My Leica Story
ー ヴィルフリート・和樹・ヘーデンボルク ー

後編



ライカギャラリー東京およびライカギャラリー京都では、オーストリア・ウィーンを拠点に活躍する音楽家として知られ、写真家としても独自の道を歩むヴィルフリート・和樹・ヘーデンボルクさんの写真展「Living Music & the never-ending pursuit of the ideal」を開催中(会期は2023年2月28日まで)。名だたる音楽家たちを捉えたモノクローム作品で構成された本作はフィルムおよびデジタルカメラによって撮影されており、その双方ともライカが使われているとのこと。後編では、愛用のライカと作品の世界についてさらに深くお話をうかがっていきます。

text:ガンダーラ井上



――作品を撮るのに使われた機材のことを教えてください。リハーサルとはいえオーケストラのステージ上にカメラを持ち込むことは周囲の雰囲気を壊しかねない行動のような気がします。どのようなカメラを使うかで周囲の反応も変わってくるのではないでしょうか。


一眼レフから始め、そしてライカへ

「最初の段階では、フィルムの一眼レフを使っていました。カバンをなるべく小さくして持ち運び、取り出して使うのですが、ミラーの動作音がするので皆の目を引いていました。デジタルになって少し静かにはなりましたが、ボディが大きくて目立っていました」

――確かに、ハイスペックの一眼レフは存在感も威圧的ですし音も控えめとは言い難いですよね。それでライカを使うことになったのですね。

「僕が初めて手にしたライカは、レコードの録音で大変にお世話になっている方に貸していただいたものでした。そのライカM6をずっと使わせていただいています。これが最初のライカであり、フィルムで撮られたカットは、このカメラによるものです。デジタルの写真は、モノクローム専用機で撮っています」

実際の撮影に使っている2台のライカ


――おお、ライカM6ですか!ここ数年中古市場での人気が急上昇していることに加え、ライカカメラ社が2022年に突如として復刻生産したことで話題になった旬のモデルですね。それにしても、ほぼ永久貸与でライカを手渡してくれた人物は立派な方ですね。デジタルのモノクローム専用機はライカMモノクローム(Typ246)でしょうか?

「いいえ、初期のモノクローム専用機でCCDセンサーのカメラを使っています」

――失礼しました。よく拝見すれば伝統的なスタイルのファインダーフレーム採光窓があるライカM9ベースのモデルですね。CCDセンサーのライカMデジタルは独特な描写が伝説となっています。


デジタルの愛機はモノクローム専用機

「発売当時、モノクロだけを撮れるカメラとして待ちに待っていたものがやっと出たので、すぐに欲しいと思いました」

――そこで即断即決されて購入された?

「すぐに買いたかったのですが、同僚がウィーンのショップにたった1台しかなかった在庫を先に買ってしまって‥」

――決心しているのに、手に入らないかもしれない。もどかしい瞬間ですね。

「お店に電話したら、やはり在庫がなくて落胆しました。でも思ったよりも早く、数週間で入荷して買うことができました。それ以来ずっと愛用しています」

――このマリス・ヤンソンスさんの写真もライカMモノクロームでしょうか?

©Wilfried Kazuki Hedenborg 「Mariss Jansons, Mahler Symphony No.3 Musikverein Wien, Vienna 2015」


「はい、そうですね。レンズはズミクロンM f2/90mmを使っています。マーラーの交響曲第3番を指揮しているところです」

――素晴らしくシャープで深みのある写真です。今回の展示作品にはキャプションにリハーサルしている楽曲名も記されています。マーラーの交響曲第3番ということは、これは第1楽章という感じでしょうか?

「第1楽章の、後半のところです」

――もし第2楽章であれば、指揮棒がこのように直線的でなく弧を描くようなイメージなので予測が当たってよかったです。そもそも第2、第3楽章ではバイオリンはピチカート奏法で忙しいですよね?

「そうそう、忙しすぎて写真は撮っていられない(笑)」

――キャプションで楽曲を読んで、音を想像しながら写真を見るのが楽しいです。

音楽の世界と写真の世界が混ざり合う

「被写体の方々の名前、場所、年号に加えて、何の曲をリハーサルしているのか書いてあるので、もし曲をご存知であれば旋律が浮かんで、それが好きであればその世界に浸って欲しい。その曲を知らないけれど写真を見て何か惹きつけられるものがあると感じられたら、どのような曲か聴いていただいて写真の世界と結びつけて混ざり合わせてくれれば嬉しいと思います」

――こちらはチャイコフスキーのスペードの女王ですね。

©Wilfried Kazuki Hedenborg 「Valery Gergiev, Tschaikowsky „Pique Dame“ Wiener Staatsoper, Vienna 2022 」


「これはヴァレリー・ゲルギエフが指揮したスペードの女王で、フィルムはT-MAX400を1600に増感して自分で現像したものです。ライカM6にズミルックスM f1.4/50mm ASPH.をつけて、すこしクロップしています」

――フィルムの粒状感と、背景の黒の深さに痺れる力強い1枚です。音楽を想像すると、さらに作品の深みが増してきます。この距離感で躍動する指揮者にピントを合わせるのは至難の業だと思います。

フルマニュアルのフィルム機で撮影

「これは座っている位置が近すぎて、フレームから彼がはみ出してしまい90mmでは無理な距離でした。だから50mmで撮ってクロップしなければならないのが気になったけれど、そうしないと撮れない。しかも、あまりに暗くてピントを合わせるのが大変でした」

――律動する被写体を難しい光の条件下においてマニュアルフォーカスでピント合わせしながらシャッターチャンスを狙う。しかも1コマ1コマを巻き上げレバーでチャージするフィルム機のライカM6ですよね。


「彼は顔立ちがハッキリしているのでピント合わせがしやすいけれど、動きもある。指揮をしている最中に、こちら側に目線を持ってくるのを待ってからピントを合わせていては遅すぎる。だから鼻にピントを合わせておいて、若干ピントリングを回して鼻から目に戻し、それで彼の動きとシンクロするタイミングで撮らないと思ったような結果にならない」

――まさに達人の技という感じですね。ライカM6での撮影は、すべての操作が人の手と判断によるものですが、すんなり使いこなせたのでしょうか?

「最初はフィルムの入れ方、ファインダーの覗き方から逆光気味でのマニュアルフォーカスの難しさまでいろいろ苦労はしたけれど、慣れてくると手放したくなくなり、その結果を見たときは苦労が実ったという感じで。大変であってもこんな素晴らしいものが撮れる。それなら使うのが楽なカメラで撮るのでなく、僕がライカの操作を学んで馴染むべきだという接し方をしました。すると、しばらくして意識しなくても使えるようになりました」

――言ってみれば、それは楽器が弾けるようになるようなものでしょうか?

「常に触っていて慣れていくことが重要なのは楽器と同じです。何も考えなくても自動的に操作できて体の一部となってしまえば大丈夫です」

――楽器が体の一部になっているといえば、こちらは大先輩のライナー・キュッヒルさん。この表情が最高ですね!

©Wilfried Kazuki Hedenborg 「Rainer Kuechl, Beethoven Symphony No.1 Musikverein Wien, Vienna 2015」


「いいでしょ、僕にとって怖い先生でもあるんだけれど、その反面まるで少年のような面も持ち続けている自分の人生にとって大変重要な方です」

――団員同士でなければ撮れないアングルと表情ですよね。手にされている名器の裏側を見ることができるのも貴重です。ところで、フィルムのライカM6をデジタル機と併用されているのには理由がありますか?

ライカM6を使い続けている理由


「アナログを使い続けているのは、アナログが好きだからです。デジタルは後処理の幅は広いけれど、アナログはちゃんと撮れれば本質が掴める。逆に、よく考えて撮らなければいけないし、すべてが合致すれば表現するものも強く写る。デジタルも必要だけれど、アナログは本当に好き。フィルムで写真の世界に入ったから、それは一生続くと思う」

――アナログのライカに関して、ライカM6以前のもので気になっているモデルはありますか?

「ライカM6を貸してくださった方から、1936年製のエルマー f3.5/5cm をお借りしているのですが、このレンズが素晴らしい。その時代に合わせて、スクリューマウントのライカⅢaと組み合わせて1930年代の第二次世界大戦が始まる前の数年間に戻るということも考えています」

――その時間軸の捉え方は、とても日本製カメラでは支えきれないですね。ライカだからこそ実現できることだと思います。

クラシック音楽の世界にカメラを同調させる

「ウィーン・フィルが国立歌劇場で使う譜面は1917年頃からずっと同じものものを使っているものもある。演奏している人間は変わっているけれど建物も楽譜も同じだとすれば、それにカメラを合わせるという案も浮かんでくる」

古いライカの資料でシステムの構想を練る


――そこで、レンズとボディの時代を合わせるべくライカの資料に当たっていらっしゃるわけですね。

「これはコレクターのお父様がいらした方からいただいたもの。この英語版の第2版が出版されたのは、偶然にも僕が生まれた1977年です。ライカⅢaには数多くのバージョン違いがあるけれど、この本にある情報から年代を特定して、エルマーの製造年とジャストにするほどではないにせよ、戦前のウィーン・フィルの活動が盛んだった時代、その頃の魂を生かすことは大事だと思っているので、そのようなプロジェクトが頭の中にあります」

――極めてマニアックでありながら、必然性のある欲求ですね。できれば底蓋に迅速なフィルム巻き上げのための引き金がついたライカピストルも装着していただきたいです。

「ドイツのカメラ店に、そのピストル付きのライカⅢaがあったんだけれど、状態が悪かったので入手することは断念しました」

このエルマーに相応しいボディを探し続けている


――古いライカの場合、どのようにメンテナンスしていくかも含めて考えていく必要がありますよね。ところで、交換レンズに関して何か気になるものはありますか?

「50mmと90mmの2本を必ず持っていき、この2本がカバーできる範囲で撮ることが基本です。その中間の画角で撮るという意味で、75mmも気になっています」

――今日インタビューカットの撮影に使っているレンズが偶然にもノクティルックスM f1.25/75mm ASPH.です。このレンズをお貸ししますのでご自身のライカで試してみてください。

レンズの使い心地を愛機に装着して確認


「このレンズの存在は前から知っていて、でもお値段が高いので僕はお店に行かないようにしていたのに触らせていただいて、怖い体験をしてしましました(笑)。この画角のレンズとしては古い時代のヘクトール73mmとライカM3を組み合わせてみたいというアイデアもあるけれど、今日ここでノクティルックスを見て撮らせてもらったら、ああ!!となってしまって‥」

――どうしましょう?

「どうするかわからない(笑)」

手に入れるべき機材に関する、悩ましい選択

――戦前から現在進行形のモデルまで、驚くべき時間軸のスケールでシステムを組めるのがライカの魅力だと思います。


「こういうことは今スタートするから買いに行くぞ!ということではないから、常に頭の中でその考えが回っている状態になっている」

――偉大な演奏家、写真家であるヴィルフリート・和樹・ヘーデンボルクさんをこれだけ魅了してしまうライカの底力を感じました。本日は深く濃く、音楽と写真、ライカの話をお聞きできて本当によかったです。どうもありがとうございました。

「こちらこそ、ありがとうございました」


前編を読む

記事中に出てきた関連商品:ライカ ズミルックスM f1.4/50mm ASPH. ライカ ノクティルックスM f1.25/75mm ASPH.



写真展 概要

作家 :ヴィルフリート・和樹・ヘーデンボルク
タイトル:ヴィルフリート・和樹・ヘーデンボルク写真展「Living Music & the never-ending pursuit of the ideal」

ライカギャラリー東京 (ライカ銀座店2F)
東京都中央区銀座6-4-1 2F Tel.03-6215-7070 月曜定休
期間:2022年11月18日(金) - 2023年2月28日(火)

ライカギャラリー京都 (ライカ京都店2F)
京都府京都市東山区祇園町南側570-120 2F Tel.075-532-0320 月曜定休
期間:2022年11月18日(金) - 2023年2月28日(火)

写真展詳細はこちら



ヴィルフリート・和樹・ヘーデンボルク Wilfried Kazuki Hedenborg

6歳よりヴァイオリンを始める。1989年、モーツァルテウム国立音楽大学でルッジェーロ・リッチに師事し、1998年に最優秀の成績で修了(芸術学修士)。同年ウィーン市立音楽大学でヴェルナー・ヒンクに師事し、2001年に首席で卒業。数多くの国際コンクールで入賞。ヴァイオリンの弦の開発も手がけており「トマスチック・インフェルド」と契約。2001年にウィーン国立歌劇場管弦楽団に入団。2004年よりウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の正団員として活動する一方で、室内楽の演奏活動にも積極的に参加、ソリストとしても活躍している。音楽家としての活動のほか、写真家としても独自の道を歩む。2013年にはウィーン・フィル舞踏会にてワインギャラリー「ビック・ボトル」、2018年にはザルツブルクのライカギャラリーにて「Perspektivenwechsel」と題し展示会を実施。同年にリッカルド・ムーティとルッジェーロ・リッチの100周年記念演奏会でパガニーニの協奏曲第4番を共演、そしてフィルハーモニア・エテルナと十束尚宏の指揮でロージャのヴァイオリン協奏曲を日本初演。現在は演奏活動のほか、協議会会長としてウィーン国立歌劇場管弦楽団を代表。1977年生まれ。 直近では、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ集CD 第1弾として 『ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ 第4 番、第5 番「春」、第10 番/ヴィルフリート・和樹・ヘーデンボルク、森泰子』 を11月25日にカメラータ・トウキョウよりリリース。

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