“Mr. M”が振り返る、ライカMデジタル誕生からの20年(後編)

Report by Makoto Suzuki

ライカ銀座店のオープン20周年にあわせて来日した、ドイツ・ライカ本社の“Mr. M”ことステファン・ダニエル。同じく20周年を迎えるライカMデジタルについて、その歴史を振り返るトークイベントが行われました。

前編は2000年代初頭のデジタル黎明期から、経営難のライカが大復活を遂げるきっかけとなる「ライカM9」の誕生までを紹介しました。後編では、ライカM9の成功から現在に至るまでのエピソードをお伝えします。

■成功を糧に、さまざまな挑戦を

ライカM9の成功には副産物がありました。ライカM9本体の好調な反響に加え、一度は手放してしまったMレンズを買い戻すユーザーも多く、その結果として会社もより安定した基盤を築くことができたといいます。そこで、記念に何か特別なことをしようと取り組んだのが「ライカM9チタン」でした。

世界限定500台の「ライカM9チタン」世界限定500台の「ライカM9チタン」

2004年からライカカメラ社を率いている現監査役会会長のアンドレアス・カウフマンが、ドイツの自動車大手フォルクスワーゲングループの重役に連絡し、チーフデザイナーのワルター・デ・シルヴァとコラボレーションした特別なMデジタルを企画しました。

これは単なるコラボモデルではなく、2年後に登場する「ライカM(Typ240)」の新要素も先取りした意欲作でした。この時にデ・シルヴァと同じチームに在籍していたデザイナーのマーク・シパードは、この数年後にライカへ入社。現在ではミュンヘンにあるライカのデザインオフィスでリーダーを務めています。

ワルター・デ・シルヴァ(右上写真)とマーク・シパード(右下写真左)ワルター・デ・シルヴァ(右上写真)とマーク・シパード(右下写真左)

2012年に発表された「ライカMモノクローム」も、ライカM9をベースとした新たな挑戦です。なんとライカM8の発売前から構想があったものの、イメージセンサーを製造するコダックも、ライカがヒアリングした写真家も、モノクロ専用機には懐疑的だったようです。

初代の「ライカMモノクローム」。ライカM9をベースとしたモノクロ専用機初代の「ライカMモノクローム」。ライカM9をベースとしたモノクロ専用機

そんなモノクロームも、今や10年以上にわたって続く人気シリーズになりました。この話には、【今から100年前にライカの事業化に慎重だったエルンスト・ライツ社のエピソード】も思い起こされます。

■ライカM(Typ240)からライカM10へ。万能からシンプルに立ち返る

ライカM9の次に登場したのは、ライカM10ではなく「ライカM」。2012年秋にドイツ・ケルンで行われたカメラ見本市「フォトキナ」で大々的にお披露目されました。

ライカM(Typ240)。新たにCMOSセンサーを採用し、ライブビュー撮影や動画記録も可能にした万能機ライカM(Typ240)。新たにCMOSセンサーを採用し、ライブビュー撮影や動画記録も可能にした万能機

これは名前をシンプルに「ライカM」と短くしようという考えでしたが、実際のところ多くのユーザーは「ライカ エム・ツーフォーティー」や、日本でも「ライカ エム・ニーヨンマル」と呼ぶケースが多かったのです。

これを受けて、ライカMというネーミングは一代限りで終わりにし、2017年発表の次モデルで「ライカM10」というナンバリングに戻ります。

ライカM(Typ240)のモックアップやプロトタイプには“M10”と刻印されていたライカM(Typ240)のモックアップやプロトタイプには“M10”と刻印されていた

ライカM(Typ240)の世代といえば、「ライカM for (RED)」というオークションピースが有名です。ジョニー・アイブとマーク・ニューソンという偉大なデザイナー2名によるデザイン。機械加工により21,000もの小さな穴が空けられたアップル製品のようなボディシェルは、まさにカリフォルニアのアップルで製作されたのだそうです。

ライカM for (RED)。ロックバンドU2のボノも発起人を務めた(RED)のチャリティーのために、オークションに出品。2013年に180万ドルで落札され、史上最も高価なデジタルカメラとなったライカM for (RED)。ロックバンドU2のボノも発起人を務めた(RED)のチャリティーのために、オークションに出品。2013年に180万ドルで落札され、史上最も高価なデジタルカメラとなった

2014年から2015年にかけて、ライカのラインナップにミラーレスカメラが登場します。フルサイズの「ライカSL」シリーズは静止画も動画も撮れて、AFも望遠レンズも使える現代的な万能カメラとして、M型とは明確に棲み分けられました。同時に、ライカにとってMのコアバリューは「機能を盛りすぎないこと」と定まったのです。

ライカM10ライカM10

薄型化した「ライカM10」と、ミラーレスの新システム「ライカSL」。動画などの万能性をライカSLシリーズに任せて、M型は再びその本質に集中することになった薄型化した「ライカM10」と、ミラーレスの新システム「ライカSL」。動画などの万能性をライカSLシリーズに任せて、M型は再びその本質に集中することになった

おかげで、Mも再びシンプルに立ち返ることができました。「ライカM10」は、動画記録の機能を再び非搭載とし、技術進化によりボディも薄型化。ライカM3やライカM6と同じサイズ感を取り戻しました。これは顧客からの最大の要望だったそうです。

■最新の「ライカM11」世代。そして未来は?

2022年発売の「ライカM11」には、50の革新を盛り込んだ2022年発売の「ライカM11」には、50の革新を盛り込んだ

ライカM10で懐かしのサイズ感を手に入れ、ひとつの完成形に達したMデジタル。続く「ライカM11」では、トップカバーを真鍮からアルミに変更して約100gもの軽量化を実現したほか、底面のUSB Type-C端子からバッテリー充電を可能にするなど、50項目にもおよぶ新たなイノベーションが盛り込まれたそうです。

ライカM11に盛り込まれた新要素の一部ライカM11に盛り込まれた新要素の一部

ちょうどその頃、生成AIやフェイク画像がバズワードとして盛り上がってきました。そこで「ライカM11-P」では、カメラとして初めて撮影画像の真正性を担保する機能を搭載します。デジタル写真に対する信頼性を確保することを目的とした取り組みで、以降の他機種にも搭載が広がっています。

「ライカM11-P」は、写真の真正性を担保する機能を搭載「ライカM11-P」は、写真の真正性を担保する機能を搭載

そして2026年4月現在、M型ライカのポートフォリオは8機種になっています。フィルムカメラが3機種、デジタルカメラはモノクロ専用機、背面モニター非搭載機、ライブビュー専用機など5つの個性的なモデルが並びます。これほど個性の強い製品ラインナップを展開しているカメラメーカーは他にありません。

2026年4月現在のM型ラインナップ2026年4月現在のM型ラインナップ

■“Mr. M”が語る6つのポイント

“Mr. M”は最後に、「なぜ今、Mなのか?」を整理すべく、6つのポイントを挙げました。

1つ目は「レンジファインダー」。撮影するフレームの外も見えるため、作品づくりにおいて計算が可能であること。そして、ディスプレイに表示される虚像ではなく、光学的に目で被写体を見ていることが“良い作品づくり”には重要だという1つ目は「レンジファインダー」。撮影するフレームの外も見えるため、作品づくりにおいて計算が可能であること。そして、ディスプレイに表示される虚像ではなく、光学的に目で被写体を見ていることが“良い作品づくり”には重要だという

22つ目は、M型はオート機能に任せないシンプルなカメラであること。ここに示された5つのパラメーターを自分で操作する“人間主体”のカメラだという。これはライカM4の時代にも「think」という広告で表現されていた2つ目は、M型はオート機能に任せないシンプルなカメラであること。ここに示された5つのパラメーターを自分で操作する“人間主体”のカメラだという。これはライカM4の時代にも「think」という広告で表現されていた

3つ目は、コンパクトで目立たないということ。特にレンズがコンパクトだと強調した。他社製品もカメラはコンパクトだが、AF用のレンズは大きい。最新世代の35mm F1.4レンズで比較を示した3つ目は、コンパクトで目立たないということ。特にレンズがコンパクトだと強調した。他社製品もカメラはコンパクトだが、AF用のレンズは大きい。

4つ目は、他社に無いユニークなシステムであること。モノクロ専用機や、背面ディスプレイを非搭載としたモデルは、他にないバリエーション展開だ4つ目は、他社に無いユニークなシステムであること。モノクロ専用機や、背面ディスプレイを非搭載としたモデルは、他にないバリエーション展開だ

5つ目は「幸運にもフィルムカメラの生産を辞めなかった」という点。フィルムカメラの生産は、一度辞めてしまうとノウハウが失われ再開が難しいと言われている。近年はフィルムカメラを求める若い人が増えているため、生産を継続していたライカは幸運だと話した5つ目は「幸運にもフィルムカメラの生産を辞めなかった」という点。フィルムカメラの生産は、一度辞めてしまうとノウハウが失われ再開が難しいと言われている。近年はフィルムカメラを求める若い人が増えているため、生産を継続していたライカは幸運だと話した

6つ目は、伝統にとらわれることなく進化を続けていること。代表例として、光学式レンジファインダーの代わりに電子ビューファインダーを搭載した「ライカM EV1」を挙げ、これがMの“置き換え”ではなく“拡張形”だと説明した6つ目は、伝統にとらわれることなく進化を続けていること。代表例として、光学式レンジファインダーの代わりに電子ビューファインダーを搭載した「ライカM EV1」を挙げ、これがMの“置き換え”ではなく“拡張形”だと説明した

■将来は秘密。でも……

締めくくりに、Mの将来像を語ってくれそうな気配を醸し出す“Mr. M”。しかし、将来のことは秘密、というライカの定番回答で会場の笑いを誘います。

ライカにとって将来の話は、常にシークレットだライカにとって将来の話は、常にシークレットだ

しかし、少しのヒントが与えられました。

それは、M型ライカの独自性と個性を保ちながら、最新の技術や機能をユーザーに使いやすく提供すること。これを、これからも続けていくというメッセージでした。

ライカMデジタルの初期を知るユーザーには懐かしく、新しいユーザーには20年の積み重ねを知る機会となった“Mr. M”の回想。これからもライカの開発陣は様々な試行錯誤を繰り返しながら、まだ見ぬ「M」の理想像に向けて進化を続けていくことでしょう。次世代のMデジタルには、果たしてどのような伝統と革新が表現されるのか。その姿を見るのが楽しみです。

Photo by Makoto Suzuki