My Leica Story
ー ヴィルフリート・和樹・ヘーデンボルク ー

前編



ライカギャラリー東京およびライカギャラリー京都では、オーストリア・ウィーンを拠点に活躍する音楽家として知られ、写真家としても独自の道を歩むヴィルフリート・和樹・ヘーデンボルクさんの写真展「Living Music & the never-ending pursuit of the ideal」を開催中(会期は2023年2月28日まで)。名だたる音楽家たちを捉えたモノクローム作品で構成された本作はフィルムおよびデジタルカメラによって撮影されており、その双方ともライカが使われているとのこと。写真撮影に関するこだわりや、ライカに対する特別な思いなどをお聞きしました。

text:ガンダーラ井上



――本日は、お忙しいところありがとうございます。今回の写真展は、クラシック音楽の世界で活躍されている超一流の方々のポートレートで構成されていて、ご自身の演奏家としての視点で捉えられた素晴らしい作品が並んでいます。まずは写真展のタイトルについて教えてください。

「タイトルの“Living Music & the never-ending pursuit of the ideal”を日本語で説明するのはニュアンスが難しいのですが、まずアーティストにとって何が大切かといえば、音楽とは作業することではありません。音楽は朝起きてから寝るまで、ずっと頭の中で生きているということが大事なメッセージです。理想を追い求めていく姿勢は決して尽きることはありませんし、音楽の世界に完璧はありません。追い求める理想に近づけば近づくほど、自分の追っているものがさらに高度になっていくので、決して終わることがないのです」


――この作品群で被写体となった方々だけでなく、ご本人にとっても音楽とは“すること”ではなく“生きること”そのものなのですね。和樹さんはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のヴァイオリニストとして演奏活動をしながら、同時に写真家として偉大な指揮者や演奏家を撮影していらっしゃいます。

コンサートホールの舞台からのアングル

「ここに展示してある作品は、すべて舞台に上がってリハーサルをしているシーンです」

――なるほど! それで指揮者の方々が私服でタクトを振られていたりするわけですね。リハーサルとはいえ舞台に楽器と一緒にカメラを持ち込むのには勇気がいるのではないかと思うのですが、どのような動機で撮影しようと思われたのでしょう?

「まず、昔から写真を撮るのが好きでした。私がウィーン国立歌劇場に入団したのは2001年で23歳の時です(ウィーン・フィル入団は2004年)。引退するのが65歳として、最後まで弾き続ければ42年。そのあと数年エキストラとして弾かせてもらう期間を含めると、およそ半世紀をオーケストラで過ごすことになります。つまり1842年にウィーン・フィルが始まってからの歴史の一部を過ごしていることになるのです」

――およそ半世紀のサイクルで人間は入れ替わりながら、ウィーン・フィルという生き物の恒常性は保たれ、素晴らしい音楽は流れ続けるということですね。クラシック音楽の持つ時間軸の長さに鳥肌が立ちました。


「そうです。演奏する人間は変わっていくけれど、音楽はそこにあり続けるのです。その経験について、先輩の団員の方々が昔の巨匠や同僚の話をしてくれるとき、語られる言葉以外にはあまり情報がないので結局は思い出話にしかならないのです。私にも毎日の演奏を通じて重ねてきた経験とその瞬間を、次の世代に受け渡さなければいけないときが来ます。そのときのために言葉だけではなく、写真という形で記録したいと思ったのです」

――それは素晴らしい動機ですね。演奏家の視点で捉えた1枚の写真があるだけで、言い伝えること以上のリアリティを未来に残せると思います。被写体となる方々の反応は、最初から撮影に対してポジティブだったのでしょうか? 音楽に集中しなさいと叱ってくる先輩もいそうな気がしますが‥。


「ウィーン・フィルに入団した当初はテスト期間でもあったので演奏に徹していたのですが、いつの日かカメラで撮影したいと思っていました。ある時期に意を決し舞台にカメラを持ち込みました。その理由として、団員の方々に『僕は写真を撮るのが好きだから、ここで撮影したことが材料となって写真集や写真展に結びつけば夢が叶ったことになるので撮らせてくれる?』と正直に話すと『そうか、それならいいよ。』『俺にもプリントを頂戴』といった感じで好意的だったので撮り始めて、次第にショット数が増えていきました」

――私たちのような音楽を聴く立場の人間にとって、作品を拝見することで演奏者の視座を追体験できるということが新鮮でした。

体験の記憶に加え、音楽への情熱も伝える

「記録としての役割だけでなく、音楽家として弾きながら撮影することで、音楽に浸っている自分自身の中にある感情も含めて写真に収めています。写真は音楽とは異なるメディアですが、これらの写真を見る人を音楽の世界に連れていきたい、もしくは行っていただきたいという気持ちがこもっています」

――今回の展示で登場する名だたる指揮者の方々は、ほとんど左斜め前からのアングルで撮影されていますね。その理由は?

©Wilfried Kazuki Hedenborg 「Riccardo Muti, Berlioz „Symponie fantastique“ Musikverein Wien, Vienna 2022 」


「舞台に上がってリハーサルしている現場で演奏する席から撮影をしているからです」

――ということは、まさに本番の公演でご本人が演奏中に見ている視点と同じということですね!

「さすがに本番でお客さんが入っているのに演奏の途中の8小節の間でヴァイオリン奏者がカメラを出して撮影するなんてあり得ませんが、リハーサルならそれが可能になります」

――この位置から写真を撮ることができるのは演奏者の特権みたいなものですね。

「演奏会を撮るのであれば、普通は舞台袖の隠れた場所から狙うか、舞台後方のコントラバスやティンパニーのあたりに紛れ込んで指揮者と向き合うことになるので、このアングルでの撮影は不可能ですね」

――あくまで演奏がメインで、弾かないタイミングを見計らって写真を撮るということですよね?

「ブレイクのとき、小節を数えながら撮ります。完全に音楽をシャットアウトしてしまうと戻れなくなるので音楽は頭の中に流れ続けている状態で。でもその中で完全に写真に溺れてしまうと音楽に戻るタイミングをミスしてしまうリスクもあるので、頭の中ではクリッカーが鳴っているようにしながらカウントダウンして、あと1小節になったらカメラを膝元に置いて演奏に入ります」

――音楽と写真撮影、それぞれへの注意の向け方の配分が難しそうですね。

「演奏の合間だけでなくリハーサル中でも自分が弾くプログラムとそうでないものがあるので、出番のない“降り番”のときに撮りに行くこともあります」

©Wilfried Kazuki Hedenborg 「Erwin Falk, Bruckner Symphony No.4 Musikverein Wien, Vienna 2022」


「この写真は、ズービン・メータさんが指揮しているときにティンパニーの脇にしゃがんでメータさんの写真を撮りつつ、同僚を撮ったものです。演奏していたのはウィーン・フィルが1881年にリヒター指揮で初演したブルックナーの交響曲第4番。写真に写っているティンパニーは1894年にリヒターの指令で当時のオペラ座に就任することになったハンス・シュネッラーが開発した楽器で今現在も使用されており、ウィーンの音にとっては大変重要な役割を果たします。そのことについてリハーサルの直前に彼と話をしたこともあり、どうしても撮っておきたいと思って撮影した瞬間です。今回の展示はライカギャラリー東京とライカギャラリー京都で重複するカットはありません。これともう1カット以外は、自分が座って演奏している位置からの写真です」

――いずれにしてもオーケストラのメンバーでなければ入り込めないアングルですね。演奏途中に撮影する場合には、この席の前の方がいいとか横の方が撮りやすいなど理想の撮影ポジションになるとは限らない気もします。

演奏者として与えられた場所から撮る

「そう思うこともありますね。アングルとしては同僚に相談して席を交換してもらう方がいいけれど、根本的にはスケジュール通りの座り位置から何が撮れるかという姿勢でやっています。だからカメラを持ってきたけれど何も撮らずに帰ったことも何度もあります。それでも長年続けていくことで、これだけのカット数が集まってきました」


――その日に決められたポジションでヴァイオリンを弾きながら、ブレイクでカメラに持ち変えるということですが、舞台上には楽器用のスタンドがあるのでしょうか?

「ありません。そもそもスタンドに置いていたら、そこから手に取る時間で数秒ロスしてしまうから無理なんです。だから両ひざの間に楽器を挟んでおきながら、カメラは太ももの上に乗せた状態が撮影する際の基本ポジションになります」

――ひざを締め込むと楽器が可哀想ですし、太ももの上のカメラも落としたら大変です。

「これは撮影と演奏を並走して行うことを続けているうちに身につけたワークフローで、このやり方が一番効率的です。演奏中のカメラの置き場所は、目立たず取り出せるので右下にしています。2台のカメラのうち1台には、あえてストラップをつけていません。オーケストラピットは暗いことも多く、どちらのカメラなのかをストラップの有無で手探りでもわかるようにしてあります。両方ともストラップをつけていると引っ掛けてしまうかもしれないので、いかにスムーズにできるかという意味でも有効です」

小型のバッグに機材を入れてステージに上がる


――これは、他の誰も挑んだことのない撮影スタイルだと思います。こうして舞台に持ち込まれて使われている機材はライカだとうかがいました。実際に撮影に使われているカメラとレンズについて、詳しく教えていただいてもいいでしょうか?

「もちろんです。話を続けましょう」

後編に続く



写真展 概要

作家 :ヴィルフリート・和樹・ヘーデンボルク
タイトル:ヴィルフリート・和樹・ヘーデンボルク写真展「Living Music & the never-ending pursuit of the ideal」

ライカギャラリー東京 (ライカ銀座店2F)
東京都中央区銀座6-4-1 2F Tel.03-6215-7070 月曜定休
期間:2022年11月18日(金) - 2023年2月28日(火)

ライカギャラリー京都 (ライカ京都店2F)
京都府京都市東山区祇園町南側570-120 2F Tel.075-532-0320 月曜定休
期間:2022年11月18日(金) - 2023年2月28日(火)

写真展詳細はこちら



ヴィルフリート・和樹・ヘーデンボルク Wilfried Kazuki Hedenborg

6歳よりヴァイオリンを始める。1989年、モーツァルテウム国立音楽大学でルッジェーロ・リッチに師事し、1998年に最優秀の成績で修了(芸術学修士)。同年ウィーン市立音楽大学でヴェルナー・ヒンクに師事し、2001年に首席で卒業。数多くの国際コンクールで入賞。ヴァイオリンの弦の開発も手がけており「トマスチック・インフェルド」と契約。2001年にウィーン国立歌劇場管弦楽団に入団。2004年よりウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の正団員として活動する一方で、室内楽の演奏活動にも積極的に参加、ソリストとしても活躍している。音楽家としての活動のほか、写真家としても独自の道を歩む。2013年にはウィーン・フィル舞踏会にてワインギャラリー「ビック・ボトル」、2018年にはザルツブルクのライカギャラリーにて「Perspektivenwechsel」と題し展示会を実施。同年にリッカルド・ムーティとルッジェーロ・リッチの100周年記念演奏会でパガニーニの協奏曲第4番を共演、そしてフィルハーモニア・エテルナと十束尚宏の指揮でロージャのヴァイオリン協奏曲を日本初演。現在は演奏活動のほか、協議会会長としてウィーン国立歌劇場管弦楽団を代表。1977年生まれ。 直近では、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ集CD 第1弾として 『ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ 第4 番、第5 番「春」、第10 番/ヴィルフリート・和樹・ヘーデンボルク、森泰子』 を11月25日にカメラータ・トウキョウよりリリース。

http://www.hedenborg.at(外部サイトへ移動します)