My Leica Story
ー 石井 朋彦 ー
後編


ライカGINZA SIXでは、映画プロデューサーの石井朋彦さんの写真展『石を積む』を開催中。加えてライカそごう横浜店でも写真展示を同時開催中です。(会期は2024年3月7日まで)。

本展は宮﨑駿監督最新作『君たちはどう生きるか』の制作現場写真、主題歌『地球儀』の写真集や公式ガイドブックなどの撮影をつとめた石井さんが、4年間にわたり、制作現場で撮り下ろした作品で構成されています。今回の作品はすべてライカで撮影されたとのこと。前編に続き、後編ではライカのカメラやレンズについてさらに詳しく掘り下げていきます。

text: ガンダーラ井上



――映画プロデューサーとしてカメラという道具は必需品ではないけれど、石井さんが日々体験されていた『君たちはどう生きるか』の制作現場において、これはちゃんと残さなければいけないという動機と使命感があってライカを選ばれました。最初に選んだライカはフルサイズセンサーを搭載し、広角レンズを固定装着したライカQ2でした。


現在は後継機種のライカQ3も使用中


ライカQ2は最高だけど、やはりM型ライカが気になる


「宮﨑さんの横にいるからには、この瞬間を撮影して残しておくことに歴史的な意味があると考えました。ライカQ2で撮り始めると、どうしてもM型ライカが気になる訳です。ライカQ2に搭載されているレンズはズミルックス f1.7/28mm ASPH. 。広角レンズなので、やっぱり“寄り”が欲しくなるというか、クロップすることもできるのですけれど……」

――ライカQ2はあの画角がデフォルトで、レンズ交換はあえてできない仕様です。70cmとか1mの間合いで最初から対象物を大きく撮りたい。あるいは集中した視覚で切り撮ろうと思うと50mmを標準レンズとするレンジファインダー機のM型ライカのほうが使いやすいかもしれませんね。

「スタジオジブリのツイッター(現X)を担当していたので、写真をしっかりと学びたいと思っていました。いい写真を撮れた方が話題になるし宣伝効果もあります。ライカQ2で撮り始めてからのほうが『いいね』が明らかに多くなりました。でも、一番『いいね』が多かったのはライカQ2よりも前に発売されたライカM9で撮った写真で、現代のカメラよりも古いカメラで撮影した写真の方が『いいね』が多いという……これも深いな、と思いました。

――ライカM9はCCDを撮像素子に採用していて、その独特の発色で今でも人気があります。


M型ライカの体験は、師匠から借りたライカM9から



©Tomohiko Ishii


「今回の展示にもライカM9で撮影した作品があります。僕の写真の師匠である写真家・渡部さとるさんがライカM9をお持ちで、ちょっと貸してくださいと借りたその日に撮った写真です。撮影場所は井の頭公園で、『三鷹の森ジブリ美術館』の近くです。夕景を撮ったのですが液晶モニターが小さいので、その場ではどう撮れているのかよく分かりませんでした」

――ライカM8やライカM9の液晶モニターは見えかたが発展途上でしたよね。

「そうなんです。家に戻ってパソコンのモニターで見てもライカM9って色が転ぶので画面全体が真っ赤だったんです。そこで現像ソフトのホワイトバランスのスポイトをピッと当てたらこの画像が出てきて、何だこれ! って驚きました」

――カラーバランスを調整した瞬間、撮影した時の脳内イメージと写真がバシッ!! と合致したんですね。


念願のライカM11を入手して実戦に投入


「その日から頭の中はM型ライカです(笑)。再びWOWの高橋さんにご相談し、ライカM11を手に入れ、一代前のズミルックスM f1.4/50mmをお借りして撮り始めました。最初はとにかく難しかったのですが、明らかに被写体である宮﨑さんの変化を感じました。M型ライカは、カメラに威圧感がなく、撮影している人の顔が隠れない。だから、会話をしながら宮﨑さんの自然な笑顔を撮れるようになってきたんですね」


ライカM11とアポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH.


――宮﨑さんはデコラティブでデラックスな見た目の日本製カメラよりも、ライカの端正で控えめな雰囲気の方がお好きなのかなと推測します。

「確かにドイツ製品、好きですね。それで、アポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH. を買って撮り始めたら、もう別次元でした。それからは、ライカQ2(現在はライカQ3を所有)は引きや抑えで撮る時に使い、ずっとライカM11で撮っています」


©Tomohiko Ishii


――この作品はライカM11とアポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH. で撮影されたものでしょうか?

「そうです。日本のアニメーションでは1秒あたり24コマのうち、平均8枚から12枚の画を描きます。アニメーターはまず、頭の中で動きを作りながら、ストップウォッチでコマ数をはかるんです。この動きは何コマだな、とか。次の動きまでに何コマ止めてから動き出させよう……とか。たった数秒を描くのに何週間もかけることもあります」

――ということは、これは宮﨑さんのストップウォッチなんですか?

「そうです。たまたま作業の途中に宮﨑さんが席にいなかったので、パッと撮って振り返ったら宮﨑さんが立っていて『何してんの?』『すみません、写真撮ってました。』という状況です(笑)」


トリミングしてもビクともしない強靭な画質


――でもストップウォッチの直径って5cmとか6cmくらいですよね。アポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH.の最短撮影距離は70cmなのでもっと小さく写る気もするのですが、クロップされていますか?



「クロップしまくっています。アポ・ズミクロンM f2/35mm ASPH. も買ったのですが、あのレンズは30cmまで寄れますよね。でも、あまり寄っては撮らない。50mmで普通に最短撮影距離の70cmで撮影して、あとでクロップしても全然問題ないほどの解像度。それもライカのすごいところですよね」

――画面の全域で破綻がないとできないことですね。レンズの描写力とあわせてセンサーと光軸が正しく直交するように製造過程で組み込むとか、画面周辺部に届く斜めの光線を屈折させてしまう保護ガラスを薄く設計するといった複合的な要素で描画の実力が鍛え上げられているのを感じます。



©Tomohiko Ishii


「これはスタジオの前の木漏れ日ですね。この作品はスタジオジブリのツイッター(現X)のために撮影したものですが、アニメのキャラクターや映像をただツイートしても面白くない。1枚1枚の写真の中に宮﨑さんの作品の1シーンを想起させるように撮ることを意識していました。種明かしをすると、これは、『もののけ姫』のラストシーンです」


記憶の中にある、あのシーンを再現する1枚の写真


――なるほど! 和歌の世界なら本歌取りみたいな。写真だから本歌“撮り”ですね。そういえば米津玄師さんの作られた映画の主題歌『地球儀』のプロモーションビデオにも、このような光線とモチーフのカットが一瞬挿入されていましたよね!


©Tomohiko Ishii


「これは米津さんがスタジオで作業をしているところです。ギターを弾きながら作曲をされている。とても文学的で、出てくる言葉一つ一つも知性に溢れている方です」

――あの楽曲、とてつもない才能を感じます。宮﨑さんは作画、米津さんは作曲という全く違う作業をしているのに、同じオーラが背中から出ています。飽きたることを知らず常に作り続けている人を石井さんは見守っているのですね。

「そうなんです。作っている人って格好いいですよね」

――このような積み重ねによって、巨大な作品がかたちづくられていくんですね。


大切なカメラで、大切な瞬間を捉える



石井さん所有のライカM11の底面


――現在愛用中のライカM11には、擦れてペイントが剥がれてしまいそうな部分に細長い保護剤を貼られていて、カメラを大事にされているのが分かります。

「大事にしたくなりますよね。でもシャッターボタンの指皿の周囲の部分は塗装が薄くなったり剥がれてきたりすると嬉しい! みたいな(笑)」

――何千回とこのライカに電源を投入して、“その気”になったかという証が刻まれる。擦れてほしいところとそうでないところがあるんですね。

「本当に不思議というか、ライカってすごいカメラです」

――石井さんのライカへの接し方、メチャクチャ愛情が伝わってきます。



「ライカを買った僕の友達も、みんな大事にしていますね。レンジファインダーカメラというのは心で撮るカメラだと思うんです。撮る人の『こう見せたい、こう撮りたい、こう感じてほしい』という心を伝えるための写真を撮るカメラ。スマートフォンやカメラの液晶モニターを観察して撮る行為はただのフレーミング探しになってしまうので、撮る時の意識が全然違うなと感じます」


ライカは“撮る人の心”が写るカメラ


――ライカであれば心がダイレクトに反映される?

「ライカは、撮っている人の気持ちが写ります。抽象的な意味ではありません。光学式のファインダーを覗くことで構図を客観視しないで自分の気持ちを優先させて撮ることになるからです。そう撮らざるを得なくなる仕組みをライカは持っているんです」

――視神経の延長線上にたまたまカメラがある。それだけだと。

「そういうことです。それが光学式レンジファインダー機のすごいところだなぁ。と思っています」


「君たちはどう生きるか」©2023 Studio Ghibli


「この作品は、宮﨑さんを撮っていて、たまたま話がとぎれたときにぱっと下を見たらコンテがあったので、そのままノクティルックスM f1.2/50mm ASPH. を絞り開放で撮ったので、ピントは左上の角の辺りにしか合っていません」

――このレンズは1960年代に設計されたものを現代に蘇らせた復刻版ですよね。ハイライトの部分に滲みがでているのも印象的です。

「ちゃんとピントが合っていない写真かもしれないけれど、そのとき僕の近くに宮﨑さんがいて、木漏れ日があって、ふと話が途切れた瞬間みたいなものが写っています」

――そのとき私はコンテを見た、と。

「そうです。それは素通しで見る光学ファインダーが導き出してくれる、心の中の風景でもある」

――しかし、石井さんはライカにゾッコンなんですね。

「そうですね。でも僕だけじゃなくて僕の友人も皆そうです」


これからのライカに期待すること


――これからこんなライカが出てきたらいいなとか、もっとこうしてほしい、あるいはこうならないでほしいとか、要望のようなものはありますか?



「こうならないでほしいのは、M型ライカのファインダーがEVFだけになってしまうこと。僕はそれを買わないと思います。でも、そうした最新機種を出すにしても、M型ライカのラインナップには光学式ファインダー搭載機存在し続けるでしょう。いいものを残して後世に残してゆくというライカの姿勢を信じています」

――ものづくりの価値観の優先度として、ライカは持続性ということを重視していますよね。新しくすることを目的にすることはないという感覚は、ドイツおよびドイツ製品の尊敬すべきポイントですよね。


そのままであり続けることの大切さ


「僕はドイツで育ちました。ドイツの独特な文化には今も大きな影響を受けています。僕が生まれた家は、今は別の人が住んでいますが、当時のままの外観で存在しています。新製品や新機能よりも、長く愛せるものに愛着を感じますね」

――くっつくべくしてライカとくっついた感じですね。

「そう思います。ライカM11-Pには正直なところ気持ちが揺れますけど(笑)。ただ、一度に持ち出せるカメラはせいぜい2台なので、次のライカで買い替えるかも。でも、ライカM11が出てもライカM10の方が好きで持っている人もいるじゃないですか。それが、ライカの素敵なところだと思います」

――そうですよね。それぞれのユーザーにとって必ずしも最新機が最善の選択ということではないというのがライカの奥深さですよね。しかもM型ライカであれば交換レンズの選択に関しても膨大なクラシックレンズを自在に使うこともできます。
今日は写真とライカにまつわる素敵なお話が沢山お聞きできて感謝しています。

「こちらこそ、いつまでも話していたい楽しい時間でした。ありがとうございました」


前編はこちら




写真展 概要(ライカGINZA SIX)

タイトル: 「石を積む」
期間  : 2023年11月23日(木)- 2024年3月7日(木)
会場  : ライカGINZA SIX
      東京都中央区銀座6-10-1 GINZA SIX5階 Tel. 03-6263-9935
開館時間: 10:30-20:30

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写真展示 概要(ライカそごう横浜店)

タイトル: 「石を積む」
期間  : 2023年11月23日(木)- 2024年3月7日(木)
会場  : ライカそごう横浜店
      神奈川県横浜市西区高島2-18-1そごう横浜店5階 Tel. 045-444-1565
開館時間: 10:00-20:00

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石井朋彦 / Tomohiko Ishii プロフィール

映画プロデューサー。『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』のプロデューサー補をつとめ『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊2.0』等、プロデュース作品多数。 宮﨑駿監督最新作『君たちはどう生きるか』では現場写真、主題歌「地球儀」の写真集や公式ガイドブック等の撮影をつとめた。

協力:REISSUE RECORDS、渡部さとる