My Leica Story
ー 大杉隼平 ー

後編



ロンドンで写真とアートを学び、国内外で幅広い活動を続けるフォトグラファーの大杉隼平さん。ライカギャラリー京都にて写真展『I see this world with Leica』が2022年5月12日まで開催中です。展示された作品は、すべてライカで撮影されたもの。後編では、大杉さんとライカの密接な関係と、作品作りについてさらに掘り下げていきます。

text:ガンダーラ井上

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――では、いよいよ展示作品のことについてお話を聞かせてください。まずはこの写真ですが、M型ライカのファインダーを覗きながら、写っていない範囲から撮影フレームに入ってくる被写体を捉えていく臨場感が伝わってきて興奮してしまいました。

レンジファインダーのフレームで切り撮る世界

揺れゆく時の中で ©Shumpei Ohsugi


「この緑色の壁は、ニューヨークの工事現場です。向こうに行くと結構あるものですが、貼り合わせた板の剥がれかかっている部分の感じがいいのでカメラを構えました。そのとき人も入れたいと思いました。そこで、人がやってくるのをしばらく待って撮った写真ですね」

――質感抜群の緑一面の背景に、ブルージーンズとベージュのコートの紳士。完璧な色面構成ですね。

「ここにどのような人が入るかで写真が変わってくると思います。撮影は一瞬ですが、待つという時間が長くなったりしますね」

――何がフレームに入ってくるかはわからないけれど、自分にとって最適解のイメージに近いものが来る瞬間を、獲物を狙うようにして待ち構えるのですね。

「そうですね。だから撮るために水たまりの中で寝っ転がって、ずっと待っていたりすることもあります。完全に不審者ですよね(笑)。そんな僕の姿を撮っていく外国人の方も多いんです。でも、そうすると友達ができたりもします。この前ニューヨークに行っていた時もブラジル人の有名なビデオグラファーの人が声をかけてきて、ドキュメンタリーを作ってもらいました」

――え? 『君が写真を撮る様子を、僕がドキュメンタリーとして撮りたいんだけど』ということですか?

「そうです。これから数日間ずっとついて行っていいかって言われて。もちろん全然気にしないからいいよっていうところから友達になりました。だから、寝っ転がって撮るのも意外とありだなと思います」

視点の自由度は、新しい表現への入り口

いつか共に歩いた。あの日も雨が降っていた ©Shumpei Ohsugi


――寝っ転がるといえば、この写真はものすごいローアングルですよね。

「これは大雨の日に、地面にしぶきが弾けているのがきれいだったので。それを寝っ転がって絞り開放で撮っていますね」

――この路面スレスレの位置まで頭を持ってこなければファインダーを覗けません。しかも大雨です。

「だから、もうびしょ濡れです。でも、どうしてもそれを表現したいというところがあったので、カメラを地面に付けてのぞいて撮ったんです。うつ伏せになって地面で構える感じで」

――うつ伏せですか! ほとんどヨガの行者のようなポーズですね。

「でも、視点を変えるだけで雨って全然違って見えるんだなと思いました。もしかしたら犬とか猫は、雨をこの写真に近い視点で見ているのかもしれないですね」

――確かに。なおかつ前ボケで表現された雨粒は写真でしか起こり得ないことでもあります。大きくボケていますがレンズは50mmでしょうか?

「50mmで、絞りは開放のf1.2で撮っています」

――すごいですね。画面の90%以上がずぶ濡れの路面で、ギリギリのフレーミングで街の様子が視界上端にほんの5%くらいあるという。

「街だというのは入れたいと思ったので上端ギリギリにフレーミングしました。撮影地はロンドンのストリートです。雨の日や、雨の次の日には普段とは違う見え方をすることがあるので、僕は雨が好きなんです」

スナップショットをライカで探究

雨上がりの朝 ©Shumpei Ohsugi


――雨の次の日といえば、水たまりができます。こちらは、水のリフレクションを使った作品です。

「これはポルトガルのリスボンで撮影しました。コロナ前は海外の仕事がすごく多かったのを思い出します」

――この作品を拝見した瞬間、アンリ・カルティエ=ブレッソンが初期のライカで撮った水たまりをモチーフとした『サン・ラザール駅裏』への、21世紀からの解答みたいに感じました。これこそスナップショットの真髄ですね。

「建物の色合いなどが、見た時にすごくいいなと思ったんです。最初は人が歩いているのを入れようかと思ったのですが、そこで待っていた時にちょうど自転車に乗った人が来たので、いいなと思って撮りました。タイヤの大きさも構図的に丁度よかったです」

――確かに、これで車輪が大きかったらまた違いますよね。

「それも偶然の出会いですね」

――フレーミングが絶妙で、色面構成も完璧で、すごい瞬間ですよね。

「ありがとうございます」

――撮れた瞬間というのは、その場で仕留めた!という感覚があるものですか?

狙い打つ視線と、偶然の産物のバランス

新しい1日がまたはじまる ©Shumpei Ohsugi


「そうですね、いくつかの写真は、撮れた時の手応えというのはあります。でも、この地下鉄の写真の場合は少し違いました。イギリスの多国籍を表現したかったのですが、なかなか電車が来ない中でカメラを向けると向かいのホームで待っている人々がこちらを気にしてしまうんですよね。でも電車が来た瞬間は、その意識がなくなります」

――なるほど!入線する車両に注意が向いた瞬間だから、自然な雰囲気なのですね。

「窓に人がうまく入るように、何度も何度も繰り返しシャッターを切りました」

――赤いネクタイの紳士と窓枠の関係。これは完璧ですね。

「電車が動く速度にもよるので、どの瞬間にシャッターを切っていいのか予測が難しいんです。だから本当に何度も繰り返し撮りました」

――まさに決まるか決まらないかが、レリーズした瞬間の何百分の1秒の差で違ってくる世界ですね。

「ちょっとずれていたら赤いドアの窓から見える赤いネクタイの男性は写ってなかったと思います。その一瞬をいかに切り撮れるか、ですね。」

瞬時の判断で、レンズの画角を決める

沈黙の中にある言葉 ©Shumpei Ohsugi


――この地下鉄の写真も素敵ですね。壁面のタイルにCANALとあるので、撮影地はニューヨークですか?

「そうです。この写真は、電車の中から撮っています」

――あ、ホームの上ではなく電車の中ですか!

「窓にへばりついて、ズミルックスM f1.4/35mm ASPH.で撮っています。電車がホームに入っていった時に、減速していく中でこの方が歩いて来るのが見えたので、ばっとカメラを出して撮ったんです」

――入線中の車両内で気づいて、よく間に合いましたね! 自分の経験では、気づいた瞬間にカメラを手にしていない限り、ほぼ100%無理です(笑)。

「撮りたい時にパッと出してすぐに撮れるように、2台持っているカメラを装着しているレンズの焦点距離で色を分けているのが助けになった部分もありますね。斜め奥の方にこの方を見つけた時、撮りたいと思ってすぐに広角レンズをつけているカメラを出しました。電車に『まだ動かないでくれ』とお願いしながら、窓にへばりついて撮りました」

次々と湧き出すドキドキするような撮影エピソードですね。

「電車の窓もそうですが、人が意識しない所をどうしたら撮れるのだろうというのが僕のテーマとしてあります。だから人を撮っている作品は、撮った後に写真を見せて了承を得ることがほとんどで、シャッターを切る前に撮らせてくださいということは基本的にしません」

――こんなの撮ったけど、いい?みたいな。

「そうです。1回目が勝負です。今の時代、撮った写真を気に入ってもらえたらその場でインスタグラムなどで送ってあげることもできます。そういうふうにしてやらないと、作為的にこう撮らせてくださいとかやっていると、相手の心が閉じてしまうんです」

――撮られると意識した瞬間に被写体の心のドアが反射的にシュッ!と閉まってしまう感覚は、すごくよく分かります。よそ行きの表情ではなく、いつもどおりにオープンな心の状態を撮りたいのですね。

未来を予測し、非演出の瞬間を捉える

大切なことはすぐ側にあった ©Shumpei Ohsugi


「この写真は、撮った瞬間に自分の予測が当たったという手応えを感じました。ベルギーのブリュッセルで撮影しています。あっちとこっちからお互いに手を振りながら歩いてくる男女を見かけたので、このあたりで合うのではないかと予測して近づいていきました」

――まさにコンタクトした瞬間を捉えているのですね。歩いて近づいてくる男女が接するだろうと思われるポイントを読みながらジリジリと。

「そうです。その一瞬を撮りたかったのでカニ歩きみたいな感じで二人の動きに合わせて移動して撮りました。これはまさにピタッと合ってくれました」

――タイミングだけでなく、マニュアルフォーカスでピントもバッチリ合っているところが凄いです。背景のボケ具合から察するに、絞りは開放ですよね。

「レンズは50mmで、暗かったこともあって絞りは開放のf1.4近辺です。結構近い距離で撮っています。シャッターを切った後にモニターでピントが合っているのを確認して、本当によく合ったなと思いましたね。撮られた本人たちにはびっくりされましたけど」

――それはそうですよね。抱き合った次の瞬間にカメラを構えた知らない人がすぐそばにいることに気づいたら、驚くのが普通です(笑)。

「でも、写真を見せたらすごく喜んでくれました。そうしてこの二人とは友達になりました。誰かが僕の撮った写真を見て喜んでくれるのは、何よりも嬉しいことです」

――二人に幸せな時間が流れていたとしても、こんな瞬間を切り撮ってもらえる幸運に巡り合う人は稀だと思います。これはすごいです。

「もちろん、失敗することもたくさんあります。とはいえ、演技してやってもらうような安易なところには行きたくないのです。旅先で目にしたその瞬間をどれだけ撮れるか。そうやって出会った人たちから、自分のおじいちゃん、おばあちゃんを撮ってくれと頼まれたこともあります。それで田舎の方について行って撮らせてもらうなど、結構ノープランで旅することが多いですね」

待っている家族の帰りを ©Shumpei Ohsugi


――このワンちゃんたち、一列に並んでおりこうさんで可愛すぎです。

「これはリスボンで撮影したものです。家族がカフェに入って行くのが見えたのですが、そのときに3匹が並んで待っていたんです」

――そういうことですか! 言われてみれば、そんな背中のまるまりかたに見えます。

たった1枚だけ、静かにシャッターを切る

祈り ©Shumpei Ohsugi


――この写真も、とても印象に残る作品です。

「これはライカM9で撮っています。イギリスで教会を訪れ、扉を開けるとこのおばあさんが一人だけ後ろ姿で見えたのです。その時にどうしても撮りたいと思いました。でも、教会という場所柄、ここで近寄っていっていいものかと逡巡して、すごく怖かったのです。だから、本当にゆっくりゆっくり考えながら近づいて、1枚だけシャターを切って、軽く頭を下げたら向こうも頭を下げてくださったのです。この写真を撮る時に、とても緊張したことを覚えています」

――いま、その時のライカM9のシャッター音が聞こえてきました。

「聞こえてきましたか。本当に、静寂の中でその音だけが鳴る感じです。バババッと何枚も切らずに、1枚だけ大事に切った感じです」

朝の光、そして空気そのものを撮る

まだ見ぬこれからに向かって ©Shumpei Ohsugi


――最後に、展覧会のフライヤーにも使われているこの作品のことを教えてください。

「これはパリのエッフェル塔の横の道ですね。よく見ると犬が白い息を吐いています。撮影したのは、気温がマイナス10度くらいのとても寒い日でした。歩いていると朝の光が上がってきたので撮った写真です。これはライカM-P (Typ 240)で、レンズはズミルックスMf1.4/35mm ASPH.を付けています」

――この発色はまさにTyp 240という感じで、すごくクリアで冬のパリの光と空気そのものが写っていますね。M型デジタル機の中でも特にTyp 240系をお好みになっているのは、色味にクセがなくクリアな印象だからでしょうか?

「確かにライカM9は色の乗り方も含めてかなり独特なカメラでした。Typ 240の後に登場したライカM10-Pも使っていましたが、Typ 240は使えば使うほどそこに戻っていく感じがあります。M型ライカと言っても本当に全機種それぞれ違いがあります。そのような意味で自分が写真表現をする中でTyp 240に戻っていく感じがしています」

これからのライカに寄せる思い

――今後のライカに期待することがありましたら、ぜひお聞かせください。

「おこがましくて、期待することなんて‥」

――例えば、ライカM(Typ 240)の復刻生産を希望するとか、メンテナンスを2040年までして欲しいとか。

「ずっと使い続けたいので、それはありますね(笑)。でも、ライカM11も使ってみたいと思っています。今は地方にずっといて撮影を続けている状態なので、ゆっくりと東京で過ごせるようになったら、改めて検討したいと思っています」

――もしかすると主力機材にライカM11が加わる可能性もあるのですね。いずれにしてもライカ、特にM型ライカで写真を撮り続けていくことには変わりないということですね。

「ライカギャラリーで作品を展示することは、僕のひとつの夢であり、世界中のすべての商品の中でライカほど時間を共にしたものはないので、何より嬉しいことでした。毎日一緒にいて、朝から晩まで頑張ってくれて。こんなに一緒に時間を過ごしているものは他にありません。これからもライカを死ぬまで使うだろうと思うので、僕自身も失礼がないように、きちんとカメラと向き合って使っていきたいと思います」

――ここまで礼儀正しく、ライカへの熱い思いを語っていただいた方を私は知りません。写真撮影の流儀から、個々の作品が生み出された瞬間に関するエピソードまで、本当に興味深いお話をうかがえて楽しかったです。どうもありがとうございました。

「こちらこそ、どうもありがとうございました」

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Photo By K



写真展 概要

作家 :大杉隼平
タイトル:I see this world with Leica
会場:ライカギャラリー京都(ライカ京都店2F)
住所:京都市東山区祇園町南側570-120 Tel. 075-532-0320
期間:2022年2月5日(土) - 5月12日(木)*月曜定休
展示内容:ライカを通じて世界の街角で出会った風景や人々を捉えた作品15点


大杉隼平
1982年東京生まれ。ロンドンで写真とアートを学ぶ。 現在、雑誌やTV、広告、カタログなどで活動する傍ら、約200人の国内外の役者の宣材写真やアーティスト写真を手掛け、様々なブランドとのコラボレーション、国内外の企業の撮影と活動は多岐に渡る。また、 CP+主催の「THE EDITORS PHOTO AWARD ZOOMS JAPAN 2020」では一般投票 で最多票を獲得しパブリック賞を受賞。 https://shumpei-ohsugi.com/