ライカSL2/SL2-Sの魅力
ー 写真家 川田有二 ー
ファッションや広告撮影で活動中のフォトグラファー川田有二さんが、フルサイズミラーレスカメラ、ライカSL2とライカSL2-Sで撮り下ろした写真展『0光年』が、銀座のライカプロフェッョナルストア東京で開催されている。
最近は「仕事もライカで撮ることが多い」という川田さんに、なぜライカSL2/SL2-Sなのか、またお気に入りのレンズなど、川田さんのライカへのこだわりと、今回の作品展への想いを訊いた。
Interview:坂田大作(SHOOTING編集長)
—— はじめにライカとの出合いを教えてください。
「ライカMレンズを使ってみたい」というシンプルな憧れがきっかけでM型ライカを購入したのが最初です。ライカのカメラで撮った他の方々の写真を見るたびに、被写体の形がちゃんと写っているとか色がキレイということだけではなくて、もう一段階先があるような…その場の空気の塊を撮っているかのように感じられる写真が多くて、ライカを使えば、そんな空気感のある世界を撮ることができるかもしれない、と、そんな風に思ったのがきっかけでした。それと、師匠のケイ(オガタ)さんもライカを使っていらっしゃったので、いつかはライカを手に入れたいと思っていました。
—— M型ライカを手に入れたのはいつ頃でしたか。
「ライカM(Typ 240)」が出てすぐだったので、2013年頃です。いまは、その後に購入したライカSLの方が使用頻度は高いですね。
ファッションや広告撮影で活動するフォトグラファー川田有二さん
—— ライカSLは、いつ頃から導入されたのですか。
初代のライカSLが登場したときからなので、2015年の秋頃です。ライカSLも、ケイさんが使われているということもあって関心を持ったのがきっかけでした。その後ライカSL2、ライカSL2-Sとアップデートしています。
当時は日本製の機材を使っていて、エラーも出ないしAFや連写も速いので、特に不満もありませんでした。ライカSLはミラーレスカメラなので、ずっと一眼レフを使っていた私としてはリアルな実像を感じて撮りたいと思っていたので不安もありました。でも、店頭で初めてライカSLを触らせてもらった時に、ファインダーに写る世界がとてもキレイだったんです。一眼レフのミラー越しの世界より綺麗で雰囲気があったので、「これだ!」と思い、すぐに購入を決めました。
—— EVF登場初期は、デジタルっぽいというイメージがありましたね。
そうなんです。カメラを横に振った時に、映像に遅延があるのかなって思っていたけれど、実際にはそんな感覚はなく「これならいける!」と思いました。他社製のミラーレス機もいろいろ見ましたが、ライカSLのファインダー越しに見た世界は、断然美しかったですね。その後もライカSL2、ライカSL2-Sと続けて使用しています。
川田氏が愛用しているライカ
—— 初代ライカSLではどのレンズを組み合わせて購入されたのですか。
アポ・バリオ・エルマリート SL f2.8-4/90–280mmとf2.8-4/24-90mmの2本です。それまで使っていたいわゆるフルサイズ一眼レフの70-200mmに近い焦点距離のレンズにしました。そこから少しずつ増やしています。
—— 実際にライカSLを手にしてみてどのように感じましたか?
重厚感がありますが決して重たいとは感じなかったですね。見た目が、表現する道具というよりはドイツ製の武器みたいな重厚感があります(笑)。でも、実際に触れるとそんなことなく、とても手になじむ感じがありました。Mレンズを着ければコンパクトなサイズ感ですごく扱いやすくなるし、見た感じも“撮ってる感”が控えめになるのがいいです。
撮影現場によっては、「仕事してます!」というよりも、カジュアルな感じで撮れる方が良い時もあります。そういう時にはライカSLにMレンズを組み合わせたり、M型ライカを使う選択肢もありますね。ノクティルックスM 50mm、そしてSLとMレンズのズミルックス50mmと、3本も50mmのレンズを持っていることへの言い訳みたいですけれど(笑)。
撮られることに慣れていない方が被写体の時は小さなカメラがいいし、重厚な俳優さんを撮る時は、相手が「かかってきなさい!」状態なので、こちらも大きな武器を取り出して撮影に挑みます(笑)。
そんなふうに状況に応じて使い分けができるのがいいし、レンズを変えても品質がどれも一級品なのでクオリティに差が出ないのがいい。それはおそらくライカだから。他のメーカーだと使いたいレンズと撮影の状況が合わなかったり、レンズによってクオリティ的な差を感じることもあります。
でも、ライカレンズの場合は「どれも使っても絶対に大丈夫」と描写の品質に信頼をおいています。だからこそ、「撮影者は言い訳ができない」とも言えますね。
『0光年』より © Yuji Kawata
—— メーカーによっては勝負レンズと汎用性やコストを重視したものがありますが、ライカのレンズは全て高いレベルで安定したクオリティが担保されているのですね。
そうですね。他のメーカーの機材を使っていた時は、好きな焦点距離のレンズを多用するような傾向がありましたが、ライカSLを手にしてからレンズの好き嫌いはないんです。長く撮影を続けていると自分の得意なレンズやセッティングがあって、そのパターンでやってしまいがちなんですけれども。
そういう意味でライカSLは、道具にとらわれないで純粋に撮りたい被写体に対してどう向き合うか、という原点に立ち返らせてくれたように思うんです。実際の距離感に縛られずに、被写体との心の距離感などを考えながら、より自由に被写体と向き合えている感じがします。
—— 話を伺っていると、自分が撮りたい距離感の延長でレンズ選択をしている気がします。目線の延長というか。撮影がレンズ選択に左右されていないんですね。
ライカSLレンズと他社製レンズでは何か違うのかな、と改めて考えてみたんです。ジュエリーや時計を付けた人物の撮影も多いので、立体感とかシャープネスはもちろん大事なのですが、ライカSLで撮った写真は、そういうディテールの表現を越えて「その場の空気感まで写し込んで描写している」ように感じるのが私にとっては大きいように思います。被写体がなぜここに立っていて、なぜその表情をしているのかという背景やストーリーをまとった”空気感”が、ライカSLの画には写し出されているんです。
『0光年』より © Yuji Kawata
——描写の話で「空気感」の表現がでるところがライカっぽいですよね。
カメラ誌のテスト記事で出てくるような機材スペックにはあまり興味がないので、自分が撮ったり手にしてみて「いい!」と感じたら買います。意外とプロはそういう方が多いんのではないでしょうか。
—— 俳優やモデルなど撮られる被写体の方々は、ライカで撮影すると何かリアクションはありますか。
ありますね。「おっ、今日はライカなんだね!」という方もいれば、赤いロゴや「LEICA」の文字をちらっと見て「ふ〜ん、なるほど。」というリアクションだったり(笑)。会話のきっかけになることがよくあります。
ライカMモノクロームを使っている某タレントさんの撮影では、僕のライカSL2-Sで撮った画像を興味津々に見ながら「キレイだね〜」とびっくりされていました。一期一会の撮影において、ライカを通じて話が広がることで助けられていることがよくあります。ありがたい存在です(笑)
俳優やアーティストの方の中には写真や映像が好きな方が多いので、ライカで撮影すると仕事の話から離れてコミュニケーションがとりやすくなることがあります。何度も撮影させてもらっている顔見知りのモデルからは、「あれっ、今日はライカじゃないんですか?」って、逆に聞かれたりすることもあります。機材の選択はフォトグラファーに委ねられていますが、被写体の方にも「撮られてワクワクする良い機材で撮ってほしい」という気持ちがあるのでしょうね。
—— スタジオとロケ撮影はどのくらいの比率ですか。
ロケが6割くらいです。ロケで動きの激しい撮影では、どんな瞬間でもフォーカスが合って楽なので、少し前までは他社製のフルサイズ一眼を使っていました。最近は、「アウトフォーカスのカットがあってもいい」という考えでライカで撮ることが増えました。仕事の撮影においても、必ずしもフォーカスが合っている写真だけが正解ではない、と心の中にあそびができたことが、ライカSLを使うようになってからの大きな、そして私にとって嬉しい変化です。
動きのある被写体でもコンティニュアスAFも使わずにシングルモードでピントを合わせるコツを掴んだので、フォーカスの合わせかたも上達してきたと思います(笑)。なので最近は、動きのある撮影でもライカをチョイスする事が多いです。
—— 撮影時はPCに繋ぎますか。
はい。スタジオでもロケでもほぼテザーで撮ります。いまはCapture Oneを使用していますが、まだ対応していなかった頃は、「純正ソフト→Adobe Bridge」でブラウジングしていました。そうすると純正ソフトとブリッジが連携せずリアルタイムでブリッジ上に写真が表示されないので、Bridgeのサムネイルを強引に大きくして見ていましたから(笑)。
ロケでもPCと繋ぎテザー撮影することが多い
—— Capture Oneのテザーや現像機能が使えることで、ライカも仕事で使いやすくなりましたね。
本当にそうです。デジタルカメラにおいて撮影で最も重要なのは「フローの安定性」です。カメラやレンズの不具合は機材を代えればなんとかなりますが、ソフト上のエラーは対応に時間がかかったりします。カメラが優秀でも、テザー撮影で画像が出てこないと、被写体の方を待たせてしまうことになります。その点、ライカSL2-SとCapture Oneの組み合わせは安定しているので、どんな現場でも安心して使えます。これは本当にありがたいです。
川田氏のライカSL2とライカSL2-S
ライカSL2-Sの操作性
—— フルサイズの一眼レフは軍艦部に様々なダイヤルがついている機種もありますが、ライカSL2/SL2-Sはとてもシンプルです。操作性についてはいかがですか。
ライカSL2って、黒いダイヤルがあるだけでほんとにシンプルですよね(笑)。私は基本的にはデフォルトのまま、絞りダイヤルだけ使いやすい方向に変えています。
Mレンズを着けて使っている時に、1クリックでファインダー内で拡大して画像が見たり、拡大しすぎたら少し小さくしたり、操作に慣れればすごく使いやすい。逆に言えばカメラとしての機能はシンプルなので、初期設定のままで何も苦労なく使えます。
ライカは機材としての完成度が素晴らしく高いので、「あとは自分次第なんだよ」って思わせてくれる。小手先で何かをするというよりもカメラもレンズもレベルが高い分、自分に言い訳ができないとも言えますね(笑)。
ライカに替えれば、急に写真がうまくなるわけではありませんが、ライカというシステムに投資することで自分にプレッシャーをかけて、「あのカメラならもっといい写真が撮れるかも」と思う余地が生まれないような、絶対に言い訳のできない機材を選ぼうと思ったんです。写真に集中してより向上させていこうという、“自分に対する宣誓”みたいな意味合いもあったと思います。
過去にはミドルフォーマットカメラも使用したことがありますが、今の私にとっては35ミリタイプがベストだったのでライカSLシステムを選びました。
開催中の写真展『0光年』について
—— ライカプロフェッショナルストア東京で『0光年』が開催されています。こちらのコンセプトを教えてください。
私は大阪芸大の写真学科時代から、夜の写真を撮ることが好きでした。仕事では年間に何十万枚も写真を撮るのですが、仕事から離れて自分自身が撮りたい写真を撮る時間はなかなか持てずにいたんです。忙しいことを言い訳にして先延ばしにしてしまっていたんですね。
また、東日本大震災の時に、写真家として何もアクションを起こせなかった自分にも引っかかっていました。そしてコロナ禍になり、人々への見方がより厳しくなったり、自らの正義を振りかざすような暗い報道も数多くなされているような日々の中で、改めて世界の見え方について考えてみたんです。「暗い色に染まっているかのように見えるこの世界は、本当に暗い色に染まっているのだろうか?」「私が目にしているこの世界は、報道や他人の価値観に影響されることなく純粋に自分自身が見たり感じたりしている世界なのだろうか?」と。そんなことを考えていく中で、暗闇の中にある人間が作り出した光に、人の暖かさや優しさを感じました。
『0光年』より© Yuji Kawata
「夜の光」ってほとんど人が作り出したものですよね。家族団欒の光。仕事をしている人たちが集まるオフィスの光。道路や街を照らす光…、そんな身近な場所にある光を「0光年」と名付けています。カメラはSL2とSL2-Sで撮影していますが、今回の展示作品では高感度に強いライカSL2-Sの方が多いです。
—— どんな風に撮影しているのですか。
夜中の12時頃に撮り歩いています。撮影が終わってから事務所に戻り、レタッチや打ち合わせを終えて帰宅後、食事を済ませたらまた「行ってきます」という感じで、カメラをぶら下げてひたすら歩きまわっています。撮影場所を決めて撮るのではなく、歩き回りながら気ままに撮影しています。
他の人の想いや依頼を写真に表現する仕事としての日々の撮影には、設定された目的とゴールがあります。そういうゴールの決まった仕事の撮影とは違って「自分自身が今、世界の何に対して反応するのか?」を知りたかった、そういう自分を試す意味もあったかもしれません。深夜に10km以上歩いて撮っていましたね(苦笑)。
三脚は持たず、全て手持ちで撮影しています。感度はIS0 800くらいです。夜の暗い闇の撮影は手持ちでは厳しいかなと思いましたが、ライカSLの電子ファインダーに映る世界は闇を美しく感じさせてくれました。それはライカSL2-Sの5軸手ブレ補正の効果であったり、開放f値がF0.95と非常に明るいノクティルックスM f0.95/50mm ASPH.の恩恵もあると思います。
『0光年』より。© Yuji Kawata
夜中にノクティルックスをつけたライカSL2-Sをぶら下げて外を歩いているとき、そのファインダー越しにふと空を見上げながら、「夜空に浮かぶ雲がこんなにもキレイなんだ」って、毎回感動するんです。そのことに気づけたのは本当にノクティルックスとライカSL2-Sのおかげです。
これはファインダーを覗いて頂かないとわからないのですが、ライカSL2-Sにノクティルックスをつけて空を見上げると、普段肉眼では見えない星がファインダー越しにたくさん見えるんです。東京の空にも星はあって、ただ見えないだけなんですね。ライカSL2-Sでの夜の撮影は、そこには何もないように見えて実はそれは存在するという、感じることの大事さを改めて思い出させてくれました。
また、ファインダーの中に見える大きな宇宙の存在に、ときに上手くいかなくて落ち込んだ気持ちが、「そんな日もあるさ。今日はしょうがない!!」と、いい意味で自分を許せる気にもなります。「えっ?」って驚くほどにたくさんの星が見えるので撮影のたびに毎回感動します。ぜひ夜に一度、ライカSLシリーズにノクティルックスをつけて空を見て頂きたいです。
—— 視覚的に見えないものが見えたり、新しい気付きや発見があるのは素晴らしいですね。
ライカを使いたいと思っている方は、「目に見えないものを感じたい、それを写し撮りたい」と思う方が多いのではないかと思います。先ほども空気感の話をしましたが、“形では表せない何か”を撮ろうとしている人が使う道具としてライカは最高だと思います。
「キレイ」や「カワイイ」も、形がないから見えないのですが、そこからもう一歩進んだ「見えてはいないけれど、存在するもの」って、それぞれが感じるもので、そういうものを見つけていくには、ライカSLシステムはベストな道具ではないでしょうか。
『0光年』より。© Yuji Kawata
― 最近、映像の仕事もライカSLで撮られているんですね。
はい。動画はno-logでそのまま撮っています。ライカSLの場合はグレーディングもします。自分の「こうしたい」というイメージがあるので、写真のレタッチと同じような感覚でトーン調整していて、動画だからという違和感は特にないですね。
動画の撮影は3、4年ほど前から始めました。最初はBlackmagicのカメラを使い、ピントや露出はどの技術的なことはムービーのスタッフに任せてアングル決めやディレクションに専念していました。
ある仕事で「映像も作りたいのですがあまりバジェットがなくて…」という相談をされたことがあります。「どうにかその気持ちに答えたい」と思い、ライカSLで映像を撮り始めました。出てくる絵は、ARRI(ALEXA)やBlackmagicなどのムービーカメラに明らかな遜色はなかったですね。ライカSLの方がレンズの特性も知っているので、むしろやりやすかったです。
スタジオで撮影中の川田氏
― 映像の仕事が増えてきているのですね。
そうですね。ライカもスチールに加えて映像が撮れるように進化していて、機材がその垣根を超えてきている中で、あとはフォトグラファーの私たちが垣根を越えてどう使いこなせるか、という時代になってきています。ライカSLは、レンズのラインアップが豊富ですし、伝統のライカMレンズも使えます。お気に入りのオールドMレンズを使ってもいい。
フォトグラファーはどんどん映像も撮って、新しい表現方法に挑戦しトライしていく事で、スチールでの表現方法も一層広がっていくと思います。
Photo By Y, Leica Online Store(一部提供画像を除く)
川田有二写真展『0光年』
開催期間:2021年7月28日〜9月23日(日・月曜定休 入場無料)
場所: ライカプロフェッショナルストア東京
住所:東京都中央区銀座6-4-1 東海堂銀座ビル2階
Tel.03-6215-7074
※2022年1月中旬より、ライカ大丸心斎橋店でも展示予定です。
写真家
川田有二 Yuji Kawata
京都生まれ。
大阪芸術大学写真学科在学中、伯父で写真家の森谷洋至に師事。その後上京。イイノ広尾スタジオを経て写真家KEI OGATA氏に師事。2006年に独立後、雑誌、広告写真などで活躍。 http://www.kawatayuji.com