My Leica Story
ー 横田徹 ー

ライカプロフェッショナルストア東京では、写真家 横田徹さんの写真展「ウクライナ狂想曲」を開催中(会期は2026年4月18日まで)。
本展の作品は、今年で5年目を迎えるウクライナ戦争の継続的な取材を通じて戦争の生み出す狂気と絶望、苦難に立ち向かう闘志を捉えたもの。その撮影の中心的な役割を果たしたライカについて、横田さんの写歴も含めお話を伺いました。
text: ガンダーラ井上
――本日は、明後日に通算8回目のウクライナ取材へ向かうお忙しいタイミングにお時間をいただきありがとうございます。横田さんは戦争や紛争地の第一線で活躍し続けていて、ロシアによるウクライナ侵攻も開戦の年から足掛け5年にわたって取材されています。
「実はコロナ禍の中で仕事を見直す気になり、戦場に向かう気がまったくなかったのです。数多くのジャーナリストたちがウクライナに向かう中で、みんながんばれ!みたいな傍観する感じだったのですが、ある人物が取材の資金を出してくれるという話が舞い込み、2022年5月にウクライナに入ることになりました」
――1990年代から続けてきた戦地での仕事に終止符を打とうとしていた横田さんが再起動し、ウクライナに向かう際に手にしていたのがライカM10-Pレポーターであったとお聞きして鳥肌が立ちました。

「それまでライカM10をすごく気に入っていて、北海道でトドのハンターをしている老人の取材などで使用していましたが、あのカメラでは戦場に入っていなかったんです。そんなときにライカM10-Pレポーターが出るというので、とりあえず見てみようと思って手にしたらもう一目惚れでした。ライカM10-Pとそれほど値段が変わらなかったこともあり、即決で買ったらウクライナの話が来たんです」
――ライカM10-Pレポーターは、タフな現場に立つ正真正銘のレポーターが持っていたらどんなに格好いいだろうというカメラですが、横田さんはまさにそれそのものですよね。ウクライナ行きの機材が運命的に目の前に現れたという感じがします。
ライカM10-Pレポーターで精鋭と向き合う

©Toru Yokota
「この写真はウクライナに初めて入った2022年5月の取材で撮ったものです。ありえないことですが、タイミングよく特殊部隊の従軍取材ができることになりました。彼らはジョージアのスペズナズなどに所属していた精鋭で構成されているので、ジョージア部隊と呼ばれています」
――ウクライナと同じようにソ連邦崩壊後に独立したジョージア(旧称グルジア)から援軍が入っていたのですね!すなわち旧ソ連邦の戦闘プロトコルを身に付けているプロフェッショナルな軍人ということですね?
「だから、一番危険な任務を任せられています。開戦初期にロシア軍によるキーウへの空挺作戦があり、精鋭部隊の彼らとウクライナの特殊部隊が迎え撃って蹴散らしました。本当に運が良かったのですが、僕が入った時点で前線を取材している人はいなかったんです。その中にすごくいい顔をした人がいたので頼んで、撮らせてもらいました。カメラはライカM10-Pレポーターで、レンズはズミルックスの50㎜だったと思います」
戦地で初めて出会ったライカ
――1997年にカンボジア内戦を取材して以来、さまざまな戦地を取材されてきている横田さんですが、現場で使用する機材としてライカを選んだ理由について教えてください。
「カンボジアでライカM6を使用している人がいたんです。ライカという名前は知っていたけれど実際に見たのはそのときが初めてでした。オーストラリア人のベテランカメラマンが持っていて『うわ、格好いいっ!これがライカか!』と思ったんですけれど値段も高かったし、自分では使いこなせないだろうと思っていました」
――1990年代の後半といえばトレンドとしてはフィルムのAF一眼レフの時代ですよね?
「ニコンF5が出た頃で、それでも僕はマニュアルフォーカスのニコンF3やFE2を使用していました。でもライカって、あの二重像合致式のピント合わせの仕方が無理だと思って、憧れだけで終わったんです」

「そのあとコソボに行ったとき、また外国人でM型ライカ2台だけしか持っていないカメラマンがいたんですよ。ズームレンズとか持っていなくて単焦点レンズ2本だけで葉巻を咥えながらいつも写真を撮っている人がいて、またそこで『格好いい!』って思って、ライカってどんなカメラだろうと思って触ってみて、当時はフィルム機のM6TTLですね、それを買ったのが2001年頃のことです」
――21世紀に入り、ライカを携えてレポーターとして入った戦地は?
「911のあとのアフガニスタンにM6TTLを持って行きました。そこで起きたことは一生の不覚です。疲れていて集中力が途切れた感じで荷物の上にカメラを置いておいたら、気がつくと荷物を動かされた拍子にカメラが落ちてしまったらしく…」
――やっと手に入れたライカを失ってしまったのですね!
「もう、いつまでも忘れられない‥。自殺しようかと思いました(笑)。そのくらいショックでした。本当に頑張ってお金を貯めてライカ ズミルックス35mmと一緒に買ってすぐにそんなことがあり、そのときは本当にお金がなかったので周りも心配して『本当にこいつは自殺するんじゃないか』くらいの感じで、TIME誌のカメラマンから『それは、もう1台買うしかない』って言われて(笑)。そこで買いなおして、お金もなかったのでライカ ズミクロン35mmを買って、それをいまだに使用しています。だから描写が好きという部分もありますが、いろんなストーリーがあるので手放せないレンズですね」
35mmレンズでなければ捉えられない光景

©Toru Yokota
「地面に突き刺さったクラスター爆弾の容器です。クラスター爆弾は小型の爆弾が無数に入っていて空中で分解して炸裂するもので、柔らかい地面に落下するとかなりの確率で不発弾となり、それが地面にばら撒かれるのです。この容器があるということは、地面に相当な数のクラスターが埋まっていることになります」
――ええ〜! あの悪名高いクラスター爆弾の格納容器の一部が地面にブッ刺さっているということなんですね!! ここはヒマワリ畑なんですよね? 場所はどこですか?
「東部ドネツクの激戦地の中にあるヒマワリ畑で、季節がちょっと遅くてどこにも咲いていなかったのですが、ここだけ咲いていたんです」
――それで、ヒマワリがある!と思ったらクラスター爆弾の親爆弾のシェルカートリッジが地面に突き刺さっていた。ということは猛烈に危ないじゃないですか!!
「この辺り一面の相当に広い範囲には、不発で地雷のようになった小型爆弾が必ず埋まっています。こんなものが突き刺さっているという状況はここでしか見たことがありませんでした。車で走っていて見つけて、アスファルトからの距離が結構ありました。僕はそんなに長焦点のレンズは持っていないし、絶対に35mmレンズで撮りたいと思ったんですよ」

ライカM10-PレポーターとズミクロンM f2/35mm ASPH.
――横田徹といえば35mmレンズというのは承知していますが、これってギリギリまで間合いを詰めないと撮れないじゃないですか!
「だから慎重に歩いて行って…」
――そのとき、足元は見えるのでしょうか?
「いや、結構時間も経っているだろうから地面に埋まっている感じなので、慎重に足を進めていって、やっと35mmの画角のところまで行って撮りました」
――この突き刺さっている所から2mとかそんな感じの距離感ですよね?
「ちょうど天気も良くてウクライナの国旗だなと。こういう写真がずっと撮りたいと思っていて、やっとその現場を見つけて、もうこれは行くしかない、どうしてもこれを35mmレンズで撮らなければいけないという思いでした。一緒にいたドライバーは『やめとけ!俺は行かないからな』と言って遠くから見ていましたね(笑)」
――よくぞご無事で戻られました。この1カットのために命を賭けましたね。「ウクライナに7回行っても、自信のある写真は数枚しかないです。同じ場所に焼け焦げた戦車もあったのですが、ちょっと違う感じがして展示のキービジュアルにはこの写真を選びました」
自分の年齢より遥かに古い世代の戦車で戦う
――戦車といえばこのカットですが、この車体は相当古いと感じました。旧ソ連邦の時代に設計されたT72でしょうか?

©Toru Yokota
「もっと古くてT64という1964年式の戦車です。この車両はウクライナのハルキウで作っているんですね。これでいいの?と聞いたら全然いいと。やっぱり慣れているし今はドローンで敵を探せて座標だけ分かれば撃ち込めるので。砲弾は結局のところ同じですからね」
――この戦車兵の面々が戦車よりもずっと若いということになりますね。
「この3人は20代の前半ですが、相当な激戦を生き延びた人たちです。これに乗っていい?って聞いたら『乗れ!』っていうんです」
――戦車の中に入って撮った写真がありましたね!

©Toru Yokota
――ライカSL2-Sレポーターといえば、M10-Pレポーターと同様に防弾チョッキなどに使用される超タフな素材であるアラミド繊維で、カメラの外周を保護してある特殊モデルのミラーレス版ですね。
MとSLのレポーター2台で取材を進める
「ライカM10-Pレポーターと揃って持っていたらいいなぁ。というカメラです(笑)。ウクライナでの開戦当初は動画撮影ではSONYのミラーレス機を使用していましたが、何度かウクライナに入っている途中で『ライカSL2-Sのリポーターが出ます』と知らされまして」
――そうなるとMとSLのレポーター2台体制で取材したくなるという気持ちはわかります。それで購入を決意されたのですね。
「動画ではDJI osmo pocket3もかなり優秀ですが、インタビューなどでしっかり収録したいときはやはりライカSL2-Sレポーターですね」

動画撮影のケージを装着したライカSL2-Sレポーター
――インタビュアーの主観をしっかり反映させて取材相手に向きあうようなコンテンツであれば、あえてピントを浅くしていくとか。
「そうですね、背景をぼかしてアップとか。やはりライカSL2-Sレポーターのいいところはボタンが少ないことですね。変なボタンを触ってしまうトラブルが少なく描写も充分だということと、やはり好きなカメラで撮りたいというのが一番大事だと思うんです。取材の期間はカメラを持っている時間も長くなりますが、ライカであればレストランのテーブルの上に置いてうっとりすることもできます(笑)」
――愛するカメラが仕事だけでなく心の支えにもなるということですね。展示作品に話題を戻します。還暦過ぎた形式の戦車が現役である一方で、索敵および攻撃用途に一人称視点(FPV)のドローンが飛び回っていることがウクライナの戦地の特徴かと思います。これはドローンの操縦士が作戦行動している様子ですが、機体が航行するエリアからずっと離れた場所にいるのでしょうか?
ドローン操縦という新たな作戦行動

©Toru Yokota
「FPVドローンはバッテリーの容量の問題で30分程度しか飛べないので、前線から3km~5kmといった距離です」
――ドローンの航続距離の範囲内で安全圏と思われる場所で操縦するんですね。
「ただし5kmでは敵陣からの射程圏内です。向こうのドローンももちろん飛んでくるし、その場所に取材で向かうのが一番大変でした。現場への往復途中で見つかってしまうとロシアのドローンが突っ込んでくるので非常に危険です。誰もいなくなった農家の地下室をコントロールルームにしてそこで作戦行動しているのですが、その場所も見つかってしまえば砲弾を撃ち込まれるし、小型のFPVドローンなら地下まで入ってこられますから、ここが一番危なかった場所です」
――戦争で使われる道具は進化していきますが、ウクライナの戦争が開始されたとき第一次世界大戦のような塹壕戦をしていることに戦慄しました。変わったことといえば塹壕の溝を捉えるドローンが飛来して兵士の姿が丸見えになっていて、これはどうしようもなく辛く苦しい戦いだと強く感じます。
ウクライナの独立のために戦線で活動する

©Toru Yokota
――この写真も印象的です。SUVの荷室に担架が据えてあり、意思の強さと切なさを帯びた諦観を感じさせる美人がこちらに眼差しを向けています。
「彼女は衛生兵で、当時はまだ大学生で18歳とか19歳でしたがものすごく優秀な人物で、自分の意思でウクライナの独立のために何か役に立ちたいと戦線で活動しています。彼女のお母さんも現役のウクライナ軍の将校で、2014年ドネツクでの攻防戦で衛生兵としてボランティアで活動していた経歴があります。娘も母と同じことをしたいという思いがあり、最前線で怪我した兵士を回収しています。本来なら兵隊なんてやる必要もない、英語も完璧で海外に行けと親から言われているけれど『自分たちは戦線に向かって行ったのに、なぜ私だけを海外に行かせようとするのか』と問い詰めたという、そのエピソードは展示会場に置いている本にも書いてあります」
100年前の機関銃とレーザービーム

©Toru Yokota
――これは、対空火器で迎撃をしている瞬間ということでしょうか?
「ロシア領から発進するシャヘッド長距離ドローンが毎晩のように飛んでくるのですが、飛行機形のものがウクライナに向かってくるのがわかる地図アプリがあって、何百キロとある国境にいくつもの部隊がずっと待機していて、自陣にくると撃ち落としていきます。これはマキシム機関銃という、およそ100年前の日露戦争の時代に使用していたものに対空用のサーマルスコープをつけて夜でもモニターで熱探知をして、レーザーポインタで飛来してくる場所を探して迎撃していきます」
――シャヘッドは内燃機関を動力とする比較的安価なラジコン自爆兵器で、ウクライナの市民生活を脅かしていますよね。それを100年前の機関銃で撃ち落とすんですね。

「古臭い武器とレーザー光やドローンの組み合わせというのは、まるでスターウォーズのような世界でもあります。曳光弾があちこち飛び交ってレーザーが照射されていて、シャヘッド長距離ドローンはガソリンエンジンなのでグラマンみたいなブゥオオォ〜ン!という爆音が近くまで来て、それをバリバリバリバリッ!!と撃ち落としていきます」
――何だか楽しそうに話してくれていますが、とんでもなく危険で命を落としかねないような状況ですよね。
「でも、アドレナリンが出ているので怖いというよりもドローンが来ないかなぁ。という思いですよね。基本的にジャーナリストが迎撃ポイントで取材を始めるとドローンが来ないらしいんですよ。僕らの場合はその日だけ異様に多くて、ちょっと休んだらまた飛んできた!という感じで迎撃して、それが終わってひと休みしていたらまた来ましたね。撮るときには『キタ〜ッ!』という感じですけれど、その後に、ああ、危なかったんだなと」
自国の砲撃にさらされた幼い命

©Toru Yokota
――この少年は、ウクライナ人でしょうか?
「これはロシアの子供です。ウクライナが一時占領していたクルスクという場所で、ウクライナ軍が来たということでロシアが猛攻撃を仕掛けてきたのですが、その時点で自国の住民が数多くいたんです。それでおそらくロシアの空爆によって大怪我をしたロシアの少年をウクライナ軍が連れて帰ってきて、病院で手術を終えたところです」
――自国の砲撃を受け、敵国であるウクライナの兵隊に助けられたけれど、彼は深く傷つき右手まで失っています。とても複雑な状況であり、この少年はソビエト連邦崩壊からのロシアとウクライナの歴史を知る由もないほど幼いことに胸が締め付けられます。こんな悲劇が起きていることを写真で伝えてくれる横田さんの果たす役割は本当に尊いものだと思います。
青と黄色の旗の数だけ命が費やされている

©Toru Yokota
――これはキーウですか?
「はい。市内の中心地にあるマイダン広場という場所です。最初はこの旗の数もそれほどではなかったのですが、死んだ人の数だけ旗をさしていくのでどんどん増えています」
――何年もウクライナに通っているので旗が増えていくのが見えてくるということですね。
「たまたまこの女の子がず〜っと立っていて一点を見つめていたんです。この中の1本の旗が、親族か夫か彼氏なのかと思って撮りました」
――毎年11月頃になると東京では銀杏の葉が色付いてきて鮮やかな黄色になり、その時期の空は青く晴れわたってウクライナの国旗みたいだなと思います。昨年は季節がゆっくり動いてなかなか葉が落ちず、年が明けても黄色い落ち葉がまだ歩道の脇に積もっていて、あいかわらず東京の空は青い。その色面構成からウクライナのことを想わずにはいられなくなり、大義のために命を落とすことってどういうことだろうと銀杏の葉を見るたびに感じます。そういう現場なんですよね。

「はい、まさにそういうところです。実際にこの場所だってロシアから攻撃されていますしね」
――ところで、レポーターモデルのライカを使用している戦場カメラマンというのは現場にどの程度存在するのでしょうか?
「誰にも会ったことないですね(笑)。東京ではレポーターを持った人を見たことがありますけれど、戦場ではないです。人が行かないところに取材に行くのでM型ライカを見かけることはないですが、衛生兵の彼女は写真家になりたかったそうで、僕がライカを使用しているのを見て『ライカなのね、私はQ2』という感じで、意外なところでライカを知っている人にも出会います」
取材を終えたらワルシャワのライカストアへ
「あとはワルシャワにライカのお店があって、取材が終わるとポーランド経由で帰国する前に、つい立ち寄ってしまいますね。ライカのお店は国によって置いてある中古のアイテムや写真集などのセレクトが独特じゃないですか。ライカのお店って、どこの国でも近くにいいカフェやバーがあるような場所にあるんですよ」
――そこに、真のレポーターたる横田徹は共に戦地を巡ったライカのレポーターをぶら下げて、ふらりと入っていくんですね。
「今回はこの写真集と書籍を置いてこようと思っています。あと、プロフェッショナルストア東京で開催中の写真展のフライヤーも持っていきます」

――300Pを超える渾身のルポルタージュ『戦場で笑う』(朝日新聞出版)と、オールカラーのムック判フォトエッセイ集『ウクライナ狂想曲』(笠倉出版社)ですね。この両著を丁寧に読んでから今回の展示で大型プリントや映像を見れば、横田さんの伝えようとしていることがさらに深く理解できると思います。本日は、本当にお忙しいなか取材に応じていただきましてありがとうございました。
「こちらこそ、久しぶりにガンダーラさんと話ができて楽しかったです。どうもありがとうございました」

写真展概要
| タイトル: | ウクライナ狂想曲 |
| 期間 : | 2026年1月16日(金)- 4月18日(土) |
| 会場 : |
ライカプロフェッショナルストア東京 東京都中央区銀座6-4-1東海堂銀座ビル2階 Tel.03-6215-7074 |
| 営業時間: | 11:00-19:00(日曜・月曜定休) |
>>写真展詳細はこちら
横田徹 トークイベントのご案内
| 日時 : | 2026年2月21日(土)16:00~17:00 開催 |
| 場所 : | ライカプロフェッショナルストア東京 |
| 定員 : | 20名様(先着順)※定員に達し次第、締め切りとさせていただきます。 |
| 参加費 : | 無料 |
| 内容 : |
写真家・横田徹より、本展「ウクライナ狂想曲」展示作品のご説明ならびに直近のウクライナ情勢について解説いたします。この貴重な機会にぜひ足をお運びください。
本イベントは事前申込み制です。参加をご希望のお客様は、ライカプロフェッショナルストア東京までメールにてお問い合わせください。 |
| Email : | Pro-Store@leica-camera.co.jp |
横田徹 / Toru Yokota プロフィール
1971年、茨城県生まれ。フリーランスの報道カメラマンとして紛争地を専門にスチール撮影、ドキュメンタリー番組の製作を手がける。1997年のカンボジア内戦からフリーランスのカメラマンとして活動を始める。その後、インドネシア、コソボ、パレスチナ、ソマリア、リビア、イラク、シリアなどを取材。2007年〜2012年までアフガニスタンに展開するアメリカ軍を継続的に従軍取材。13年にはイスラム国の拠点ラッカを世界で初めて取材。現在はウクライナ戦争の最前線の現状を伝える。
日本では猟銃・狩猟免許を所持し、北海道や山梨県で狩猟、有害鳥獣の管理捕獲を行うハンターでもある。
著書『戦場中毒 撮りに行かずにいられない』(文藝春秋)2015年、『戦場で笑う 砲声響くウクライナで兵士は寿司をほおばり、老婆たちは談笑する』(朝日新聞出版)2025年、『FPV ウクライナ狂想曲』(笠倉出版)2025年
共著『SHOOT ON SIGHT 最前線の報道カメラマン』(辰巳出版)2011年