100年目のウェッツラー 100年先のライカ ②
石井朋彦
ライカを生んだ街・ウェッツラー
新しい街を訪れるときは、地図を見ずに歩くようにしています。
以前はまず高台に登って地図を開き、街を俯瞰して「あの場所を撮ろう」「こんな写真を撮りたい」──とイメージを膨らませ、通りを塗りつぶすように歩いていました。
しかしある時から、偶然に出会った被写体をとらえた瞬間のほうが、自分にとっても他者にとっても心地よい写真を残せるのだと気づきました。「撮ろう」を狙うよりも、心のままにシャッターを切った方が、記憶に残る一枚に出会える──そう考えるようになったのです。
2025年6月、ドイツ・フランクフルトから北へ車で50分ほどの場所にある地方都市・ウェッツラーを訪れました。ライカ創業の地で「ライカI」誕生100周年を祝う式典「100 YEARS OF LEICA」に参加するためでした。
ウェッツラーは、ドイツの文豪ゲーテが『若きウェルテルの悩み』を着想した街でもあります。ゲーテは若き日、ここでシャルロッテという女性に出会い、恋に破れ、その経験を基にしてベストセラーを生み出し、生涯をかけて『ファウスト』を完成させます。
ゲーテは、ニュートンの光学理論に異を唱え、光と闇の間にこそ色が生まれるとする「色彩論」を提唱しました。人間が見るからこそ、そこに色が現れる──「撮る人の心まで写す」と言われるライカのカメラとレンズがこの地で生まれたことに、運命的なものを感じます。
100年目のシャッター音
セレモニーが催される数時間前、街を南北に分けるラーン川にかかる橋を渡り、旧市街へと向かいました。
手にしていたのは愛機「ライカM10-P」と「アポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH.」、そしてライカMシステム誕生70周年を記念した特別限定モデル「ライカ M Edition 70」。フィルムは「ライカ MONOPAN 50」を装填していました。
記念すべき一枚目は、100年前にオスカー・バルナックが「Ur LEICA(ウル・ライカ)」で試写を行ったアイゼンマルクト広場で撮ると決めていました。
石畳を踏みしめながら進むと、スニーカー越しに朝の冷気が伝わってきます。広場は小さなY字路で、バルナックが撮った建物は、今も保存・修復されています。
バルナックが試写したとされる場所には、「ウル・ライカ」が刻まれたマンホールが設置されています。マンホールの中央に立ち、フィルムを巻き上げ、ファインダーを覗きました。けれど……どうしても同じ構図に収まらない。50mmのブライトフレームに、バルナックが撮った画角が収まらないのです。後に、バルナックの使っていた「ウル・ライカ」に搭載されていたレンズは、焦点距離42mmだったと知ることになります。
一歩、二歩──と後ろに下がると、見覚えのあるアングルがファインダーに浮かび上がりました。
息を飲み、シャッターを切りました。「ライカM10-P」よりも乾いた「カシャッ」という音が真鍮製のボディを通して響きました。100年前、オスカー・バルナックは、まだ誰も知らない小型カメラを手に、ここでシャッターを切った。
それ以前の写真機は大型で、三脚を据えてスタジオで使うものでした。「ウル・ライカ」の登場により、写真撮影の舞台は街へ、旅へ、戦場へと広がっていったのです。スマートフォンで誰もが写真を撮ることができるようになった現代──その始まりが、まさにこの場所でした。
シャッターを切るということは、過去と今とをつなぐ行為なのです。
ウェッツラーの街をゆく
アイゼンマルクト広場から石畳の坂道を上がると、ゴシック様式とロマネスク様式が混合する大聖堂が姿を現します。大聖堂の周囲では、式典の準備が進められていました。大聖堂の荘厳さに見とれながら、右手に目をやると「ゲーテ通り」の看板が目に入り、胸が高鳴ります。
クラシックな建物が立ち並ぶ通りを歩くうちに、今が2025年なのか、ゲーテの生きた時代なのかわからなくなってゆきます。200年以上前、ゲーテが愛した女性とこの道を歩いたのかもしれない──そんな想像を膨らませながら、シャッターを切り続けました。
ゲーテ通りを抜けると、緑に包まれた公園が広がります。
ビアガーデンからひびく笑い声、自転車で追いかけっこする子どもたち、木々の隙間からこぼれる光。カメラを持たなければ、記憶することもなかったであろう瞬間の数々。「M型ライカ」の光学ファインダーは、確かにこの場所に自分が立ち、被写体を見据えていたことを実感させてくれます。
写真と人生は、どこか似ています。「こうなりたい」「こうあるべきだ」と、理想ばかりを追いかけていた若き日。しかし、現実は思い通りにはいかない。年を重ねるにつれ、やれなかったこと、できなかったことが増えていく。人生とは「撮れた写真」よりも「撮れなかった写真」の積み重ねなのかもしれません。
それでも、心の中のアルバムをめくると「あのとき、あの場所で出会ってよかった」と思える瞬間が、偶然に現れた被写体のように、心に焼きついているのを感じます。
人生の偶然性から立ち現れる運命的な必然性──その「決定的瞬間」の大切さを、写真が教えてくれました。
カメラを手に歩くとき、自らにこう言い聞かせます。
自分を捨て、偶然の瞬間を引き寄せたい──と。
使用機材
Leica M10-P・Leica Q3・Leica APO-SummicronM f2/50 ASPH.
石井朋彦 / 写真家・映画プロデューサー
「千と千尋の神隠し」「君たちはどう生きるか」「スカイ・クロラ The Sky Crawlers」等、多数の映画・アニメーション作品に関わる。雑誌「SWITCH」「Cameraholics」等に写真やルポルタージュを寄稿し、YouTubeやイベント等でカメラや写真の魅力を発信するなど写真家としても活動。
ライカGINZA SIX、ライカそごう横浜店にて写真展「石を積む」、ライカ松坂屋名古屋店にて写真展「ミッドナイト・イン・パリ」を開催。東京・香川・大阪で開催された写真展「Mの旅人 ─M型ライカで距離を測る旅─」は、距離感を体感できる新たな写真展として、大きな話題となった。
写真撮影における距離感と、人生や人間関係の距離感は似ている──と考え、カメラという身近な道具を通して、他者や自分をとりまく世界との素敵な距離感を見つけるためのヒントを著した一冊。「すべては距離感であるー写真が教えてくれた人生の秘密」 https://www.amazon.co.jp/dp/4798639737
写真展「100年目のウェッツラー 100年先のライカ」開催
2026年2月13日(金)より、ライカGINZA SIX、ライカ大丸心斎橋店にて、写真展「100年目のウェッツラー 100年先のライカ」を開催することが決定しました。ライカ岩田屋福岡店でも写真展示を同時開催いたします。
2025年6月、ライカ創業の地・ウェッツラーで催された「ライカI」誕生100周年を祝う式典「100 YEARS OF LEICA」に出席した石井朋彦が、100年目のウェッツラー、そして100年先のライカを思いながら切り撮った作品群を展示します。
ライカGINZA SIX:https://store.leica-camera.jp/event/ginza-six_tomohiko-ishii2602
ライカ大丸心斎橋店:https://store.leica-camera.jp/event/daimaru-shinsaibashi_tomohiko-ishii2602
ライカ岩田屋福岡店:https://store.leica-camera.jp/event/iwataya-fukuoka_tomohiko-ishii2602






















