My Leica Story
ー 辻 雄貴 ー


ライカ大丸東京店では、華道家・辻雄貴さんの世界観を捉えた写真と動画を展示中(期間は2023年3月中旬まで)。気鋭の華道家が、単なる作品の記録という目的を超えて選んだカメラはライカとのこと。そこで、ご自身の考える“いけばな”を核としたクリエイションについて、そしてライカに対する印象と期待についてお聞きしました。

text:ガンダーラ井上



――本日は、お忙しいところありがとうございます。My Leica Storyにご登場いただくアーティストとして華道家というのは初ジャンルなので少々緊張しておりますが、どうぞよろしくお願いします。ご経歴を拝見すると大学では建築を専攻されていたとのことですが、どのような経緯で華道家として活動することになったのでしょうか?


ガウディの建築から、日本の美意識へ

「建築を志したきっかけは、自然をモチーフにして空間を創るアントニオ・ガウディの作品に憧れたからです。建築の勉強を進めていくと、自然をモチーフとしたデザインというものは実は日本の文化の中にあったことに気づかされました。そこで、建築家になるための表現手法のインプットとして“いけばな”に興味を持ちました。そこを出発点として尊敬する師との出会いがあり、“いけばな”の面白さを味わうにつれて主軸が逆転し、華道家として建築を作ったほうが僕の考える空間が生み出せると思ったのです」

©Yamato Ikehara (YUKI TSUJI + Plants Sculpture Studio Inc.)


  ――なるほど。天才建築家であるアントニオ・ガウディが表現する世界への共感をきっかけとして、逆に日本文化の真髄へ接近されたということなのですね。建築を大きく分類すれば欧州は石の文化、日本は木の文化ですが、それ以外にも何か違いがあると思われますか?

「空間という言葉の意味するところは欧州では無(=Nothing)ですが、日本では何もないはずのそこに一番多くあるのが大きな違いだと思います」

――すなわち欧州では“空”と捉える部分を、日本では“間”として認識しているということですね。

「その通りです。その世界観で“間”を創る芸術が華道であり、自分の表現したいものと合っていると感じています」


――草木や花というオブジェクトだけでは“いけばな”は成り立たず、器があり、空間があり、光があって、それを見ている人との“間”によって作り上げられる芸術ということですね。辻さんの作品を拝見すると、お花がきれいで癒されるといったことだけでなく、予測不能な自然界で植物が生存するための必然的な美しさや厳しさのようなものも感じ取れます。


自然を抽象化する、日本独自の創作思考

「日本が世界に誇るべき表現手法とは、自然を抽象化できるところにあると思っています。それは日本のクリエイションの随所にありますが、“いけばな”はその最たるものです」

――日本特有の美意識から生み出された“間”は、時間軸も含めると4次元です。そこからある瞬間の3次元空間を切り出して写真という2次元へと抽象化する装置がカメラなのだと思いますが、イメージどおりに作品として切り撮るのは非常に難しいのではないかと想像します。

「“いけばな”は立体造形であり、奥行きの物々しさがないと薄べったい平面的な作品になってしまいます。ですから、後ろ側がどのような作り方になっているべきかを突き詰めて考えます。写真に撮るときは、さらに考えますね。見てもらう作品と写真に撮ることを目的とした作品では、全くいけ方が違います」

――写真撮影用に、レンズからの視点に特化したチューニングをされているのですね!

「はい。写真の場合は特に、後ろの空間があればあるほど前の空間が良くなっていきます」

©Yamato Ikehara (YUKI TSUJI + Plants Sculpture Studio Inc.)


――この写真は2次元であるにも関わらず、1ショットで草木や器の裏側の空間を想起させてくれます。露出もかなりアンダーに抑えられていて、谷崎潤一郎が電灯のなかった時代を考察する随筆、『陰翳礼讃』を思い出しました。

日本の美意識の本質を捉える

「日本食の文化でも空間に陰影があって奥行きがあると料理に深みが出ますが、そのような考え方を掬い取ってくれるのがライカであり、そこに使う意味があると感じています」

――伝統的な日本家屋でこのような斜めの光線が差し込んでくる時刻であれば実際の光量はすごく少なくて、肉眼で見たことを想定すると明るい場所から薄暗い部屋の中に入ってきた瞬間に見えてくる感じに近いと思いました。

「ライカであれば、その感覚に届くのではないかという漠然とした希望があります」

――辻さんのお考えになっている世界観を捉え、しっかり伝えるための道具としてライカが適しているのは直観として分かる気がしますが、言語化するのは難しいですね。どこが他のカメラと違うのでしょう?

©Yamato Ikehara (YUKI TSUJI + Plants Sculpture Studio Inc.)

「僕の“いけばな”は、自然の生命力と人間の想像力が融合することで抽象化が完成します。その本質を考えたとき、写真の世界でそれを叶えてくれるのがライカという気がしています。すなわち、人間の持っている抽象化の能力を具現化してくれるのがライカで、そこの部分を省略して、3次元を2次元へと単純に翻訳してくれるのが他のカメラなのかもしれません」
――ライカカメラ社が社是として掲げているのが“DAS WESENTLICHE”というドイツ語で、“本質そのもの”といったニュアンスの意味の言葉です。社主のカウフマン博士が標榜しているライカの姿勢とは、まさに辻さんが話してくださった抽象化に近しいと感じました。本質を突き詰めていった先にあるのは何か?という問いかけは、華道にも写真機にも通じることかと思います。



「ライカは、自然の抽象化ができるカメラかもしれないですね。このカウンターの後ろにある襖は、杉檜林を撮った写真を抽象化して、それを襖絵のように当てはめたものです」

――襖や屏風に花鳥風月を描く伝統を、絵筆でなくカメラでキャプチャーした画像に置き換えているわけですね。しかも高度に抽象化されているのがクールです。自然がモチーフなのに未来的な印象も感じられます。この襖絵があるのは静岡の浮月楼とのことですが、どのような場所なのか教えていただけますか?

©Yamato Ikehara (YUKI TSUJI + Plants Sculpture Studio Inc.)

「ここ浮月楼は渋沢栄一が日本初の株式会社「商法会所」を設立した場所であると同時に、徳川15代将軍徳川慶喜公が大政奉還の後、約20年お住まいになっていた場所です。その後、明治25年より「料亭 浮月楼」として営業を開始し、静岡の迎賓館として多くの著名人をお招きしています。初代総理大臣である伊藤博文公が来静された際には、それを祝しここ浮月楼で園遊会が催されたこともあります。襖絵があるのは、浮月楼の中にある浮月花寮というお花屋さんで、ここのクリエイティブディレクションと基本設計を手掛けています。一般的なお花屋さんではなく、自然の抽象化をコンセプトに据えています」

――それは、辻さんが“いけばな”で実践している考え方をお花屋さんにも生かすということですか?


©Yamato Ikehara (YUKI TSUJI + Plants Sculpture Studio Inc.)


「そうです。季節ごとにひとつの花だけを扱う花屋になります。たとえば、「椿」。花寮では「椿」ひとつをとっても、数百ある種から厳選し、一度に何種もの「椿」を展開していきます。日本の椿は江戸園芸で花開き、そのバリエーションは数百種もあるのです。日本人の自然に対するアプローチには狂気に近いものがあり、生活に根差した芸術が存在していなければ、こんなことにはなりません」

――何かにつけ、日本人は突き詰めていくことを決してやめない特徴がありますよね。

「その文化の形態は、昨今の多様化とは視点の異なる多様性の追求ですよね。このことに加えて、3000種もの椿は日本の風土と環境があってこそ生まれたもの。そんなお花屋さんを作ろうとしています」

――その時間軸の捉え方は、とても日本製カメラでは支えきれないですね。ライカだからこそ実現できることだと思います。

記録の道具であり、表現の手段でもあるカメラ


©Yamato Ikehara (YUKI TSUJI + Plants Sculpture Studio Inc.)


――こちらは某所で行われたパーティーでのインスタレーションとのことですが、主題も両袖の素材も樹木と竹をベースにして花は存在せず、背景の大型ディスプレイには霧に見え隠れする山林の動画が映し出されるという凄みのある作品です。

「日本の文化を2次元で捉えてみれば、襖や屏風、障子などが背景としてあり、その前方に香炉やスカルプチャーのようなものを置くというのが根源的な表現のスタイルです。それは“いけばな”も同様です。そこに配置されている背景の部分を、現代の手法で新しくしていくのは面白いチャレンジだと思っています」

――その第一歩が浮月花寮の抽象化された杉檜林の写真であり、展開する先にはこのインスタレーションのように動画を用いることもあるということですね。作品を拝見して、かつて屏風絵で霧に霞む山林を描いた絵師の脳内では、辻さんの作品に映し出された映像のように、霧と空気の塊がゆっくりと大きく動いていたのではないかと思いました。


「昔の人は、それがやりたくてもできなかったけれど、限られた条件の中で、どのように風景が動いているように見せるかに心を砕いていたはずです。過去の時代を生きていた人たちが大切にしていたその感覚を翻訳しながら、本質をずらさずに表現するとこのようになるのだと思います」

ライカで巡る、クリエイションの循環



――霧がゆっくり動きながら山林の見え隠れする動画はライカSL2-Sで収録されたそうですが、この動画素材の流れている作品を撮ったスチル写真も、同じライカSL2-Sによるものだそうですね。

「浮月楼の襖絵もそうですが、ライカで撮って作ったものを、またライカで撮っています。その行為自体は、まるで曼荼羅のようで仏教の世界観にも通じるものがあり、今回お話させていただいて改めて面白いと感じました。同じことを繰り返しているようだけれど、生まれ変わっている。そんな感覚は僕の作品作りにも言えることかなと思います」

――ここから始まり、展開していく辻さんの My Leica Story ですね。

「“いけばな”を起点とした作品の、循環し続ける見え方、見せ方がライカで撮ることを通して見えてきた感じがします」

――辻さんの本質を極めようとする真摯な創造の姿勢をお聞きすることができて、充実した時間を過ごせました。本日は、どうもありがとうございました。

「こちらこそ、ありがとうございました」


記事中に出てきた関連商品:ライカSL2-S




写真展 概要

作家  :華道家 辻雄貴
タイトル:「YUKI TSUJI -SCAPE」
期間  :2022年9月1日(木)- 2023年3月中旬
会場  :ライカ大丸東京店
      東京都千代田区丸の内1丁目9-1 大丸東京店10F Tel. 03-5220-3322

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華道家 辻雄貴 / Yuki Tsuji プロフィール

カーネギーホールでのパフォーマンス等、国内外で活躍し、 世界を舞台に日本の自然観・美意識を表現する華道家。 建築、デザイン、舞台美術、彫刻、プロダクトデザインなど、既存の枠組みを超えて、 人と建築と植物の関係性を新たに再構築する空間表現を創造する。


写真家 池原和 / Yamato Ikehara プロフィール

華道家 辻雄貴が生み出すいけばなを軸とした多彩な表現と活動を 自身も創作の過程に参加しながら、写真作品を撮り続けている。 辻雄貴空間研究所のアートディレクターとしても、辻 雄貴の世界観を拡げる表現を追求している。