My Leica Story
ー Şiba ー

ライカプロフェッショナルストア東京では、好事家/写真コレクターとして活動するŞibaさんのコレクション展「撮る目線からコレクターの目線へ」を開催中(期間は2026年10月24日まで)。
世界各地で撮影された135フィルムを原版として、銀塩プリントを中心にオルタナティブなプロセスも交えてモノクロームのプリントを作成。Şibaさん自身がプロデュースした額縁に収めて展示しています。すべてのプリントはライカ・プレミアムプリントを手がけるプリンターの久保元幸さんによるもの。そこで今回はお二人から写真を撮ったその後にすべきことを中心にお話をうかがいました。
text: ガンダーラ井上
――本日は、お忙しいところありがとうございます。今回の展示は、撮影者の名前が前面に出ていません。とある写真家から莫大な量のネガの管理を任され、その中からŞibaさんがセレクトされたものなのですね?
Şiba「私は写真を撮るという行為はイメージの借り物であると考えています。その結果であるネガを私が借りて、プリンターの久保さんにお願いしてプリントしていただき、その印画を収めるべき額をセレクトして仕上げています」
――Şibaさんは写真を壁に飾れる物体として完成させるまでの過程に対して総合的に携わっていて、書籍や雑誌などの制作で編集者と呼ばれる立場に近いスタンスだと感じました。最終的なアウトプットのイメージをコントロールしているのはŞibaさんということでしょうか?
Şiba「自分としてはネガを選んだ時にこうあるべきという確固としたイメージがない感じでスタートしましたが、もう20年も続いている久保さんとのやりとりで回を重ねるごとに気づきが得られるケースがありました。作品の持っているオリジナリティを久保さんとの会話で引き出していただいている部分があります」
ライカ・プレミアムプリントとの出会い

Şiba「これが最初の1枚です。出だしは定着すべきイメージがわからないまま自分でプリントしてみたものの、上手くいきませんでした。そこで偶然にライカのプレミアムプリントというサービスの存在を知って、本当のプロのプリントとはどのようなものか見てみたいという気持ちからお願いすることになりました。以前に焼いたのはこんな感じなのですが…と久保さんに相談を持ちかけて、確か3種類のプリントを焼いていただいたと思います」
久保「だいたい1枚ということはないですね。まず対話をして、この人の求めるプリントはこういうふうなものじゃないかなと自分なりにまず決めてスタートします。そこで実際にプリントしているうちに、ひょっとしたらこっちじゃないのかなと思って別のアプローチのプリントもしてということを経て、気がつくとプリントの枚数が増えていく感じですね」
――プリントしているうちに依頼主の脳内にあるイメージはこうかもしれないという着地点の分岐が発生するのですね?
久保「そして、たぶんお客様の希望していたプリントをまず1枚作ってみて、でもこうかもしれない、さらに自分だったらこうするという提案まで含めると5枚とか6枚になることもあります(笑)。その中でこんなものかなというのをご覧いただいたのだと思います」

久保元幸さん(左)とŞibaさん(右)
Şiba「最初はお互いに手探りという部分もあり、会話を重ねながら『それだったらこのあたりのトーンをこうしましょう』といったやりとりのあと、トーンの濃淡の違いで3枚のプリントを提示していただいて、どれがいいのかを決めていきました。あの当時は印画紙が豊富で、これはチェコの印画紙FOMAのシャモアというアイボリー系のベースカラーを持ったものに焼き付けています」
久保「結局モノクロプリントはプリントの濃度とコントラストの組み合わせでできているので、その組み合わせ次第で空気感や湿度が表現できます」
プラチナパラジウムプリントも制作

――今回の展示では銀塩プリントだけでなく、プラチナパラジウムプリントも展示されています。こちらの作品がそうですね? どのようなプロセスで制作されたのでしょう?
Şiba「原版は135のカラーポジフィルムで撮影されたものです。それをスキャニングしてプリントと同じサイズのネガを作成し、プラチナ印画紙に密着でプリントしています。最初のステップとしてスキャニングしたデータを持ってお渡ししたところ『モアレが生じるのでこれは使えない』となりました。最終的には久保さんからご紹介していただいたラボでスキャニングしていただいて元データを作成してもらいました」
久保「スキャニングは入口になるので、そこをちゃんとしておかないと後でいくら頑張ってもいいものができません。スキャニングに関しては金額的に高くてもハイエンドの機器を使ってやらないと後々皺寄せが来てしまします」
Şiba「確か1枚のデータが700MBくらいあったと思います」
――135のポジフィルム1コマが700MBですか!!
久保「結局プラチナプリントの場合に一番大事なのは、まずスキャニングのデータです。銀塩での引き伸ばしと違い、密着プリントを行う環境に最適化されたデジタルネガを作る必要があります。プラチナプリント用のプロファイル、最適なトーンカーブを作りますがプリントする環境によって左右されますので1枚のデジタルネガがあればどこに持っていっても同じようなプリントができるのかというとそうはいきません」
――ケミカルでウェットなプロセスを通過していく環境の違いに影響されるのですね。
久保「ある程度はコントラストと露光時間で対応できますが、乳剤を塗って作った印画紙の支持体である紙が違うととんでもないことになったりもします(笑)」
オルタナティブなプロセスのプリント
――今回の展示品は会期中に入れ替えを行う予定と聞いています。そのなかにサイアノタイプのプリントもあるそうですね。通称“青焼き”と呼ばれるブルーのトーンが特徴的です。

久保「メインでやっているのは銀塩ですが、オルタナティブなプロセスとしてはプラチナだけでなくサイアノタイプや湿板写真もやっています。サイアノタイプはプラチナと一緒で支持体に乳剤を塗布して印画紙を作るところから始めます。先ほど申し上げたデジタルネガ用のトーンカーブのプロファイルがプラチナとは全く違うので、サイアノタイプ用のプロファイルを作ってデジタルネガを出力してプリントを作っています」
Şiba「これも原版は135のポジですね。この場合でも500MBほどのスキャンデータになりました。この写真のカラープリントを同じ額装で持っていたのですが、久保さんのプリント技法の中でサイアノタイプというのが面白いのではないかと思い、『この額であればサイアノタイプも面白いと思うのですがどうですか?』という話をさせていただきました」
――金色の額縁を青い印画と組み合わせた色面構成が面白そうだというイマジネーションが起点になっているのですね!
Şiba「額を見に行って入手し、それに合う写真を探すということはよくあります」
額とプリントが響きあう組み合わせを探る
――今回の展示は全てのプリントが違う額に入っていて、Şibaさんがセレクトして組み合わせたものだそうですね。額とプリントの関係についてコメントをいただけますか?

Şiba「この写真は中国の上海郊外で撮影されたものなので、額の素材は竹を選んでいます。タイかインドネシアの品物です。オーバーマットは白ではなくこれくらいのベージュ系がいいのかなということで、額とのバランスを考慮しています」
――額の素材から発想するアプローチだけでなく、モノクロプリントの額としてはチャレンジングな色を選ばれている作品もありますね。

Şiba「これは、黄色を使ってどうできるかをやってみました。黒いマットですがカット面をあえて黒にしています」
――黄色い枠の色覚刺激が、撮影地の北アフリカを連想させてくれるのが不思議です。ネガキャリアによる印画紙の黒枠と黒いマットの断面がせめぎ合っていい感じですが、額だけでなくマットとのバランスが重要なのですね。
額とマットとプリントのバランスを整える

Şiba「そうです。このプリントと額の場合であればマットはシルバーがいいと思ったのですが、マットが無酸仕様ではないのでプリントを酸化させてしまう恐れがありました。そこで無酸のマットを裏打ちしてプリントと触れる面の安全を確保しています。カットの面も工夫しています」
――マットは写真額装の重要なエレメントですが、あえてマットを見せない“奥二重”のような仕立ての作品もあります。

Şiba「これはマットを内側に持って行って、絵画のような額装にしています。この額縁にはつなぎ目がなく、良い品物だけに額の値段もかかっています(笑)」
――今回の額装された展示作品は、すべて額ごと購入することが可能だそうですね。自分の家に飾るとしたら、どれがいいかなという視点で今回の展示を見ていただくのもいいかと思います。ところで額装された状態でのプリントを見る機会というのはプリンターの久保さんは多いのでしょうか?
久保「展覧会のプリントも手掛けているので機会は多いですが、だいたい似たような傾向がありますね。Şibaさんの場合は最初から額装にこだわっていて、プリントをお渡しすると後日額装した状態で持ってきてくれるんですよ。その中には、とてもモノクロのプリントには合わないのではないかという額が、入れてみると非常に輝いてくることがあるのです」
――プロのプリンターでも想像できないような化学反応が、プリントを額装すると生じるということですね。

久保「Şibaさんと今回の展示でコラボレーションをしていく過程で不思議な体験をしていて、額装済みの作品を開けた途端に自分のプリントではないような気がするんですよ。額装されたことで引き立っていることもあるかもしれませんが、なんだか自分じゃなくてもっと上手い人がプリントしたような見え方がして、『これ、私がプリントしたんですか?』ってよくŞibaさんに聞いていました(笑)」
Şiba「それは1枚の印画紙が、額装することで、より“もの”としての存在感が際立ってくることによるのだと思います」
いつくしむべき物体としての写真プリント
――額装の美的感覚だけでなく、プリントを痛めないための工夫もされているそうですね。
Şiba「保護用のアクリルはすべて90%以上のUVカットコートをしてあります。マットは無酸紙で、額の木からガスが出ないようにアルミコーティングも一式施してあります。そうすることでプリントへのダメージを減らしています。もともと私は写真コレクターでもあり、写真を次の世代に伝えていくという使命感があるので、そのような意識をしています。人間をやっている以上、どこかで残していくもの、物質が必要ではないかと思います。とはいえ、どんなものでも劣化するのでいずれ消えていくのでしょうけれど…」
――今のお話を伺っていて、10年以上前に東京国立近代美術館で行われていたジョセフ・クーデルカの回顧展で1960年代の貴重なオリジナルプリントが展示してあり、三角形の小さなプラスチックのチップで四隅を留めたモノクロ印画紙を斜めの角度から観察すると、黒のトーンの中から濃密に銀がめらめらと浮き上がっているのが見えて心底痺れた記憶が蘇ってきました。
Şiba「分かります。私のところにも銀がちょっと出てきているアンドレ・ケルテスのプリントがあります」
――数十年単位でじわじわと変化していく物質の移ろいを愛でるというのも写真鑑賞の一つの面白さかもしれないですね。

Şiba「それを退化と思うのか成長と思うのか? 私は銀が浮いてくるのは成長だと思っています」
――久保さんのプリントの場合は処理が完璧でしょうから、それほど時間に対する脆弱性はないですよね?
久保「さあ、どうでしょう(笑)。通常の処理をしてあれば、どこかで極端におかしくなることはほとんどないです。経年変化で徐々に進んでいくので実際に何かが起きているとは思いますけれど、20年前にプリントしたものを見ても変化には気がつかないことが多いですね」
写真プリントを生き物として捉える
――100年経てば何かが変わっているかもしれない?
久保「それくらいのタームで新しいものと見比べれば、違いがわかると思います。基本的に僕はプリントとは生き物だと思っているので、経年変化していく過程で起こることも一つの表現になっていくので良しとする考えです。その一方でプリンターという立場では美術館に収蔵される作品は、なるべく経年変化を起こさず長い時間に耐えなければいけないという、又割き状態にあります(笑)」
――ライカのカメラにはブラックペイントのモデルがありますが、銀色のメッキ仕上げのものと比較すると塗装なので剥がれやすく、使っているうちに地金の真鍮が出てきて陶芸の世界でいう“景色”がカメラの表面に現れてきます。そのようなこともあり、1960年代のブラックペイントのヴィンテージライカは大変に珍重されています。この流れに沿って現在のグロッシーブラックペイント仕上げのライカは塗装のトップコートをやめて、あえてペイントロスが早い段階で起きるようにしてあるそうです。それは少し特殊な位置付けで、通常モデルでは逆に表面処理をしっかりして傷つきにくく長持ちするような仕様にするという二極化が企てられているのです。プリントに関しても、たとえば加速度的に経年変化が実感できるプリントという表現の方向性もあり得るかもしれないですね。
久保「これから絶対それはあると思います」
Şiba「銀残しというプリントがそうですね、定着のプロセスに工夫をして劣化させるという手法はアリだと思います」

久保「なぜそれがアリだと思うのは、現在デジタルがスタンダードになっていて簡単にキレイなプリントができる時代だからこそ、いま議論しているようなテーマに目が行っているのだと思います。基本的に自分の持っている核として、一つの決められた法則から外れたところにものすごく美しいものが潜んでいるのではないかと常日頃から思っていて、それに出会うために仕事をしているようなところもあります。昔からそのような考え方だったのですけれど、時代が追いついてくれたのではないかと感じます。そういう面白みを味わうのはこれからかなと思います」
――そういう方向で、お二人のコラボレーションが進展するといいですね!
久保「Sibaさんのいいところは、決まりきったこととは別のアプローチに対して興味を持っていただけること。それがここまで続いてきた理由かなと思います」
Şiba「デジタルは完璧、完全なものになりすぎてそういう面白さは無くなってきています。そのアンチテーゼなのかもしれないですね」

――人の手で、物を取り扱う。その行為自体が贅沢なこととして認識されていく時代になってきた。いよいよ手作業のプリントの時代ですね。
久保「デジタルにはデジタルの良さや凄さがあるんだけれど、人間の手を使ってものを作るときには五感を使っていくほど、ものとしての痕跡が残ると思います」
――写真を液晶モニターに表示するだけではなく、アウトプットの選択肢は多種多様で、そこに人間の感覚が反映されたクリエイションがあるということが今回の取材でよくわかりました。そのようにして仕上げられたプリントを工房のテーブル上の水平の面で見たあとに、自室の壁の垂直の面に額装して置くことで完結するということですね。
久保「プリントを気に入っていただければ、次の流れとして必ず飾りたくなると思うんです。そこまで行けばŞibaさんと同じようにいろんな楽しみができるという(笑)」
――楽しい底なし沼が待っているゾという感じでしょうか。写真は撮った瞬間で完結するのではなく、そこから先にクリエイティブな楽しみが待っているということが実感できました。本日は興味深いお話をいただき、どうもありがとうございました。
写真展概要
| タイトル: | 撮る目線からコレクターの目線へ |
| 期間 : | 2026年7月24日 ― 10月24日 |
| 会場 : |
ライカプロフェッショナルストア東京 東京都中央区銀座6-4-1東海堂銀座ビル2階 Tel.03-6215-7074 |
| 営業時間: | 11:00-19:00(日曜・月曜定休) |
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Şiba プロフィール
好事家・写真コレクター。2010年代に手にしたロベール・ドアノーの1枚から、写真という深い沼へ。 収集した作品を最高の状態で次世代へつなぐため、コンディション管理と額装に心血を注ぐ。自宅で飾るのは、あえて「今月の1枚」のみ。増え続ける80点以上の大切な写真たちが、仕舞い込まれたまま劣化することを防ぐため、2022年より大阪のギャラリー ソラリスにて「The Airing(虫干し)」と題したコレクション展を開催させた。