My Leica Story
ー 杉野信也 ー

後編



カナダの広告映像作家として名高く、CMディレクターや撮影監督などの分野でも活動する写真作家、杉野信也さん。ライカギャラリー東京およびライカプロフェッショナルストア東京、ライカギャラリー京都の3会場にて写真展『Pilgrimage Ⅱ Leica as Plenary Indulgence(巡礼Ⅱ 免罪符としてのライカ)』が開催中(ライカギャラリー東京およびライカプロフェッショナルストア東京は8月13日、ライカギャラリー京都は8月18日まで)。展示された作品は、すべてライカで撮影されたものとのこと。後編では杉野さん愛用のライカと作品世界についてさらに深くお話をうかがっていきます。

text:ガンダーラ井上

My Leica Story  杉野信也 ー 前編  はこちら  


 

フィルム時代から続く、M型ライカへの偏愛

――カナダに移住された学生時代に初めてライカM2を手に入れられ、その後ライカM3も買われたそうですが、歴代の愛機は今もお手元にあるのでしょうか?

「手に入れたカメラを長くキープすることはせず、どんどん変えて自分になじむカメラをその時々で使っています。一番長く使っていたのはライカM4です」

――ライカプロフェッショナルストア東京で展示されている作品の中で、免罪符としてのライカを手に巡礼の撮影行をするイメージを構成する要素としてライカM4が登場しているのを見てドキドキしました。

「しばらくライカで撮影することから遠ざかっていた時期もありましたが、デジタルのMシステムが出てきたときに迷いなく新品を購入しました。ライカM8です。それからフルサイズのモノクローム専用機である初代のライカMモノクロームを手に入れました。あのときは嬉しかったですね」

モノクロームで“イメージそのもの”と対峙する

――作家活動で生み出される作品は、すべてモノクロームですか?

「自分の作品は、すべてモノクロームです。いまライカM11を使ってみているのですが、自分の中ではライカはモノクロームという感覚になっているので、カラーで撮ってもモノクロームに変換しています」

――なぜ、モノクロームなのでしょうか?

「墨に五彩ありと言われますが、カラーで撮ると色がありすぎるのです。モノクロームでは、イメージそのものと対峙している気がします。このことに加え、仕事として撮っている広告写真では当然カラーを使いますから、自分の写真でもカラーで撮ると必要以上に綺麗に写してしまうのです。だから、自分の作品を撮る場合には、モノクロームの方が自分の思うものが出てくる気がします」

© Shin Sugino

――今回展示されている作品の多くは、1つのフレームに2つのモチーフや時間が存在しています。その境界線は曖昧ですが、2つある。これはどのような意図があるのでしょうか?

「フォトグラビュールのプロセスで作品制作をしようとした際に、今まで撮影してきたイメージをすべて見直しました。そこで、2つ合わせたほうがもっと面白いイメージが出てくると思い、組み始めたのです。コラージュで作品を作るのは僕としては初めてなので、これはひとつの実験でもあります」

――モチーフを2つ置くことで、世界観やメッセージがより強く伝わってくると感じます。

「1枚の写真に、ストーリー性が出てくるのだと思います」

――なおかつモノクロームであるから、2つのイメージの境界線が混じり合っています。

境界なく混じり合う、2つの濃厚なイメージ

「僕の作品は黒の部分が多いので、その点はコントロールしやすいです。モチーフとモチーフの間を黒で潰してしまうことで1つの絵になる。いわゆるコラージュ然としたものではないものをイメージしています」

――さらに、映画的な感覚を覚える作品もあります。たとえば2つのシーンがディゾルブ(カットとカットを徐々に重ね合わせて次のカットへと移行していく動画の切り替え手法)していくときに、鑑賞者の脳内でイメージが混ざった瞬間のような印象を受けました。

© Shin Sugino

「僕は最近コマーシャルの撮影がメインなので、静止画もだんだん映画的になってきているのかもしれません。もう少し腕が上がってきたら、組み合わせるイメージは2つだけでなく、もう少し増やしていきたいと思っています」

――作品のアスペクト比も印象的です。いわゆるライカ版よりもはるかに横長で、映画館で見るスクリーンであればビスタサイズに近いおよそ1.9:1という比率で、写真作品ではあまり見ることのないスタイルです。

アスペクト比の統一された横長の印画

「最初からこの比率に決めていたわけではないんです。制作を進めているうちに、このアスペクト比に収まりました。最初は左右がもっと短かったのですが、2つのモチーフを足し始めたとき、もう少し横幅が必要だと感じました。シングルイメージを使う場合は上下を切ってしまい、すべて同じ比率に収めています」

© Shin Sugino

――ご自身の中のイメージ優先で色々と模索されているうちに、最適と確信できる比率に落ち着いたのですね。M型ライカのファインダーには3:2のアスペクト比でフレームが出ていますが、撮影される瞬間に最終的なイメージを想起されながらシャッターを押されているのでしょうか?

「ライカで撮影する人達にはノートリミング主義の方が多いですが、僕はそこまで究極的にトリミングを避けることはしていません。作品作りにおいては、最初に大体のイメージがあり、今回の作品のほとんどはヨーロッパで撮ったものですが、自分の頭の中のイメージに合ったらとにかく撮るというスタイルです。いわゆる押さえのカットも撮っておき、後からじっくり練り直すというやり方なのは、広告写真に携わっていることも影響しているのかもしれません。」

――心の琴線に触れる被写体に出会ったら、すべての可能性を掴み撮って帰るというような感じでしょうか?

撮るべきと感じた衝動に素直に従う

「そうですね。デジタルの利点は、何枚撮っても構わないことです」

――フィルムと違って感材費を気にすることもなければ、ロールチェンジで撮影を中断させられることもありません(笑)。

「だからスマートフォンで記念写真を撮るときにも、うちの奥さんなんかに『これは何枚撮ってもいいんだから撮りまくれ』と言っています(笑)。僕がライカで撮るときも、とにかく撮りながら不要なカットを捨てていきます。およそ必要量の5倍のカットを撮影して、半分程度はその場で処分します」

 

――フィルム機のライカM2から始まり最新のM11までお使いとのことですが、レンズの遍歴に関しても教えていただけますか?

「僕は、あまりレンズには煩くないのですが、あえてお話をするなら、僕の原点となるレンズは21mmのスーパーアンギュロンです」

――おお、スーパーアンギュロンといえば1960年代に登場した、その当時にライカで使える最も広い画角を持っていたシュナイダー・クロイツナッハ製のレンズですね!

今も昔も、広角レンズが作品作りの基本

「昔から広角ばかりを使っています。最近、一番よく使うのはトリ・エルマーM f4/16-18-21mm ASPH.です。常用レンズはトリ・エルマーと、28mmの単焦点ですね。どうしてもアップで撮りたいときは、沈胴式のマクロ・エルマーM f4/90mmを使います。いいレンズです」

――3焦点レンズのトリ・エルマーには、焦点距離レンジの違う2種類がありますね。

「初期のタイプで、28-35-50mmのものがありました。実は面白いことに、ライカM11の発表のとき、製品写真の背景にそのレンズが置いてあったのです。それで、これはまた出るのかな?と思って一所懸命に調べたのですが、新品を探し出すことはできませんでした」

――ライカM11は、昔のレンズも使えます。というアピールだったのでしょうかね。

「ぜひあのレンズを買いたいなと思っています。僕の理想は、焦点距離レンジの違うトリ・エルマー2本を持って、ボディ2台にそれぞれを装着して・・・」

――超広角から標準域まで、2台のライカですぐに撮れるセットですね。

「そうできたら、もう人生幸せという感じです。だから、たぶん探し出して買うと思います(笑)」

――レンズにせよボディにせよ、ライカを手に入れた瞬間の高揚感は特別なものだと思います。

新しいライカを買った最初の1枚

© Shin Sugino

「この作品は、実はここ、ライカプロフェッショナルストア東京で撮った写真です」

――確かに、クレジットには東京・銀座と入っていますね。

「何年か前に、作品が展示されているこの場所で僕はライカを買って、カメラを手にしながら何気なくポッ!とシャッターを押した時の最初のフレームがこの写真だったのです」

――それでは意図的に写したのではなく、ほぼ無意識に撮られたのですね。

「カメラの怖いところは、撮る気がなくても写ってしまうところです。それに頼らないように自戒しているのですが、この写真はあまりに自分の中でしっくりきてしまったので、作品として入れました。この場所で写真展をするという意味で、このイメージは重要です」

© Shin Sugino

――それに対して、こちらの作品には2つのモチーフの組み合わせに明確な意思を感じます。

「左側は東京で撮ったものです。右側はカナダのトロントで、実は静止画ではなくてライカM (Typ 240)でムービー撮影した素材から切り出したものです」

無意識の情動を、意識的に表現する

―――この組み合わせが絶妙です。横になっている男の想念が、フレームの右側に立ち現れてきているように見えます。

「この作品は、僕の中ではカトリック的なものなのです」

――色欲を悪とする抑圧がカトリックでは特に大きく、それゆえ夢想へと走ってしまうということですね。そもそも人間とは欲と罪を持って生まれ、そこから解放されるには教会という装置が必要だから礼拝に来なさい、それでもあがない切れないと思ったら、お金を出せば免罪符も販売しているのでどうぞ。というシステムですね。


「免罪符の存在があったからこそ、それに反発してプロテスタントが出現します。実は、僕自身も1960年代に僕の名前で免罪符をもらったことがあります」

――ええっ!! それはバチカンが出してくれるものですよね? 20世紀にも発行されていたとは知りませんでした!

「神社のお札と同じで、金額が小さければ小さな免罪符で、額が大きければ立派になります」

――免罪符は、カトリック教会で洗礼を受けた方でなければもらえないものですよね?

「そうです。僕はカトリックの幼児洗礼を受けています。その免罪符をもらったときは、僕は神学校にいました。そのようなこともあって、『巡礼』というタイトルは、自分の精神的なルーツに対する確認という意味を持っているのです」

カトリシズムをめぐる、精神の巡礼

――物心ついたときから、厳格なカトリックの教義の世界にいた自分を見つめ直すことで一連の作品が生み出されていったのですね。ヴェネツィアなどで撮影された濃密なイメージの数々は、それらの存在と杉野さんの精神性の中枢が共振した瞬間にシャッターが切られ、その波動が見るものを圧倒するのだと得心しました。

「今回の展示は『巡礼Ⅱ 免罪符としてのライカ』というタイトルですが、それに関連して今日は1975年に発行された本を持ってきました。新人発掘のページで、僕が取り上げられています」

1975年版『タイム・ライフ年鑑』。「新人発掘」に掲載された杉野氏の作品

――この本にはフランコ・フォンタナも新人として載っていますね! 杉野さんの作品評を拝見しますと『彼の被写体には、大きなカテドラルの暗がりのなかで、陽光を浴びて突如目に入った怪物像に見られるような、この世ならぬ威信がある』とあります。これは現在展示中の作品に通底するものがあります。

「ここに載っている作品は、オタワのナショナル・フィルム・ボード・ギャラリーで1974年に『巡礼行』と題して展示したものの一部です。これが今回の写真展の展示作品につながっています。写真のスタイルも、割と似ていると思います」

半世紀を経てつながる、写真による「巡礼」

――確かに、およそ半世紀の時を隔てながらもスタイルは不変であり、杉野さんの表現者としての姿勢はブレることなく現在に至っていることがわかります。この巡礼の旅は、まだまだ続いていくのですね。

「続いていくと思います」

――ちなみに、若き日の杉野さんの巡礼の旅に同行したのはライカだったのですか?

「この時は、主にニコンでした。この作品を撮っていた頃に僕が持っていたライカでは撮り切れない部分があったんです。確かライカM2を手放して、ミノルタと共同で作られたライカCLを持っていたと思います」

――初代のライカCLは1970年代の初頭に登場したレンズ交換ができる小型機で、標準レンズもコンパクトな設計のズミクロン40mmでした。

「ライカCLは結構好きだったんです。だから、何枚かはライカCLで撮っているかもしれません。でもライカCLを使いながらも、自分の中で少しだけ抵抗感があって‥」

――せっかくだったら1954年から現在に至るまで同じサイズ感の伝統的なM型ライカを使う写真家でありたい?


「そうですね(笑)」

――これからのライカに期待されることがありましたらぜひお聞かせください。

「僕は、最初のCCDのライカMモノクローム、ライカMのTyp246モノクローム、そしてライカM10モノクロームと歴代のモノクロームモデルを全部使っています。最新のライカM11はテザー撮影が簡単に使えて便利ですが、残念ながらモノクローム専用機ではありません。だから、ライカM11のモノクロームを期待して待っています」

――期待して待ちたいですね。

「もし発売されれば、即買います(笑)」

――今後もライカのカメラが杉野さんにとって強力な免罪符となり、その作品世界を拡張してくれることを大いに期待しています! 本日は印画の制作プロセスから作品の持つ精神性に至るまで貴重なお話をうかがい、とても濃密な時間を過ごさせていただきました。会期中、またギャラリーに足を運びたいと思います。どうもありがとうございました。

「こちらこそ、どうもありがとうございました」


Photo by Y -Leica Online Store Staff-



写真展 概要

作家 :杉野信也
タイトル:「Pilgrimage II Leica as Plenary Indulgence(巡礼Ⅱ 免罪符としてのライカ)」

ライカギャラリー東京 (ライカ銀座店2F)/ライカプロフェッショナルストア東京
東京都中央区銀座6-4-1 2F Tel. 03-6215-7070
期間:2022年5月13日(金) - 8月13日(土)*月曜定休

ライカギャラリー京都(ライカ京都店2F)
住所:京都市東山区祇園町南側570-120 Tel. 075-532-0320
期間:2022年5月14日(土) - 8月18日(木)*月曜定休

写真展詳細はこちら



杉野信也 Shin Sugino

大阪生まれ。19歳でカナダに移住。オンタリオ州トロント市のライアソン大学で写真、映画を専攻。その後、同市ヨーク大学美術学部の講師を務める傍ら、写真作家としてのキャリアをスタートさせる。1980-1986 年には活動の場を広げ、カナダ、米国、スペイン、オーストリアの各国にて長編劇場映画のスチール写真カメラマンとして活躍。1986 年に広告写真スタジオ “Sugino Studio” を創設。1995 年カナダで初の完全デジタルプロダクションシステムを確立、カナダの広告映像作家の第一人者としての地位を築く。以後、写真だけでなく、テレビCMのディレクターや撮影監督などの分野でも活動を続ける。

これまでに、各種の国際的な賞を受賞。1988 年、2002年にカンヌ国際広告映画祭で金獅子賞、2006年には同広告映画祭サイバー部門でも金獅子賞を獲得。この他、Clio Award Gold, The One Show, The Advertising and Design Club of Canada,Applied Ar ts Magazine, Photo Distr ict News, Communication Ar tsMagazine, Lürzer’ s Archive Magazine などで数々の賞に輝く。

広告写真、コマーシャルの制作の傍ら写真作家活動を常に続けており主に古典技法の湿板写真、プラチナプリント、フォトポリマーグラビュールのプリントで作品を数々の写真展で発表。写真作家としての作品はカナダ国立美術館、Ontario ArtsCouncil Collection, Banff School of Fine Arts Collectionや、数多くのプライベートコレクションに収められている。
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