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Lens of Tokyo -東京恋図 
with Leica SL2-S
Vol.2  ライカSLシステム、そのMレンズとの親和性

Photo & text by 南雲暁彦

Mレンズに魅せられて ライカM10-PをズミクロンM f2.0/50mmと一緒に手に入れたとき、もう一度写真に出会ったような衝撃を受けた。こんなに果てしなく自然で、それでいて愛おしくなるような描写をするのか。レンジファインダーで二重像を合致し、シャッターを切って撮った写真には、そういう世界が出来上がっていた。澄んだ水のように濃厚な質量を持った空間の表現、とでも言おうか、ピントピークからアウトフォーカスにかけての繋がりがこんなに自然な描写は見たことがない。全ての光がつながっている。たった一本の標準レンズで僕はすっかりMレンズの魅力にとりつかれてしまった。


ライカM10-P & ズミクロンM f2.0/50mmで撮影



しばらくしてアポ・ズミクロンM f2.0/75mm ASPH.も手に入れたが、これもまた優しくて、画面全体から写真特有の世界観を感じるものだった。

ああ、世界は美しい。写真はこんなに世界を美しく表現できるのかと、あらためて本質的な部分に立ち返ることができたのだ。Mレンズとはそんなレンズだと思う。

ライカM10-P & アポ・ズミクロンM f2.0/75mm ASPH.



この時に五感が感じた事が全て蘇る。

ライカを使ってみて初めて、ただのワイシャツが美しい被写体になることに気が付いた。


技術的な安心感

以前、ライカカメラ社のレンズ開発責任者、ピーター・カルベ氏にインタビューしたことがある。その時はライカSLレンズの話が中心だったが、彼に今ライカM10-PにズミクロンM f2.0/50mmをつけて使っているんだ、と言ったら「絞りはどうしている?」と僕に聞いてきた。ほとんど開放でしか使わないと言ったら 「それでいい」と。ライカのレンズは開放が一番いいんだよ、それはMレンズでもSLレンズでも変わらない、と。SLレンズは今時の高解像度時代に合わせてよりクリアで、シャープだけれど、MレンズについてもこのSLシリーズのボディはそのテイストをスポイルしない、と話していた。

「絞り開放が一番いい」。それはつまり、レンズ周辺まで、絞り開放でも安心して使える描写力を持っているという事。それと先ほども書いたが、ピントピークからアウトフォーカスにかけての繋がりがとてつもなく自然なので、ピントがしっかり合っているところ以外の部分にもその被写体の情報(雰囲気)はしっかりとあって、画面全体のまとまりがいいからなのだと思う。

ピーターさんは最後に、「被写界深度が欲しい時だけ絞ればいいよ」と付け加えた。それはすごく印象的な言葉だった。

その後カメラ開発責任者のステファン・ダニエル氏とも対談したが、MレンズはM型ライカに付けるのが一番いいのだけれど、その次にMレンズの魅力をしっかり表現できるのはこのライカSLシリーズだと、そのように作ったと言っていたのだ。やはり、Mレンズは特別なのだ。

Mレンズの魅力は今更僕が語る必要もないと思うし、素晴らしさを語るのは言葉でなく写真だろう。

レンズによってその魅力は違う。長い歴史の中で様々な伝説のレンズが生まれてきたが、今回は現代の銘玉 ズミルックスM f1.5/90mm ASPH.と、僕が普段使っている アポ・ズミクロンM f2.0/75mm ASPH.をライカSL2-Sに装着して使ってみた。


ライカSL2-S アポ・ズミクロンM f2.0/75mm ASPH.


夜景の撮影ではやはり手振れ補正が作品の幅を広げてくれる。


 近接撮影では、パララックスのない微妙なアングルを一発で作れるというユーザビリティをMレンズで味わえるのも面白い。



この空気感を積極的にリアルタイムに認識しながら捉える。Mレンズの味を知っている人ほどやってみたくなるはずだ。




さらにライカの世界を満喫できる


MレンズをライカSL2-Sに付けて使う意味。それはなんだろうか。

このライカSL2-Sは、35mmフルサイズの2400万画素という、主力メーカーが看板を背負わせるど真ん中のカテゴリーに投入された。このスペックだと画素ピッチが大きくなり、解像度とダイナミックレンジのバランスがもっとも良くなるのだ。しかも、ライカSL2-Sは裏面照射型イメージセンサーを搭載しているのでなおのこと、実際に暗いシーンの撮影にもすこぶる強く、そのデータのクオリティが高いので2400万画素というスペック以上に大伸ばしに対応できるというオールマイティーな機種である。

そんなカメラでMレンズの表現をスポイルする事なく味わう事ができる、これはやってみたくなるではないか!そして案の定作品作りはすこぶる面白いのだ。


純正マウントアダプターを介してライカSL2-Sアポ・ズミクロンM f2.0/75mm ASPH.を装着


小説を描く、と映画を撮る

M型ライカで撮っているときは、小説を書いて(描いて)いるような感覚がある。レンジファインダーのブライトフレームと距離計というリアルな文字のようなものを見て、想像力を発揮しながらそれを使って写真の世界を綴っていく。できた写真はその時のイメージが視覚化されたもので。その写真は小説が映画実写化されたような気持ちにもなって面白い。

ライカSL2-Sで撮っている時は、リアルタイムに自分とレンズとカメラが作り出すビジュアルの世界をファインダーで捉え、もうその世界にひたすら感動しながら撮っていく感覚。今回使ったズミルックスM f1.5/90mm ASPH.など、ファインダーの中に酔いしれるぐらいの美しい世界が広がる。ズミルックスが導いた光がアウトフォーカスからジワーっとフォーカスが合ってピークが立ち、そこを中心に光の層が出来上がっていくそのシーン、これは本当に美しい瞬間だ。フォーカスリングの操作とファインダーの画がリンクしてその光の美をコントロールできる、こんなに創造的で楽しいことはない。この世界を見る事ができるのは創造主の特権だ。フォーカスの合っていない世界もこんなに美しいのかと再発見し、思わずアウトフォーカスの作品を生み出してしまったりもする。

ライカSL2-Sの高性能なファインダーはそのレンズが作り出す世界をずっと連続的に見る事ができ、その時間の中からベストを写していく。これは、映画のワンシーンを撮っているような感覚になるのだ。

ライカSL2-S & ズミルックスM f1.5/90mm ASPH.

2種類のファインダーがあるから感性に合わせられる。

そういった表現に時間差みたいなものがあって、M型ライカの後からじわっとくる文学的な撮影もすごく詩的で良いし、ライカSL2-Sのリアルタイムな映像の中で酔いしれて撮る感覚は、ライブ感に溢れている。Mレンズには素晴らしいレンズがたくさんあるが、その新しい楽しみ方、味わい方ができると思った。

ファインダーの中に光が溢れかえる。肉眼では全く見えない世界である。


名品が生み出す共鳴


ズミルックスM f1.5/90mm ASPH.の作品制作で今回メインの被写体に選んだのは現代に蘇った名車、アルピーヌA110である。オリジナルのアルピーヌA110は、1973年に初代WRC世界ラリー選手権チャンピオンという栄冠を持つ伝説の車だ。撮影したアルピーヌはそのデザイン、ドライバビリティーをエッセンスに復活を遂げた現代の車だが、伝統のMレンズを最新鋭のライカSL2-Sでドライブするという感覚に同じような粋を感じてこの車を選んだ。舞台はもちろん東京である。

このアルピーヌA110、ボディがアルミニウムで作られており、同じくアルミニウムのインゴットから削り出されたトップカバーを持つライカSL2-Sとは、オブジェクトとしての気高さに共通点を感じてしまう。

果たして、ズミルックスM f1.5/90mm ASPH. をつけてファインダーを覗いた瞬間、共鳴するように求めていた光の世界が生まれ周りが全く見えなくなった。それは濃厚な光と時間を含んだ写真の空間である。

ライカSL2-S & ズミルックスM f1.5/90mm ASPH.



ドライバーズカーの如く

アルピーヌは、後ろに乗せてもらったり(そもそも後部座席はないが)隣に乗って楽しんだりする車ではない。自らがハンドルを握り、人馬一体となって思うがままに駆け巡ってこそ真価を発揮する、走りを表現するマシンだ。これはライカのカメラと通ずる。ライカM10-PにしてもライカSL2-Sにしても、カメラがオートマチックに何かやってくれた、という感覚は無い。自らがカメラを操作して自分のクリエイティブを昇華させていくために使う物だと思う。

M型ライカはよく万年筆に例えられ、使い方をおぼえその表現力を知ってしまうともうその世界の虜になると言われるが、このライカSL2-Sはスポーツカーを運転している感覚に近いと感じる。Mレンズを装着している時はマニュアルミッションのマシンを操っているようだ。同じように腕に覚えがあればその表現力は計り知れないのではないだろうか。

すくなくとも僕はこんなに楽しい撮影はないと思った。タクシーに乗って案内された場所に到着するより、自らのドライブで意のままに駆け抜けてたどり着いた場所は尊いのだ。ライカSL2-SとMレンズでの撮影はそういう境地に立たせてくれる。

ライカとアルピーヌが東京の光の中で共鳴する。

分厚い層になったシャドーの中で、ズミルックスがアルピーヌのアイデンティティを浮き彫りにする。



世界を刻むことに夢中になり、写真を撮ることに疑問を感じずに済む。それは大事なことだと最近思う。

さて、そろそろ皆さんご存知のようにミラーレス時代の到来でレンズ選択の自由度が増え、アダプターを介せば様々なボディとレンズの組み合わせが可能になったが、付けば良いというものではなく、センサーの前の保護ガラスが厚かったりするカメラだと、オールドレンズ含めMレンズの良さは再現できない。その他様々なノウハウ技術を含め、この変えがたいMレンズの味をしっかりとミラーレス一眼カメラで楽しみたいならライカSLシリーズを使うしか無いのだ。

また、ノクティルックスM f1.25/75mm ASPH. やズミルックスM f1.5/90mm ASPH. などの大きなレンズは、ライカSL2-Sに装着するとボディとのバランスがすごく良く、また見た目も著しく格好良い。こういった明るく被写界深度の極浅い中望遠レンズの撮影でも、優れたEVFファインダーのおかげでフォーカス合わせは非常に楽だし、そういった意味でもしっかりと銘玉の性能を出しやすいというわけだ。さらにボディ内手振れ補正がその歩留まりを上げていく。

 
純正マウントアダプターを介してライカSL2-SズミルックスM f1.5/90mm ASPH.を装着


何はともあれ、是非一度Mレンズを装着してファインダーをのぞいてみて欲しい。ここまで色々と書いたが理屈などどうでも良くなる世界が待っている。



フォトグラファー

南雲 暁彦

1970 年 神奈川県出身 幼少期をブラジル・サンパウロで育つ。日本大学芸術学部写真学科卒業。凸版印刷株式会社、ビジュアルクリエイティブ部所属 チーフフォトグラファー。世界中300を超える都市での撮影実績を持ち、風景から人物、スチルライフとフィールドは選ばない。近著「Still Life Imaging スタジオ撮影の極意」。APA会員。長岡造形大学、多摩美術大学非常勤講師。