My Leica Story
ー 写真家 佐藤健寿 ー  Part 2




民族から宇宙まで、幅広いテーマで世界各地を撮影するフォトグラファーの佐藤健寿さん。2021年12月に、過去20年にわたる旅の道程を振り返る写真集『世界』を上梓する。この写真集に連動する写真展『世界 MICROCOSM』が、ライカギャラリー東京で2022年1月25日まで、ライカギャラリー京都で2022年2月3日(木)まで、ライカGINZA SIXで2022年1月12日(水)まで開催中だ。佐藤さんとライカの関わりや作品作りについての話はまだまだ続く。

text:ガンダーラ井上

My Leica Story ー佐藤健寿 ー Part 1  はこちら  


 


 


写真集のタイトルは『世界』

ーーライカの3会場での展示は、このたび出される写真集『世界』と連動しているとのことですが、その内容について教えてください。


「今まで僕が撮影してきた写真の集大成のような内容で、豪華な箱入りの装丁の写真集です。頁数は608ページもありますので、かなり見応えがあると思います」

――608ページとは、すごいボリュームですね! 

「写真集の装丁は、真っ黒のデザインにしました。黒い写真集が黒い箱に入っていて、紙を断ち落とした部分は聖書などで使われる三方金という仕上げになっています」

――黒い箱からページの断面が金色に光る黒い本が出てくるというのは、すごい存在感ですね。とても大切なものが本の中に収まっている感じがします。

「ライカの写真展会場だけで販売する会場特装版では、ページ断面が三方金仕上げで金色なのに加えて、表紙全体も金色にしました」

――それは、もはや見た目には金のインゴット(塊)みたいな雰囲気になりそうですね!

「金色のオブジェかのような、写真集としては前例のない面白い仕上げです。でも決して丁寧に繊細に取り扱わなければ読めないものではなく、普通に取り扱えるように素材などにこだわって制作しています」


――特装版は作家直筆のサイン入りで、『
世界』の大型ポストカード3枚とステッカーが特典として付属する予定だそうですね!なくなり次第販売終了とのことですので、私も早く決心したいと思います(笑)。ところで写真集のタイトルを『世界』とされた理由をお聞かせください。


「『世界』という言葉は、自分自身頻繁に使う言葉ですが、いつも不思議な言葉だなと思っていて。ある時は抽象的でとても大きな概念になりますし、実際に自分たちが生きている目の前の状況を世界とも呼ぶ。どちらも同じ”世界”ですが、状況や文脈によって意味が常に変化しますよね。それで自分が過去20年間に撮ってきた写真を見返してみて、写真集のタイトルをどうしましょうかと編集者に聞かれたとき、あれこれ考えましたが、恣意的な言葉をそこに当てるのも違う気がしたんです。そこで、タイトルはそうした言葉の多義性とか矛盾をすべてふくめて『世界』にすることにしました。編集者には、「”美しい世界”とか、”何何の世界”ではなくて、シンプルに”世界”ですか?」と何回も確認されましたが、あえて抽象的な一般名詞を選びました」


写真のありかたを、もう一度確認する

――それは、写真がインスタグラムやハッシュタグ的にキーワードで分割され、拡散・消費されているという現状に対して、もっと大きく捉えたいという意味も含まれているのでしょうか?


「現代は、写真がどのような立ち位置にあるかと言えば、自分が見たいものや自分が撮りたいものを撮るのではなく、まず人に見せること、シェアすることが目的になっていると思います。自分も仕事である以上、多かれ少なかれそれに影響されている部分があることを感じていますが、過去の写真を振り返ってみると、写真の技術は今よりも未熟かもしれませんがより素直に撮っていたように感じました。そこで、原点回帰的な意味を込めて、あえてこの時代に言葉として大きすぎて検索にも引っかからないだろう“世界”という単語をタイトルにしようと思いました。結局自分がこの20年くらいの間に何を撮ってきたかをまとめようとしたとき、それ以外に思い浮かばなかったんです。つまり大きな世界と、自分が見てきた小さな世界という二つの概念そのものです。」


世界の果てに、持っていくべきレンズ

――少々マニアックな質問をさせていただきます。佐藤さんの写真は、珍しい被写体に向けられたレンズの絞りを、時には開放近くにして撮られていますよね。このパプアニューギニアの写真も絞りは開放ですか?


パプアニューギニア、セピック川流域の少年。精霊に扮している。© Kenji Sato


「少しだけ絞っているかもしれませんが、レンズはノクティルックスM f1.0の50mmです」

――こんな密林の中に、貴重なノクティルックスを持っていっていること自体がかなりクレイジーですよね(笑)。


「こんな使い方をする人はいないだろうと、意識的にノクティルックスを使っているところもあります」

――佐藤さん以外、この状況でノクティルックスを開放近くで撮るような人はいないのではないでしょうか。民俗学・社会学的にも稀少な被写体だからピントがズレたら困るので、普通なら絞って撮りますよね。f5.6より開けるなんて考えられないシチュエーションで、この大口径レンズを選択して絞り開放近くで勝負しています。

「現行のノクティルックスではなく以前のモデルですが、不思議なぐらいしっかりとシャープなところは結像して、それでいながら背景は溶け落ちるようにボケています。遠景との距離感とジャングルの中からの強すぎない光が絶妙で、撮りながら『これはいい写真の黄金条件が揃った!』と感じました。ライカM(Typ240)で撮影したもので、この機種独特の雰囲気が出ていると思います」

――現実と非現実の間にあるようなパプアニューギニアの写真とは対照的に、目の前にあるもの全部を肉眼以上の先鋭度で捉えようとする写真もあります。これはフィルムの時代であれば、中判や大判のカメラを三脚に据え付けなければ撮れないような写真だと思います。

モンゴルとロシア国境に暮らすツァータンと呼ばれる部族。© Kenji Sato


「モンゴルで撮影したこの写真は、レンズはアポ・ズミクロンM f2/ 50mm ASPH.で撮影しています。アポ・ズミクロンM f2/ 50mm ASPH. の評価は、人によってはフラットに写りすぎて面白くないという意見もあるようですが、僕はそれを超えて好きですね。レンズの描写に収差が見られないのは凄いことです。現代だと、単にシャープなレンズはいくらでもありますが、アポ・ズミクロンは色も線もそのものがまるで他のレンズとは違いますね。」

――人間の視覚が、ある閾値(しきいち)を超えた画像を見ることで生じる驚きみたいなものが、アポ・ズミクロンの描写にはありますよね。ピョンヤン市内を遠景で捉えた1枚も、どこまでも結像していて衝撃的でした。


北朝鮮、平壌の住宅街。かつては社会主義的なグレー一色だったが、この10数年の間にカラフルに塗られた。© Kenji Sato


「この写真も、アポ・ズミクロンM f2/ 50mm ASPH. で撮影しています。自分でもこれ以上を望むべくないほど解像していてびっくりしました。ここは三脚を置ける場所ではなかったので手持ちで、しかも絞りは開放のf2で撮っています」

旅の秘訣は、自分を縛らないスケジュール

ーーコロナ以前は佐藤さんの生活の大部分が旅の中にあったと思いますが、行先のスケジュールは綿密に決めてから撮影に出かけるものなのですか?

「期日の決まっているイベントなどを取材する場合はしっかり準備しますが、それ以外は全くのノープランです。明日海外に行くのに夕方になってもまだエアチケットを何も予約していないこともありましたし、宿も基本的に1泊目を予約するだけで、ホテルを取らないで出発する場合も多々あります」

――それは、何だかドキドキするし、勇気のいる旅ですね。

「いろんなタイプの人がいると思いますが、僕はそういう感じで旅しています。例えば11月に開催されるメキシコの死者の日の撮影は、元々ベネズエラに撮影に行っていて、終わったのが10月の末でした。撮影が終わったので帰ろうかなと最初は思っていましたが、ふと、ちょうど明日はメキシコの死者の日だなと思い立ったんです。ベネズエラからメキシコまでは近いので、じゃあメキシコに行こう、という感じでそのまま行きました」


メキシコ,オアハカなどで10月末に行われる死者の日の、オフレンダと呼ばれる祭壇。© Kenji Sato


――やっぱり決めたのは前日じゃないですか!


「そんな感じですね。特別にハードルの高い場所は別ですが、ミヤンマーでもイエメンでも、行き当たりばったりで旅に出ます。そのくらいある意味でいい加減だったから今までやってこられたのかなと思います。スケジュールが神経質に気になってしまうタイプだと、何十年もこんなことをやってこれないと思います」

――ちなみに、撮影に持っていく機材のセレクトも即断即決という感じなのでしょうか?

「基本構成があって、そこにその時々で必要なものをプラスしてセットを組みます。長いレンズがあった方がいいだろうと判断すれば望遠端280mmのズームを加えます。そこまでの望遠が必要ない場合にはアポテリートM f3.4/135mmですね。小さくて軽いのでとても気に入っていて、コンパクトであるライカM型システムの利点を活用できます。例えばデジタル一眼のシステムでは、16-35mmのレンズが単体で800gほどあるけれど、撮影に持っていっても実際には思ったほど使わず、重たい機材を運ぶのに消耗するだけの場合があります。だから持っていくかどうか昔はすごく悩みました。それに対して、トリ・エルマーM f4/16-18-21mm ASPH. なら、軽いから全く負担にならない。極端な画角のレンズも軽く持っていけるのがM型の好きなところですね」

ハイエナに、ライカを噛まれる

――こうしてライカと一緒に世界を巡ってきた佐藤さんには、旅先でライカMシステムのレンズをハイエナに噛まれたという逸話があります。


「そうなんです。エチオピアで、ズミルックスM f1.4/35mm ASPH. を狙われました。僕の隣にハイエナマンと呼ばれるおじさんがいて、その人が餌を与えるのですが、一応餌付けがされているものの、飢えた状態のハイエナがゾロゾロといてかなり危険な状態でした。そのとき、手に持っているものは全てエサと勘違いしたのか、いきなりハイエナがガッ!!とライカに食いついて。とてもびっくりしましたね。幸い、歯が当たったのはレンズのフード部分で、少し凹んだぐらいでしたが、あのフードが凹むって相当だなと思います。手に行っていたら本当にアウトでしたね。そのレンズはその後、ライカ銀座店のカスタマーケアで修理してもらいましたが、ハイエナに咬まれたとか状況を説明しても訳がわからないですよね(笑)。」

――飼い犬に手を噛まれたとしても大変ですが、相手がハイエナでは洒落にならないですよね。とはいえ、不謹慎かもしれませんが極限状態にある写真家が手にしたM型ライカって格好いいと思います。

旅と写真のグル(導師)と呼べる存在



「僕の場合、旅での撮影が中心なので、ライカの良い部分がそのまま自分にとってのメリットになっています。まず、高画質であること、小型であること、そして、静かであるとか、目立たないことも。2006年にライカM8が出て、そこから本格的に今まで10年以上M型ライカで撮影しています。何かのインタビューでライカカメラ社のピーター・カルベさんが『ライカMシステムはフォトグラファーを育てる』という旨のことを発言していましたが、まさに僕にそのまま当てはまると思います」

――カルベさんと言えば、アポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH. をはじめ、数々のライカレンズを生み出しているライカの光学設計部門の責任者ですね。佐藤さんは、どのようにライカMシステムに育てられたと感じていますか?

「現代のカメラは、何もかも全自動が当たり前ですよね。僕はフィルムカメラの時代からカメラを使っていたからある程度の知識はあるにせよ、そういう全自動のカメラを選んでいたら写真の原理原則を分からずにきてしまったのではないかと思います。ライカのM型カメラを使い続けるには、すべて自分の意思で操作する必要があります。一つ一つの数値に対して意識的になるから、写真の撮り方を身に付けることができた。格好良くいうと、旅とライカに写真を教えてもらったと思っています」

――佐藤さんにとって、旅と写真の本質を掴むのにライカが必要だったのですね。この取材ではマニアックなレンズのセレクトから旅に対する佐藤さんの流儀まで、沢山のお話が聞けて本当に楽しかったです。どうもありがとうございました。

「こちらこそ、どうもありがとうございました」

Photo By Y


写真展 概要

■ ライカギャラリー東京 (ライカ銀座店2F)

タイトル: 世界 MICROCOSM #places 
住所: 東京都中央区銀座6-4-1 Tel. 03-6215-7070
期間: 2021年8月26日(木) - 2022年1月25日(火)まで
展示内容: 世界各国のさまざまな場所や人工物に焦点を当てた作品14点


■ ライカギャラリー京都 (ライカ京都店2F)

タイトル:世界 MICROCOSM #people 
住所: 京都市東山区祇園町南側570-120 Tel. 075-532-0320
期間: 2021年8月28日(土) - 2022年2月3日(木)まで
展示内容:世界各地で生きる人々を捉えた作品15点


■ ライカGINZA SIX

タイトル: 世界 MICROCOSM #landscapes 
住所:東京都中央区銀座6-10-1 GINZA SIX 5F Tel. 03-6263-9935
期間:2021年8月26日(木) - 2022年1月12日(水)まで
展示内容:独自のユニークな視点で自然風景を切り撮った作品13点


究極の「旅」写真集『世界 MICROCOSM』会場限定特装版 ご予約受付中

写真展と同名を冠した、佐藤健寿の最新作となる写真集『世界 MICROCOSM』が12月15日より発売予定。

通常版とは異なる表紙で完全限定版となる<会場限定特装版>を、ライカギャラリー東京、ライカギャラリー京都およびライカGINZA SIXにてご予約受付中。


写真集『世界 MICROCOSM』会場限定特装版

朝日新聞出版 / 608ページ
判型:B5 変型・上製・特殊装丁・箱仕様   
予価18,000円(税込価格19,800円)

※ 会場限定特装版は通常版とは異なる金色の表紙の完全限定版。
著者直筆サイン、通し番号が入るほか、特典として「世界」大型ポストカード三枚と「世界」ステッカーが付属する予定です。
数量限定、なくなり次第販売終了予定。





フォトグラファー

佐藤健寿

民族から宇宙まで幅広いテーマで世界各地を撮影。写真集『奇界遺産』シリーズは写真集として異例のベストセラーに。TBS系TV番組『クレイジージャーニー』他、メディアへの出演多数。
http://instagram.com/x51