ライカQ2です。これはびっくりしました。他社製のカメラで撮った同じアングルの写真もあるのですが、解像度は変わらないはずなのに全然違うんです。しかもこれは絞り開放のf1.7で撮っています」
――広角レンズの画角ですが、手前に積んである書類などが相当ボケています。
「そうなんです。そして、画面の周辺部にある宮﨑さんの背中にピントがしっかりときています」
湧き上がるディテールに新たな発見がある
――石井さんの見つめていたのは座っている宮﨑さんであることが伝わってきます。そして画面のあちこちに目を動かすと、仕事場にある様々なものの細部までもしっかり確認できます。
「こんなに写ると思っていなかったので印刷所で僕もびっくりしました。
――自分の目で見た光景としてこのアングルで撮ったという記憶があっても、視界の中にある全部のパーツが認識できている訳じゃないですものね。
「もちろんです。ライカQ2で撮ったこの作品を秋葉原の写真弘社さんで1m×1.5mの幅で出力してもらったのですが、モニターでは確認できなかった情報が写っていてびっくりしました。こんなに細部まで写っているんだ……と、今回の展示をやらせていただいて初めて分かったことですね」
写真の持つ本質的なアドバンテージ
――写真の面白さって、写真は瞬間を捉えているものなのに、その瞬間をいくらでも延ばして、つぶさに画面に写されているものを順番に見て想像を膨らませていくことができることなのかなと、この写真を見て感じ入りました。
「おっしゃる通りです。写真を1枚見るだけで、見ている人の頭のなかで勝手に前後のストーリーが生まれる。見る人の脳内イメージを借りられるのが写真の強みです」
――まず、背中を向けている宮﨑さんに視線が行くことでどれほどの集中をしているかという状態が分かり、そのあと周囲の状況が細かい部分まで観察できることで、どれほど大変なクリエイションが行われているのかも分かります。クリエイターの状態とそれを作り出す状況との関係、その瞬間その場所にしか存在しない“間”のようなものが伝わってきます。
「そうなんです。一枚一枚の画を描くことがいかに大変なのかを伝えたいと願って撮りました。写真のテクニックって表面的なことが語られる場合が多い。でも本来はもっと本質的なことを伝える力があるのだと僕は思います」
――その本質的な部分を伝えるのに必要な何かが、ライカで撮った写真には潤沢に感じられるということですね。石井さんはライカQ2以外の機種も使われているとのことで、その辺りも含め、もうすこし深掘りさせていただいてもいいですか?
「もちろんです。もっと話を続けましょう」
後編に続く
写真展 概要(ライカGINZA SIX)
タイトル: 「石を積む」
期間 : 2023年11月23日(木)- 2024年3月7日(木)
会場 : ライカGINZA SIX
東京都中央区銀座6-10-1 GINZA SIX5階 Tel. 03-6263-9935
開館時間: 10:30-20:30
>>写真展詳細はこちら
写真展示 概要(ライカそごう横浜店)
タイトル: 「石を積む」
期間 : 2023年11月23日(木)- 2024年3月7日(木)
会場 : ライカそごう横浜店
神奈川県横浜市西区高島2-18-1そごう横浜店5階 Tel. 045-444-1565
開館時間: 10:00-20:00
>>写真展示詳細はこちら
石井朋彦 / Tomohiko Ishii プロフィール
映画プロデューサー。『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』のプロデューサー補をつとめ『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊2.0』等、プロデュース作品多数。
宮﨑駿監督最新作『君たちはどう生きるか』では現場写真、主題歌「地球儀」の写真集や公式ガイドブック等の撮影をつとめた。
協力:REISSUE RECORDS、渡部さとる